ゴーフル・ダークビアード(2)

 君は神の存在を信じるか?


 おれは信じている。アウフバッハ帝歴三四五年──蘇生リバイブの存在が公のものとなった年だ──以降に生きた者たちもまた、同様の認識を持つだろう。

 否、一部の邪推深い者たちにあっては帝歴三七五年に至るまで、神の存在を認めなかったかもしれない。

 それは教会の喧伝するところの、蘇生リバイブについての解釈──祈祷術に属する神との請願契約である──を受け入れることができなかった者たちということだ。


 魔術とは、血統主義の樹系の先端に位置するものであり、血に宿った紛うことなき人のわざである。(この点ですでに人と魔は不可分の存在であるといえよう)

 しかし、いかに超常の力を振るうかに見えた魔術師にも、いくつかの為し得ぬ業があった。その一つが「死者の復活」である。


 治癒術師は身体を賦活することで「死者の復活」に至ろうと、長く研鑽を積み上げてきた。治癒術は倦怠を取り除き、傷病を遠ざけ、欠損した身体部位を再生するという地点にまで至っていた。彼らが唯一たどり着けなった地点が「死者の復活」である。

 この点について一般的な見解として、治癒術は変性術の枝術であって、物質的な肉を生むことはできても、「命」に関わる術ではない、という見方がある。

 おれは薬湯等を併用することや、平静な状態にあること──治癒術を受けていても、本人が無理に動くなどすれば状態は悪化する場合が多い──で効果が強化されることなどから、治癒術は付与術エンチャントによる強壮ヴィガーであって、被術者の生命力を強化しているのだ、という見解を持っていた。故に、死んで人物については、治癒術は有効ではないのだ、と。

 いずれにしても蘇生リバイブ以前の魔術理論は「死者の復活」に至っていない。


 それを覆してしまったのが祈祷術である。神に祈ることで、その御業によって「死者の復活」を達成する。それは定命の者が考えるよりも、遥かに気安いお願いだった。


 元来、神への請願、あるいは誓願のための術である祈祷術は、血統の継承ではなく儀式の伝承という形で伝えられてきた。必要なのは血に宿る魔力ではなく、神に気に入られるための資質なのだ。

 なぜ神に対する「死者の復活」という請願が聞き届けられるのか、という問題について、神学者たちは「それが神の御心に叶うから」という返答をする。つまり神は言っているのだ。


「ここで死ぬ運命さだめではない」と。


 神は──ここからは涜神的な考えで、こういった考え方を持つ者は告解することを求められる──そう、神はより多くの信奉を求めている。より長く生き、より多くの経験を積んだ芳醇な魂を求めている。そういった豊かな魂を、神は御手に招きたくお考えだ。

 天寿を全うしない死に対して、神はおっしゃる。「まだ死ぬな」と。

 不遇な死因によって失われた四肢を、神はお戻しになられる。「この道を歩め」と。

 あるいは御心に叶わない場合には、失われたままである。「違う道を選べ」と。

 そしてその御元にお招きになるとき、人は真っ白な灰となるのである。


 蘇生リバイブとは、すなわち「神に信奉を捧げるために、よりよい生を歩むという誓願契約」なのだ。

 それが公に証明されたのが帝歴三七五年の六月である。

 エルフの王であったギルセリオンに対する公開処刑並びに、蘇生リバイブの公開施術会だ。


 無論、結果は歴史書に刻まれる通り。

 異神を崇拝するギルセリオンの死体は、蘇生リバイブされなかった。



 §



 高い天井だった。金箔押しの壁紙から、ここが市庁舎の十三フロアであることが察せられた。どうやらおれは生きているらしかった。

 身体を起こそうとすると、脇腹がシクシクと痛んだ。だが、動けないほどではない。半裸に剥かれて包帯を巻かれているところを見ると、適切な手当がされたようだ。


「お目覚めのところ、恐縮だがね、ルーラー」


 室の扉を開けて入って来たのは、ゴーフルだった。白のワイシャツに、暗い紫のスラックスという趣味の悪い服装である。

 おれはサイドテーブルに置かれていた眼鏡を顔にかける。伊達だが、無いとどうにも落ち着かない。「見える」感覚を少しでも鈍らせたいという気持ちでかけている。


「中間報告をさせていただきます、市長」


 ゴーフルは鷹揚に頷いて、手に持っていた硝子の盆を、サイドテーブルに載せた。彩りも鮮やかな季節の果実が盛られている。どれにも飾り刃を入れるあたり、この男は凝り性なのだろう。


