第5話会いたくなかった双子 ―アシュリー―

 この街に落ち着いてから父さんの容体は良くなってきていた。

 父さんが病に臥せることが多くなったのはいつからだ?

 僕がいるせいで父さんの負担になっているならば直ぐにでも姿を消した方がいいんじゃないかと何度も悩んだ……

 悩む度に父さんに見透かされて、その度に街を転々としてきた。

 住まいが落ち着かないせいもあって父さんはどんどん弱っていった。

 僕のせいだ。

 それでも父さんは僕を庇ってくれる。

 今だって悩むことはあるけど……この街で僕は目立つことなく過ごせているんだ。

 父さんのお陰だな。

 お陰で平穏な生活を送れていた。

 このまま父さんが元気になってくれるといいな。


 今日はなんて気持ちのいい天気なんだ。

 朝露の滴る花も沢山採れたし、朝食の卵は双子だった。

 こんな日はいつも以上にお客様が沢山来るといいな。

 鼻唄混じりに箒を手にした時だった。

 軽やかな金属音が響く。

 こんな朝早くにドアベルがなるなんて珍しい。

 調香師の工房なんて昼過ぎないとお客なんて来ないのに。

 急に必要になったのかな?

 こんな朝早くに来るくらいだから昼に使えるような軽い香りのものがいいんじゃないかな?

 それか、プレゼントの買い忘れか。

 それとも、薬剤師としての仕事かな?


「いらっしゃいませ……」


 工房の掃除を中断し箒を傍らに置き、僕は店舗の方へ出たんだ。

 どこか懐かしい緊張感のある3人組。

 キラキラと輝く金髪の男女……

 金色の髪は輝き少しの動きにも揺れ動いて、傍目にもあの人に良く似て……同じ顔?

 さすが親子だ。

 あの二組の青い瞳にはなにを写しているのか……

 気になって目が追いかけてしまう。

 子供の頃と変わらないんだな。

 だけど……


「どうぞ、お帰り下さい」


 僕は満面の笑みをここぞとばかりに作った。

 見覚えのある金髪の男性……

 良く似た青い目の女性……

 懐かしい顔した優しい表情の男性……

 僕の平穏を奪う人達だ。


 王子様、そんなに目を見開いて……

 お姫様、そんな風に俯かないで……

 マリア様、相変わらずだな……


 僕は3人をそのままにして工房へ戻った。

 だって掃除が途中だし、今日は忙しい予定なんだ。

 このまま平穏な時間を過ごすためには働かないと。

 父さんが工房に来る前に帰ってくれないかな?

 無理矢理追い出すことは出来るけど、そんなことをしたら外聞が悪いだろう?

 変に目立つことは極力避けたいんだ。


 3人は店から出ていこうとしない。

 迷惑だな……

 店舗の掃除は終わっているけどさ、顔を合わせたくないじゃん。


「アシュリー?」


 お姫様が工房に顔を覗かせた。

 肩にかかる髪がふんわりと揺れていた。


「お話だけでもダメかしら?」


 お断りです。

 それはこの平穏を壊す話でしょう?

 この10年、なにがあったかなんてお互い話さなくても知っているでしょう?

 お二人が苦労したことも、辛かったことも、聞かなくたって、到底及ばなくたって、僕は似たような目に合って来たんだ。

 これも全部……


「じゃあ勝手に話すぞ」


 王子様まで工房に入ってきた。

 黙っていれば勝手に……

 お二人はいつまで敬われる王子様とお姫様でいるつもりなんだ?

 僕にとっては……いや、父さんにとっては今も大事な王子様とお姫様であるだろうけど、今やお二人は……


「あの金色の魔王を倒すために力を貸して欲しい」


 王子様はなんの説明もなく言った。

 説明なんかなくたってわかるけどさ。

 突然と確信を突いてくるんだな。

 僕はアルバート・ブルームの息子だ。

 僕にそんな力があるわけないじゃん。

 僕の名前はアシュリー・ブルームだ。

 金色の魔王は……身内のお二人がどうにかして下さい。

 巻き込まないで欲しい。

 二人が母さんの、勇者アリス・トワイニングの名の元に僕を追いかけてきた事は分かっている。

 あまりに偉大な母さんの名に僕は、過大な期待をされ、父さんもまた苦しんだんだ。

 あまりの偉大さに僕はトワイニングの家名は捨てた。

 だって僕には勇者なんて背負えないよ。

 黙っていれば王子様とお姫様はいかに僕が必要なのか一生懸命話していた。

 二人が期待するようなものはなにもないんだ。


「いくら床に伏せっていたってアリスから少しは手解きは受けていたんだろう?」


 は……?

