第2話死んだ? いいえ。召喚されました ―レオ―

 補習を受けていたらもう外は真っ暗だ。

 息も白く、手袋をしていても手がかじかんでくる。

 寒くてマフラーに顔を埋めた。

 受験まであと少しの辛抱だ。

 それさえ終わってしまえば遊べるし。

 早く終わらないかな。

 どこまで勉強すればいいんだ。

 別に勉強が嫌いって訳じゃない……

 いや、やらなくてもいいなら勉強したくない。


 補習を受けた生徒で教室を最後にしたのは俺だけだった。

 俺は別に出来が悪いわけじゃない。

 数学が少し苦手なだけだ。


 あ。どこからか煮物の匂いがしてくる。

 あそこの角の家かな?

 あの家からはいつも美味しそうなご飯の匂いがしているんだ。

 学校帰りには辛い。腹の虫を刺激してくるんだ。

 あー今日の晩飯なんだろう?

 リクエストとしては肉じゃがなんかがいいな。

 今匂いを嗅いだばかりだし、腹の虫騒いでいる。


 急に視界が眩しく、目が開けていられない。

 車? トラック? 大きなものが迫ってくる。

 次に来る衝撃を思うと体が強張って動かない。

 早く退かなくては……


 ヤバイ ヤバイ ヤバイ ヤバイ ヤバイ ヤバイ ヤバイ ヤバイ ヤバイ ヤバイって!


 幾ら中学3年間写真部だったからってこんな時くらい運動部並みに動けよ!


 ダメだ……


 もう間に合わない。

 ゆっくりと迫ってくる光の中、いつ衝撃がくるのかと構え、強張った体を動かそうともがき、もうだめだと目を瞑った。


 あ、借りっぱなしの漫画返さないといけないのにって、そうじゃなくて。

 母さん、父さん、中学3年生15歳とい若さで命を落とす愚かな俺を許して下さい。

 平々凡々で突出したものがなにもないこんな俺に注いでくれた愛情を感謝こそすれば忘れはしません。

 受験を越えて春からは高校生となり、今まで出来なかったバイトをしてみたり、部活動に励み、唯一無二の親友を作り悪友と馬鹿を語り合い、憧れの可愛い彼女とデートをしてみたかった。

 でもなによりも先立つ親不孝が唯一の心残りです。

 こんな俺のことは心の片隅ににでも追いやって、妹にその分愛情を注いでやってください。


 ……

 …………

 ………………


 死ぬって痛くないんだ。

 少しも苦しくなくて良かった。

 いつまで俺の意識はあるんだろう?

 俺は俺でいいんだよな?

 閉じたまぶた越しにも明るいことがわかる。

 さっきまでの夕闇のぼんやりとした暗さではないと感じる。

 目を開けても大丈夫だろうか?

 俺の死体が目の前に転がっているとかは勘弁してもらいたいな。

 恐る恐る目を開けた。


 ここはどこだ?

 さっきまで夜だったはずの空は明るく、固かったアスファルトの地面はどっかの公園の芝のようなに草に覆われ柔らかい。


 周囲の確認と後ろに振り向くと、目の前にスイカほどの大きさの爬虫類の顔があり、目が合った。

 あまりのことに息が詰まる。

 爬虫類の目の色が金茶から赤く変わっていく。


 ヤバイ!


 こんな大きな爬虫類は知らないし、目の色が変わるなんてこと聞いたことなけど、これはヤバイって本能が知らせてくる。


 なんか、ぞわっとするんだよね。

 車に轢かれてるときとは違う。

 あんな突発的なものじゃなくて、ぞわっと、鳥肌が立つだけじゃなくて、なんていうのかな……

 背中に氷を入れられたみたいな? ……違うな。

 滑らせた彫刻刀が刺さりそうな……違う。


 こんな経験したことがないもん。

 例えが見つからない。

 とにかくヤバイ……

 命の危機的な感じなんだよ。

 もどかしい……

 上手く伝えられない。


 赤く変わった目が点滅を始めた。

 これは本当にヤバイ!


 ヤバイって!


 本当に……


 腰が抜けて動けないし。

 どうやって動いたらいいのかもわからない。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ」


 俺は今まで生きてきた中であげたこともない悲鳴をあげた。

 車に轢かれそうになった時だって悲鳴なんて出なかったのに。


 目の前にいた爬虫類が黒い炎に包まれた。


 黒い炎なんて初めて見たよ。

 赤や青い炎が普通だろ。

 理科室での実験授業でもそうだったはずだ。

 昔見た工場火災を黒いと表現するのとは違う。

 本当に黒いんだ。

 墨汁のように黒いんだ。

 黒だよ? 見たことないだろう?

 この爬虫類、燃やしちゃヤバイんじゃないのか?

