第3話俺、勇者辞退します ―レオ―


「アラン様。ヴィクトリア様。先ほどの咆哮は一体なんですか?」


 二人より年上の男が駆け寄ってきた。

 この人は金髪じゃないんだ。

 でもきっと染めた茶髪じゃなくて天然の茶色い髪なんだろうな。

 金髪の美男美女のあとじゃちょっとしたイケメンじゃ霞むなあ。

 この人だって背が高くてカッコいい部類だし。


「ああ、マリア。今しがた『黒焔の獅子』の召喚に成功したんだ」


 金髪のイケメンは本当に嬉しそうに答えた。


「それは、おめでとうございます」


 映画の中の一場面のように男は膝を付いた。


「顔をあげて、マリア。あなたがわたくしたちを支えてくれたおかげですわ」


 気になるんですけど、その人は男だよね?

 マリアって女の人の名前じゃないのか?

 漫画的展開だったらこの人は男装の麗人だろうか?

 でも声はしっかりと男だぞ。

 というか、俺放置されてない?

 なんだろ……

 伝説的な召喚獣だったらもっと大事にされてもいいんじゃないかな……?


「あの……本当にここはどこなんですか?俺ってまだ死んでないですよね?」


「これは失礼を致しました。『黒焔の獅子』」


 マリアと呼ばれる人に手を引かれながら俺は立ち上がることができた。


「私はマリア。こちらの双子、アラン様とヴィクトリア様の世話役を仰せつかっているものです」


 マリアさんは丁寧な挨拶を俺にしてくれた。

 金髪の二人は双子なんだ。

 よく似ているとは思った。


「『黒焔の獅子』ってなんですか?さっきから俺そう呼ばれているけど、俺は黒須礼音っていいます」


「まあ、『黒焔の獅子』ではなくて『クロスレオ』って精霊獣なのかしら?」


 ヴィクトリアさんは口許を押さえて驚いているようで、アランさんは悔しそうに握りこぶしを作った。


 本当に意味がわからない。


「だが、白の書に書かれている通りじゃなか!?」


 アランさんは本を開き、俺に押し付けるようにそのページを見せてきた。

 見せられても俺はこの文字読めないし。

 英語だったら簡単なものは読めるけど、初めて見る文字を読めるわけがない。

 中学生なんめなよ。


「召喚呪文の一節にもあります通り、黒き焔の鬣をもつ黒い獅子の姿を成しておりましたし、今だって黒い髪に黒い目、黒い格好をされておりますわ」


 日本人だから黒髪、黒目って当たり前だし。

 学生服は普通黒でしょ。

 私立でもなけれただの公立の中学生の制服だし。

 大体俺が黒いライオンだったって、おかしいでしょう。

 ……ここでは俺の常識がおかしいのだろうか?


「なんだか認識の違いがあるようですね」


 マリアさんは一人大人な対応をしている。


「『黒焔の獅子』様はなんとお呼びしたらよろしいですか? どうも『黒焔の獅子』と呼ばれることに抵抗があるようですが?」


 そりゃありますよ。

 なんですか? その中二病なアダ名。

 イヤに決まってます。


「そしたら俺は礼音と呼んでください」


「わかりました。レオ様ですね」


 双子は本のページをものすごい勢いで捲っていた。


「ここにありますわ『黒焔の獅子』の名は『レオ』と確かにありますわ」


「確かに……呪文でも名を詠んだな」


 双子は二人の世界に入り込んでいるようだ。


「あの、それでここはどこですか?俺ってやっぱり死んだですか?」


 さっきから聞いているけど誰も答えてくれない。


「ここはかつて妖精花の森と呼ばれたとこですよ」


 どこそれ?

 近所にそんな場所なかったよ。


「それとレオ様ご自身の生死を気にされてますが、私は死者と言葉を交わす術を持ってはおりません」


 じゃあ俺はまだ死んでないんだ。

 ……ってことは俺は勇者?

 聖獣って俺ケモノじゃないし。


「あのさ……まさかだけど、俺魔王と戦うの?」


「手伝っていただけますか?」


 マリアさんは人の良さそうな笑顔を浮かべた。

 マジか……

 これって魔王倒すまで帰れない展開なのかな?


「レオ、今しがたあんたが魔物倒したばかりだし還っていいよ」


 帰れってどうやって帰るんだよ?

 魔王を倒すって目的を果たすまで帰れないってのがセオリーじゃないのか?

 なんだかこの双子は俺の扱いが雑じゃないか?