 僕の知っている母さんはずっとベットの上にいたんだ。

 少しでも調子が良ければ城に行く。

 僕は母さんの顔に浮いた汗を拭ってやることしか出来なかった。

 最後はもうなにも口に出来ず、話すことも出来ず、手を握り返すことも出来なかった。

 そんな人が幼児だった僕に何を教えられるっていうんだ。


 もう帰ってくれないかな。


「アラン!」


 お姫様が声を上げた。


「幼かったアシュリーに病のアリスがなにを出来ると思っているの? 風邪引いただけで騒ぐアランなら病がどれだけ辛いものかおわかりでしょ」


 お姫様は母さんのこと思ってくれるんだ……

 そこだけは嬉しくて涙が出そうだ。


「だけどアリスは俺達に……」


「アラン。」


 王子様はお姫様の声を気にせず続ける。


「剣も魔術も……」


「アラン!」


 お姫様の声は荒くなる。


「城へ来る度に……」


「アラン!!」


「いつだって笑顔で教えてくれた」


 僕は掃除の為に箒の柄手にした。

 二人の話しを聞きたくないから背中を向けて掃く。

 僕には母さんとそんな思い出はない。

 いつだってベットの上で苦しそうに微笑む母さんしか知らない。

 母さんが死んでからだって……


 どこへ行っても母さんが病に倒れたせいだとか、魔王に覚醒する前に倒さなかったせいだとか……

 もっといろんな事を母さんのせいにされてきた……

 父さんが言うにはどうしようもなかった事だというのに。

 『傀儡の勇者』なんて……

 母さんを貶めようとする人もいる。

 だけど、誰が知っていたっていうんだよ。

 王様が金色の魔王だったなんて。

 母さんが勇者だったなんて当時誰も知らなかったっていうじゃなか。


「ごめんなさい。アシュリー……アランもあなたに会えて気が急いてしまっただけなの」


 僕は箒の柄を強く握りしめた。


「そんなこと僕は知らない。僕には関係ない。お二人の身内の話じゃないですか?」


 箒の柄が軋む音が聞こえた。


「どうして僕が巻き込まれなきゃいけないんですか?

そうだよ……

 王様が魔王になんかに、ならなければこんな辛い目に合うことなんて無かったんだ。例え母さんが助からなかったとしても、知らない誰かに責められることも、罵声を浴びせられる事なんか無かったんだ!」


 どうして僕がって思いは拭えきれない。

 責めずにはいられなかった。

 責めたところでどうにもならないのに……


 王子様とお姫様の顔をまともに見られなかった。


「本当にもう、帰って下さい」


 二人の顔を見たくなかった。

 これ以上母さんの話をしたくなかった。

 僕の知らない母さんの話なんて聞きたくなかった。


「アシュリーの助けが必要なんだ」


 僕になにが出来るっていうんだ?


「帰って下さい!」


 怒鳴っていた。

 だって、僕にはなにも出来ない。

 背中越しに聞こえたマリア様の声は穏やかに聞こえた。


「お二人とも、帰りますよ」


 まだなにか言いたげな様子がチラリと見えるが、マリア様は気にせずに双子を外へ連れ出してくれた。

 二人に対するこのイライラ、どうしよう……

 違う……

 なにも出来ない焦燥感……

 僕に押し付けられたって困る。

 僕はなんの力もないただの人間だ。

 母さんと僕は違う……

 母さんの名前……トワイニングの家名は捨てたんだ。


「アシュリー? どうした、ぼーっとして」


 父さん……いつの間に来たの?

 気がつかないほど、あの双子が来たことに動揺していた?

 父さんは僕に声を掛けるだけでなにも聞かなかった。

 なにも聞かず、いつものように仕事を始めた。


「父さん。王子様とお姫様が来た」


 聞いて欲しいけど、聞かれたくない。

 なにを?

 母さんに対する僕の想い?

 誰かに甘えたい気持ち?

 幼い頃の懐かしい思い出?

 知らない誰かに期待される重圧?

 世界のこと?

 魔王のこと?

 今の……

 僕のこれからのこと?


 父さんが仕事の手を止めた。


「知ってるよ。マリア様とさっきまで話していたから」


 なにを話したの?

 聞いてもいいのかな……

 でも、聞きたくないし……

 父さんはいつもと変わらない優しい顔で


「アシュリーが僕の仕事を手伝ってくれるなら一人立ちできるくらいには教えてあげるよ」


 僕はそのつもりだけど……

 父さんは違った……の?

 父さんはいつもと同じ穏やかな口調で


「アシュリーが旅に行くなら僕はここで待ってるよ」


 旅って……なに?

 頭が混乱する。

 気持ちがおいてけぼりだ。

 父さんはいつもとなにも変わらずに仕事に戻った。


「僕は……」


「すぐに決めなくてもいいよ」


 父さんは優しい。

 いつも僕のことを優先してくれる。

 自分のことはいつも二の次にして、身体まで壊して、母さんとの思い出まで捨てて……

 僕は父さんに負担ばかり。


「父さんごめん」


 謝るしか出来ないよ……


「なに?」


 聞こえなくていい。

 父さんは僕に謝って欲しいと思って無いこと知ってるから。


「なんでもない」


 僕は父さんに笑顔を見せまいと。

 ぎこちない笑顔にならないように。


「僕、花香りの蜜が少なくなってたから森に採って来る。」


 僕は逃げるように工房を出た。

 なんでもない顔をしていられなかった。

 父さんに話したことはなかったけど、僕は魔術を使える。

 誰かに習ったことも、魔術書を読んだこともないけど、旅をしているうちに使えるようになっていた。

 使えるといっても、僕自身の強化ぐらいだけど……

 治癒魔術でも使えれば、父さんの体少しは楽にしてあげられたかもしれないのに……

 肝心なとこで役に立たない。

 剣だって護身術の域を出ないのに。

 ……こんな僕に勇者が務まるわけがない。

 ただ、勇者アリスの息子ってだけじゃないか。

 世界のために、人々のために、金色の魔王を倒そうとしているあの二人の方がよっぽど勇者に相応しいじゃん。

 ……それなのにどうして僕を必要とするんだ?

 あの二人に話した通り僕は母さんからなにかを教えて貰ったわけでもないし、なにか特別な力があるわけでもないんだ。

 母さんが凄い人だったってだけ……

 僕は本当に殆ど覚えてない。

 だって、母さんが死んだのは僕が5歳の頃、10年も前なんだ。

 あの日、母さんが死んだ時に金色の魔王が復活して、世界が混沌へ向かいだした。





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