第7話 戻ってきた愛
「紫音、大丈夫か?」
「大丈夫よ」
そう答えたのに、加藤君はじっと頭のてっぺんからつま先まで見出し、彼の視線は私の手首の辺りで止まる。
「ここ、赤くなってるじゃないか」
見ると、武人さんに組み敷かれた時の跡がくっきりとついていた。
「こんなコトするなんて、絶対許さねえ」
加藤君はその場に跪くと赤くなった手首に口づけた。ガラス細工に触れるかのようにそれはそれは優しく口づける。
「っ……加藤君」
「他は……?」
「え?」
「他に親父に何処を触られた?」
「く、首筋……」
首筋、顎、頬、髪、そして……唇。彼は武人さんが触れた後を浄化するかように口づけていった。
「人が見てるよ……」
もう日は沈みかけている。人通りは少ないが、全くいないわけではない。見られているかと思うととても恥ずかしい。
「オレは気にしない」
「私が気にするよ」
「じゃあ、視線が気にならないようにしてやるよ」
愛羅人君は私を抱き上げると路地に飛び込む。武人さんにされたことを思い出し、怯える私に気付いたのか、大丈夫と云うかのように私を抱く手に力を込める。そのかつてのような優しげな手つきに、恐怖心は次第に薄れ、私はおもむろに彼の首に腕を回す。どうか神様、このまま時間を止めて下さい。
そんな私の願いも空しく、やがて加藤君は手を離す。見渡すと、そこはかつて加藤君と別れたあの場所だった。
このままあの時のように『じゃあな』と去られてしまうの? 私は必死に離された腕へとしがみつく。
「し、紫音?」
「お願い、私を置いて行かないで! 私が間違っていたわ。あの花火はストロンチウム。許してくれるまで何度だって謝るから! 私には加藤君が必要なの。加藤君なしの生活なんて耐えられない! だって私は……」
「云うな、それ以上云うな」
「ど……うして……」
私の気持ちを聞いてもくれないの?それほどまでに私を嫌ってしまったの……?
唇を噛みしめ、我慢しようとしても、涙が後から後から零れ落ちる。そんな私の涙を加藤君は優しく指で拭いとる。
「どうして紫音はそう早とちりするかな。こういうのは男から云うに決まってるだろ?」
驚いて顔を上げる私を呆れたように、困ったように、でも愛情の詰まった眸で見ている。そして、
「紫音、おれは最初から別れる気なんてなかった。ただ拗ねてただけなんだよ。もっと構ってほしかった。別れたくないと引き止めてほしかった。なのに平気そうな顔でおれを見送って、上着まで返してきやがって。オレばっかり紫音に夢中でバカみたいじゃないか。ヤキモチ妬いてほしくて羅紗と仲良くして見せても、紫音は然と仲良くして逆にこっちが嫉妬深くなった。オレの方こそ紫音のいない生活なんて耐えられない」
加藤君は眸を合わせたまま、これ以上ないくらい甘い声で云う。
「紫音、宇宙でいちばんお前を愛してる」
「加藤……君……」
「愛羅人、だろ?」
愛羅人君はギュッと私を抱きしめる。しばらくして私の頭に顔を埋めたまま、愛羅人君は尋ねた。
「紫音は? まだ紫音の気持ちを聞いてない」
「愛してる。愛羅人君が私のコト嫌いになったって私は貴方を愛するわ」
「二度と離さない」
「離さないで……」
見つめ合い、どちらからともなく顔を近づける。
ああ神様、私たちを接着剤でくっつけてしまって下さい……。
すっかり秋を感じさせる寒空の下。暑ささえ感じてしまうほど私達は強く抱き合っていた。
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