「アラン。レオは本当に還り方がわからないのではありません?」


 ヴィクトリアさんははページを捲る手を止めた。


「はい。わかりません。てか、これ夢でしょ?」


 双子は顔を見合わせ、マリアさんは双子へ顔を向けた。


「……夢ではありませんわ」


 まあ、夢の世界の人だもんな。

 そう言うかもな。


「何度これが夢であればと思ったことか……」


 アランさんはどこか諦めたかのように悔しそうに呟いた。


「……レオ様は今、世界がどのようなことになっているか理解されていますか?」


 世界情勢?


「テロとか、経済とか?」


 ニュースは朝ちょこっと見るくらいだし、俺、中学生だしそこまで世界のことなんて気にしたことないな。

 テロとか怖いけど、アレはまだ遠い世界のことって感じだし、経済関係もまだまだ俺とは関係ないって感じているけど……


「金色の魔王の復活は知っていますの?」


 こんじき……?


「ああ、俺が倒すことになる魔王は金色の魔王っていうんだ?」


 アランさんはあからさまなため息を吐き、ヴィクトリアさんは微笑みを絶やさず、マリアさんが話を始めた。


「金色の魔王っていうのは通称であの御方の名前はクリストファー様といいます。10年程前まで東の大国レイディエストを治める王であった方です」


 マリアさんはもの悲しげに語った。


「私はクリストファー陛下の臣下でした。

 自分勝手で傲慢。慈悲深く唯我独尊。圧倒的なカリスマ性をもつ王でした。

 私はあの御方に命を救われたこともあり、全て捧げて仕えようと心に決めておりました。


 今思えば、あの御方の側近であったアリス様が病に倒れられた頃からご様子がおかしかったように思います。

 物憂げに考え事されることが増え、側に人が近づくことを避けるようになっておりました。

 愛し合っておられた王妃様、大切に愛情を注がれていた御子様方、信頼している臣下共々……

 御自身が魔王であることに気がつき悩まれていたのでしょうか?

 お側仕えとして陛下の悩みに気が付かなかったことをを恥ずかしく思います。


 アリス様が亡くなられたと報が届くかどうかといとき、陛下は金色の魔王へ覚醒されたのだと聞きました。

 その時、城に居た者達、王都に暮らす者達は魔王の瘴気に当てられ殆んどの者が亡くなり、国として立ち行かなくなりました。


 世界で暗躍してしていた金色の魔王の配下、7体の悪魔、また別の名で呼ばれていた7体の魔王も姿を現し、魔族を使い世界を混沌へと導き出したのです。


 水中で生活していた人魚は滅ぼされ、森に棲むエルフと獣人は壊滅に追いやられ、山に暮らすドワーフはかろうじて抵抗しており、それも時間の問題でしょうか」


 うわっ……


 なんだか大変そう。

 俺、魔王倒せるのかな?

 でも! 俺勇者だし大丈夫!……?


「クリストファー王の側近だったアリスは魔王を倒すはずの勇者でしたの。後からわかったことですけど、アリスは金色の魔王復活の生け贄にされていたようですわ」


 生け贄って……


「俺、勇者辞退します」


「なに言っているんだ?あんたは『黒焔の獅子』だろ。勇者じゃない」


 アランさんは呆れたように言った。

 そうなのか……?

 よく分からないし、もういつこの夢は覚めるんだ?


「その、さっきから『黒焔の獅子』ってなんですか?」


 世界のことはわかった。

 きっと、わかった。

 俺が勇者じゃないならそこまで俺には関わって来ないはず。

 今まで通り世界はまだ他人ごとで平気なはずだ。


「本当にわかっているのか?この創世の聖獣様は」


「アラン。喚び出したのはわたくし達ですよ。説明はわたくし達の義務ですわ」


 ヴィクトリアさんは居住まいを正した。


「わたくし達双子は召喚魔術を使ってレオ『黒焔の獅子』を召喚致しました。神話の時代よりさらに昔の創世の時代の聖獣はお伽噺の中の存在でしたが、こうしてわたくし達の前に、呼び掛けに応じて頂きありがとうございます」


 双子は俺に頭をさげ、マリアさんはヴィクトリアさんが話し出してからずっと片膝をついていた。


「金色の魔王を倒すには今までの力の使い方では難しく、アリスを凌ぐ力がなくては無理なのです。

 アリスは当時、誰よりも魔力に溢れ剣技に至っては敵うものがいなかったと聞いております」


 なんだろか……

 三人の雰囲気がお通夜のようになっていないか?


「アリスには一人息子がおりまして」


 まさかそれは、展開的にマリアさんだったり?


「わたくし達の幼馴染で行方知れずなのですが、名をアシュリーと申します」


 違うんだ。

 幼馴染って年齢にしたらマリアさんと双子は年が離れてもんな。


「彼はマリアの力を受け継いでいるはずなのです。彼を見つけてわたくし達は金色の魔王を倒したいと思っておりますの。」

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