 おれは横に畳まれていたジャケットの内側から、布に包んでいた毛髪を取り出した。


「『ホテルメイソン』の現場から採取してきました」


 ゴーフルはそれを布ごと受け取ると、片眼の拡大鏡を取り出して検分し始める。


「誰のものだ?」


 おれはニヤリと笑うと、少しばかり間をおいた。ゴーフルは焦れたように先を促す。


「リリィ・ホワイトマンですよ、市長。決定的では?」


 おれの言葉を聞き、ゴーフルは食い入るように毛髪を確かめる。彼自身、低位の鑑定術は身に着けている。あるいは手にしている拡大鏡が補助用の焦点具となっているか。


「私の鑑定ではそこまではわからん。が、非常に疑問だ。なぜ豚の血が付着している」


 今度はおれが驚く番だった。豚?確かにバーバヤガは変成術で血を作りだした。だが、その血は豚のものだった?おれはてっきり、関係者の血液であろうと思い込んでいたが。


「それはわかりかねます、ですが現場にリリィ・ホワイトマンがいたことは確実です。これは彼女にとってスキャンダルの種になるのでは?」


 ゴーフルは首を振って、否定する。


「聖人騎士殿が事件現場にいた、というだけではな。彼女が蘇生リバイブを担当し、失敗したとでもいうのなら別だが──しかし手がかりとしては申し分ない──その他には?」


 おれはバーバヤガについての情報をぼかしながら──彼女は自分が関与していることを知られたくはないだろう──ゴーフルに昨日の調査のあらましを聞かせる。

 結局のところ、分かったことはリリィ・ホワイトマンが関与していること。そして、異端審問官がおれを捕縛しようと動いていることだ。

 市長はおれを襲撃した人物について聞き取ると、すぐに教会に対して、抗議と弁明を要求する内容の文書を送りだした。

 自動人形オートマタがゴーフルのを受け取り、室を出ていくのを見送りながら、昨夜から問わねばならないと思っていた疑問を口にした。


「そういえば、あのメルキオールという男は一体何者なんです。あんな危険な……よく手駒にできていますね」


 おれの言葉に、ゴーフルは意を図りかねるように首を傾げる。


「付き合いは長いがな。奴がまだ若い時分に金に困っていたところを融資してやって以来だ。借金のカタに嵌めていると言えばわかるか」


 おれはメルキオールが纏う、どす黒い死霊の残滓について語って聞かせる。ゴーフルはここに至って、おれが見たモノの意味を、今一つ理解しかねているようだった。


「ご存知でしょうが、蘇生リバイブによって神の御許に送られ灰となった者は、現世に霊となって残ることはありません。蘇生リバイブが普及した現代に、巷をそぞろ歩く死霊などというものは、とんと無縁なのです」


 おれの目は『霊』を「見る」。だが、実際のところ『霊』はこの世に歩いてなどいないのだ。死の瞬間に立ち会わない限り、出会う機会はまず無い。

 そう付け加えられて、ゴーフルは反駁を試みた。


「メルキオールは確かに騎士位にあるまじき悪徳を帯びた男だ。人から恨みを買うような真似もあるだろう。そういった場合でもか?」


 懐疑的な眼差しに、おれは断固として主張する。


「そうです。人の魂は死によって肉体から放たれますが、現世にかかずらうべき縁を持つ者はその遺骸と結ばれています。旧世にあっては遺骸を適切に埋葬することで、この縁を断ち切り『霊』を幽世へと送ってきたのです。今は蘇生リバイブによって神の御手に直接すくい上げられています。いずれにしても、遺骸と結びつかない死霊を纏う男というのは……遺骸を隠匿している。あるいは……」


 おれが熱を込めて語って聞かせれば、ゴーフルは手をかざして待てと指図する。


「お早い返事だ」


 隣室で気送管が稼働する音がした。

 送りだしていた自動人形が、早くも帰って来たらしい。この人形どもの間には、厳然とした序列が敷かれているらしく、主人であるゴーフルを直接に世話することが許されているのは、限られた人形だけらしい。下働きの木偶は、拵えの素材も素朴な金属カネであったりする。


 一方、室に入ってきた黒漆塗りの人型機械の手には、二通の封書が携えられていた。

 一通は教会、そしてもう一通は憲兵団からだった。ゴーフルは順番に封を切り、読み終えた先からおれに投げ寄越す。


「どちらも出頭命令、君を差しだせと言ってきている。憲兵団の方は多少気をつかって、協力要請という体裁を整えてきているがな」


 馬鹿馬鹿しい、とゴーフルは言い捨てると、返答をしたため始めた。


「私の駒だ。私の城に出向いてくるのが最低限の礼儀というものさ。君の体調もある。今夜に引見させても構わんかね?」


 おれは頷いて、渡された手紙の内容を読みだした。

 教会からの通知文書の署名には、マロウ・ホワイトマンの名が記されていた。




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