 大きさだて規格外だし。


 爬虫類は炎に包まれてもがき苦しんでいる。

 暴れまわり、のたうちまわり、やがて倒れ動かなくなった。

 炎は爬虫類を灰になるまで燃やし尽くされ何事もなかったように消えた。


「凄い! やりましたわ」


 後ろから声が聞こえた。


「初めての召喚成功だ。こんな雑魚相手にも容赦ないんだな」


 俺は座り込んだまま後ろを振り向いた。

 見事な金髪の男女がいた。


 金髪なんて殆んどテレビや映画のなかでしかお目にかかれないだけあってリアル金髪はマジで綺麗だ。

 オシャレぶっているエセ金髪とは比べることも出来ないくらいキラキラなんだな。

 この人達ってもしかして天使なんじゃないか?

 でも、頭の上の輪っかも背中の羽もないな。


 二人は嬉しそうに抱き合って労っているようだけど、俺はこの二人の間に割って入っても大丈夫だろうか?

 でも、今の俺の状況を誰かに説明してもらいたし、話したい。


「……あの、すみません」


 二人はよく似た顔をこちらに向けた。


「アラ……?」


「まだいるな?」


 二人は顔にはてなマークを張り付けたような表情をしていた。


 ……それって俺はお邪魔ってことでしょうか?

 ちょっと状況がよく分からないのでせめて、ここがどこなのか教えて貰いたいと思っているだけなんですけど……


「ヴィー、『黒焔の獅子』はどうやって召還するんだ?」


「他の召喚精霊と一緒で勝手に還ると思っておりましたわ。アラン」


 二人は俺の顔を覗き込むように見てきた。


 距離が近くないか?

 二人の顔は綺麗すぎてこっちが恥ずかしくなってくるんですけど……


 外国人の年齢なんてわかりにくいものだけど、俺よりは年上だろうか?

 白い肌に彫りの深い顔。

 綺麗な青い目は宝石のようだ。

 ずっと見ていても飽きないんじゃないかと思う。

 無造作ヘアーがよく決まったイケメンに、緩いカールが可愛らしく肩にかかる美女とは、平々凡々な日本男子の俺には縁遠い二人だ。

 詳しくないからわからないけど、ゲームやアニメのキャラクターのような格好をしてコスプレでもしているのか?

 ミニスカートじゃないのが残念だけど。


 この二人は流暢な日本語話しているけど、ここは日本の……近所の公園か、林の中でいいんだよな?

 違うか。

 夜からいつのまに昼間になっているし……

 やっぱりここは死後の世界ってことなのだろか?

 外国の方の言葉が日本語に聞こえる時点でやっぱり、俺は死んだってことなのだろう。


「『黒焔の獅子』はお還りになりませんの?」


 もしかしてその、『黒焔の獅子』って俺のこと?

 何その中二病……

 帰れって言われても俺、死んでるし。

 お盆でもないのに家に帰ってもいいんですか?


「ここって死後の世界ってやつですか?」


 二人は顔を見合わせて笑いだした。

 俺は変なことを聞いてしまった?

 なんだか恥ずかしい。

 今すぐにでも穴があったら入りたい。


「『黒焔の獅子』は冗談が好きなんだな」


 そこまで笑わなくてもいいのに……

 俺、車に轢かれてるし。

 夜から昼に変わっているし。

 金髪の美男美女がそろって目の前にいるし。

 笑われて……恥ずかしい。


「その『黒焔の獅子』って一体なんですか?」


「なにってあなたは創世の聖獣じゃないですか」


 美女は天使のような微笑みを俺に向け当たり前のように言う。

 俺が聖獣?

 何を言っているんだ?

 天使様は頭が沸いているのだろうか?


「魔物を跡形もなく消し去る黒い焔。さすがだ」


 え?

 あれって俺が出したことになってんの?

 たたの中学生にそんなこと出来るわけがないじゃん。

 死んだら火出せるようになるもんなの?

 ……まさかだけど、

 まさか……漫画的な展開?


「はははっ……」


 乾いた声が勝手に漏れる。

 そりゃ俺だって少しは自分は特別な存在なんだとか。

 異世界無双でハーレムとか。

 想像したことがないわけじゃない。

 でも現実にそんなことがあるわけないじゃん。

 あんなヤバそうな黒い炎だって、あのデカい爬虫類に誰かが火を着けたせいに決まってるし。


 ……そうか、俺まだ死んでないんだ。

 生死をさ迷って変な夢を見ているんだな。

 そうに決まってる。

 それなら早く起きなくては!

 いつまでも寝ていると母さんに怒鳴られる。


「どうした? 『黒焔の獅子』。まさか聖獣が人の型で現れるとは思わなかった」


 夢だし。

 ここはその設定に乗っておこうか。


「アラン様。ヴィクトリア様。先ほどの咆哮は一体なんですか?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る