『黒焔の獅子』と『白の書』

ゆきんこ

第1話 金色の魔王の子―ヴィクトリア―

 消えた……

 なんの前触れもなく消えた。

 これって還ったってことですよね?

 あんなに還り方がわからないって言っていたのに。

 話の途中に還るなんて……


「ヴィー。アレは『黒焔の獅子』でいいんだよな?」


 アランの先程までの強気は何処へいったのか自信無さげに聞いてきました。

 他になんだっていうの?

 白の書の通りに召喚したはず……

 本人は否定……理解していなかったようだけど。


「……また召喚したらいいのではなくて?」


 アランは体を伸ばしながら


「そうだけど、まあ今すぐじゃなくても……今はいいや」


 そう思いますわ。

 一度召喚に成功したし、後は必要な時でいいですわ。

 それにしても『黒焔の獅子』は本当に凄い力でしたわ。

 あんな黒い炎見たこともなかったし、名の通りの黒い焔の鬣の見事な黒獅子の姿……

 見惚れる間もなく人型になってしまい残念でしたわ。

 人型であってもその力は強力だと感じましたげど、『黒焔の獅子』は少年そのものでしたわ。

 なんというか……


「俺、『黒焔の獅子』はもっと大人の漢ってイメージだったな」


「そうですね。彼はまだまだ少年という感じでした」


 アランの言葉にマリアは同意し、


「それでも秘めた力は感じました」


 わたくし達3人は誰が促すでもなく近隣の街へ向かう街道へ向かいます。

 悲願だった『黒焔の獅子』を召喚でき、わたくし浮かれておりましたわ。

 顔が緩みっぱなしであると自覚出来てしまいますもの。


 ああ、マリアには感謝しなきゃですわ。

 10年程前、国を追われてからマリアはわたくしとアランの双子の世話してくれております。

 あんな事があって……世間に疎まれるようになったわたくし達に仕える必要もないのにマリアは本当によくしてくれていますわ。

 いつでもわたくし達の事は気にせずに好きにしていいと伝えてはいるのですが、彼はあの憎むべき父に恩を感じ、わたくし達を大切にして下さっております。

 自身の大切な御家族もあの時に亡くしてしまったにも かかわらず……

 マリアには頭が上がりません。


 悲鳴が聞こえました。

 アランは悲鳴が聞こえた方へ一目散に走りだし、わたくしとマリアは後を追いかけます。



 悲鳴の元まで近道をと思っているのか道にもならない道を走り、アランの気迫に鳥達が飛び立っていきます。

 自ら危険へ飛び込もうとするアランの無謀っぷりには本当呆れます。

 でも、困っている人を助けようとするその心意気に感服致しますわ。

 わたくしには真似できませんもの。

ですが、わたくしはアランが傷付く姿を見たくありません。

 だってわたくし達双子は……


 なんと禍々しい事でしょうか。

 小さな商隊を囲むように魔物が群がり、それを魔族が面白そうに見ておりました。

 趣味の悪い事といったら……

 商隊の方には怪我人も出ているようですわ。


 アランは自身の金髪を隠すようにフードを目深に被り、止める間もなく魔物の群れへ飛び込んでいきました。

 止めても聞いてはくれないでしょうが……

 無茶は止めていただきたいものですわ。


 アランの一番近くにいた魔物を剣で横に薙ぎ払い、商隊の側まで一気に駆け寄りました。

 商隊の一人に今にも飛びかかりそうな魔物に炎を投げつけ。


「大丈夫か!? 怪我人の様子は?」


 アランは魔物から目を離さず商隊に声を掛けます。

 呆気にとられながらも商隊の一人が答えました。


「辛うじて治癒魔術が効いてはいるが……すぐにでも街に連れて行きたい」


 倒れる仲間を膝に抱え、すがるような目でアランを見上げます。


「……そうか。なら急がなくてはな」


 アランは剣を真っ直ぐに構え直し、踏み込みました。

 上から下へ斬りかかり、横に逃げた魔物にに向かってそのまま下から上へ斬り上げます。


「マリア! 怪我人を診てはくれないか?」


 追随していたマリアは剣をしまい、怪我人の元へ寄り治癒魔法を補助します。

 二人が手を貸しているなかわたくしだけがなにもしないわけにはいきませんわね。

 弓を引き、アランの隙を狙っている魔物に向けて放ちます。

 アランは左から向かってくる魔物に炎をぶつけ、わたくしも商隊の後ろから迫る魔物に氷刃を打ち込みます。

 数の減っていく魔物に魔族はなにもせずただ見ていおります。

 それがとても不気味に思いますわ。

 どうしてなにもしないのかしら?

 このままでは全ての魔物を倒されるというのに……

 倒した魔物は黒い灰に変わり、風に消えていきます。

 全ての魔物を倒し、アランは残った魔族に対峙します。


「……くっ……クスッ……くくくくっ」


 魔族は笑いだしました。


「なにが可笑しいんだ……?」


 今不利な状況下にあるのは魔族の方だといいますのに

 魔族の思考は理解が難しいですわ。

 魔族は両手を広げ自身のローブの中を見せてきました。


「?! なっ……」


 言葉が出ません。

 魔族は自身を爆発させるための魔法陣を展開しているのです。

 あの魔法陣の様子では爆発まで時間もなく、広範囲に広がるのでしょう。

 急いで結界を広げなくては……

マリアも治癒魔法の補助から手を引き、結界の術式を組み始めます。

 アランは魔族に向かって剣を振り下ろし、魔族が後ろに跳んで逃げた後を追いかけ斬り上げます。


 お願いです。

 アランどうか踏み入り過ぎないで下さい。

 アランが爆発に巻き込まれるような事だけは避けて欲しいのです。

 どんな無茶をしても必ず無事であって欲しい……

 たった二人の家族なのです。

 ……失いたくありません。


「術式完了」


 マリアの方が早く術を組み立てました。

 わたくしも後を追うように結界魔術を展開いたします。

 結界の中にアランはいるだろうかと辺りを見回し探します。

 どうしてそんなに魔族の側に居るんですの?

 その魔族は今にも爆発しますのよ。


「アラン!」


 魔族は笑いながらその身を爆ぜました。

 結界がアランを覆うのが早いか爆発が先か……

 爆発の光に目が眩み、立ち上がる煙に視界を奪われ、騒音に耳を痛め、爆風に自由を奪われます。


 どうにか間に合った結界のお陰でわたくし達と商隊は爆風に煽られるだけで済みました。

 心配なのはアランです。

 魔族に対して深追いするんですもの……

 爆発によって立ち込めた砂煙が辺りの視界を阻み、アランの姿を隠しております。


「ケホッケホッ……ケホッ」


 煙の中で尻餅を付きむせておりました。


 生きている……


 特に大きな怪我も無いようで埃を叩きながら立ち上がりました。

 よかった……あの様子では大きな怪我もなさそうですわ。


「……!?……」


 アランのフードが外れその金髪が露になっておりました。

 アランは商隊に駆け寄り無事を確認いたします。

 わたくしの心配など気にも止めてくれませんわ。

 怪我人もマリアの治癒魔法の補助がありどうやら大丈夫そうです。

 魔族の襲撃を受けて無事に済んでよかったです。


 商人達はわたくしとアランの顔を見ると……正確にはこの父譲りの金色の髪と青い目を見たのでしょうね。

 あからさまな敵意を向けて参りました。

 感謝が先ではないのでしょうか?


 ……いつもこうなるのです。


 まだわたくしは良い方なのです。

 金髪の青い目をした娘と見られるだけですが、アランは……成長と共にあの忌まわしい父に姿形がそっくりになって……

 いつもアランは傷付いております。

 謂れのない中傷を受けております。

 ただわたくし達はあの父の子として産まれたというだけですのに……

 姿形がそっくりというだけですのに……


 東の大国レイディエストを治める王であっただけあり父は有名で、その肖像画も沢山出回っていたのです。

 多くの人が父の顔を知っており、またその名を知っています。

 震える声で商人は確認してきます。


 今、わたくし達の父は……


「おたくらは……あの、金色の魔王の子か?」


 誰もが恐れる金色の魔王として7体の魔王を従え、魔族の王として君臨しているのです。

 わたくし達双子は父が魔王であったなんて知り得ませんでしたし、人に対して害をなした事などありませんわ。

 むしろ、アランは人の為にあろうとしておりますのに……


「おたくらのせいで私達は襲われたのか!!」


 掴みかかる勢いで、今にもこちらに剣を向けてきそうな勢いです。

 アランに救われたというのに、どうしてアランを責めるんですの?

 聞こえた悲鳴など放置っておけばよかったのです。


「そんなわけ……」


 商人の言いがかりにアランは否定をいたしますが聞き入れてはもらえません。

 また、アランが傷付いて……

 わたくし、アランのその……傷ついた顔を見たくはありませんのに。

 わたくし達は助けただけですのよ?

 いつも、いつも……

 わたくし達を……アランを責めないで下さい。

 ほらまた、そうやって相手を庇うようなぎこちない顔をして……

 わたくし達は感謝を求めているわけではありませんの。


 彼らはわたくし達を蔑むだけ蔑み、アランを傷つけて去って行きました。

 こんな想いまでして助ける必要がありますの?

 いつも傷付くのはアランじゃないですか。

 ……アランはそれでもきっと助ける事を止めませんわね。

 なんと声を掛けたらいいのでしょう。


「アラン……」


 アランは両の頬を自身で叩き、わたくしに笑顔を向けて下さいます。


「ヴィー。そんな顔をしない」


 どんな顔ですの?

 双子ですものアランと同じ顔じゃ……


 ……いたッ


 アランにおでこを指で弾かれました。


「マリアもお疲れ。ありがとう」


 アランの言葉にマリアは苦笑いを浮かべます。

 アランが一番傷付いただろうに……

 本当に優しい人ですわ。


「人とはなんと卑しいものだ」


 突然聞こえてきた声に背中が粟立ちます。

 汚水の中から這いずり出てきたような……感情を捨て去った声。

 関わり合いたくない……


「ルシファー!?」


 アランは振り向き様に斬りかかり、その姿を捉えました。

 切り裂かれた体は霧散し、跡形もなく消えました。


「人に見切りを付けて我らの元へ来るが良い」


 わたくし達を見下ろす位置に体を浮かしております。

 傲慢なその表情で薄ら笑いを浮かべております。


「誰が行くものか!」


 アランは炎をルシファーに打ち込み、その炎をルシファーに喰われました。

 ルシファーは7体の魔王、傲慢の魔王と呼ばれる金色の魔王の配下です。

 わたくし達双子をその配下に置こうといつもちょっかいを掛けてくるのです。

 本当に迷惑な……

 なにを言われようと、なにがあろうと、誰が魔王の配下に下るものですか。

 それに……


 ……国を……父を……


「……返しなさい」


 ルシファーはわたくしの方へゆっくりと首を回し近付いてきます。


「これは姫君。本日も誠に麗しく美しいことだ」


 空にいたルシファーはわたくしの足元にその赤く重そうなマントを翻しながら降り立ちます。

 わたくしの髪を一房に手にとり


「ヴィクトリア様!」


 マリアが私の腕を取り、ルシファーから距離を離します。


「君たちの従者、寵愛のマリアも一緒に王の元に連れて来たらいい」


 ルシファーは含み笑いを漏らしなが言います。

 本当に嫌な奴……


「返しなさい! お父様を! ……あの優しく、聡明なわたくし達のお父様……」


 涙で視界が霞み、涙が溢れないように堪え……


「お前達魔王のせいで……」


 涙が頬を伝い。


「お父様が金色の魔王に仕立て上げられているだけでしょ!?」


 ルシファーは高らかに笑いだします。

 卑しく、下品で、傲慢な、卑下た耳障りな笑い声。

 それは止まることなくずっと……わたくし達は呆気にとられルシファーを見ておりました。

 アランが笑い続けるルシファーに炎を投げ、ルシファーをその場から動かします。

 動いたルシファーにマリアが斬りかかり、ルシファーはその姿を霧散させ、アランの後ろへ姿を現しました。


「さあ、王子。共に参りますよ」


 振り向くアランにルシファーは膝を折ります。

 蹴り上げるアランの脚を避け、


「もちろん姫君も共に御生家の城に戻られればよろしいのですよ」


 空に体を浮かせます。


「幼かったとはいえ、覚えておられるでしょう? 白磁の壁に青い空にそびえる深い新緑の屋根。庭に咲き誇る季節の花々。王妃が愛した花は……なんだったか?」


 口端を歪めながらルシファーが言うかつてのレイディエスト王国の城の様子……


「お前が……語るな……」


 アランの手が震えております。

 今はもうあの頃の城の面影はありません。

 金色の魔王の瘴気に誰も近づくこともできない死の城となっております。

 遠目から見える城の姿は今も昔も変わらないというのに金色の魔王の城として今はあるのです。

 

「……アラン」


 わたくしの呼び掛けにアランは頷きます。


――始まりの時より災いから我らを護りし者――


 アランとわたくしの声が重なります。


――闇に浮かぶは漆黒の焔――


 動きを揃え


――黒き焔の鬣を靡かせる黒き獅子――


 印を結び


――深淵の暗闇に灯りを灯せ――

 

 陣を形成いたします。

 わたくし達の様子にルシファーは


「未熟な者を呼び出されてなんになりましょうか?」


 左手に黒い炎を浮かべ


「只の黒い火ならば簡単に消せますよ」


 炎を握りしめ氷に変え此方に放ちました。

 マリアが展開していた結界が氷に弾かれます。


 あ……


 結界をすり抜けた氷にわたくしは足捕られ、アランにもたれ掛かってしまい、術を阻害されました。


「くっ……くくくッ……」


 ルシファーは笑いを漏らし


「そんな術ではいつまでも未熟者しか呼び出せませんよ」


 ルシファーは……わたくし達がなにを呼び出そうとしているのか知っておりますの?

 どうして……?

 だってこれは白の書にしか記されていないはずですし、成功したのだってつい先程一度だけですのに。


「くくくッ……あははははッ……」


 ルシファーは高らかかに笑いながらその姿を消しました。

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