第6話 愛羅人くんと武人さん

「好きなだけ食べなさい」

 テーブルの上に広げられているのは、巨峰やデラウェアなど、宝石のような美しい葡萄。お腹を壊してもなお余りそうなほど並べられている。

「い、いただきます」

 美、美味しい。スーパーの安物しか食べたことのない私でも、これらの葡萄が特別な瑞々しさと甘さを出しているのが分かる。

「そんなに急いで食べなくても、まだまだいっぱいあるよ」

 お兄様に諌められても、私の葡萄を食べるスピードは衰えることを知らない。しょうがないじゃない。こんなに美味しい葡萄を前にして手を止められるわけがない。

 一心不乱に葡萄を食べていると、ふとお兄様の視線に気づいた。

「? どうかしましたか?」

「いや、私にもこんなに可愛い娘がいたらな、と思ってね。いるのは、可愛くない息子だけなんだよ」

「息子さん、いらっしゃるんですか。お幾つですか?」

「息子かい? 十六歳だよ」

 じゅ、じゅうろくさい? ちょ、ちょっと待って、それじゃあ、

「あの、お兄様はお幾つなんですか?」

「私は今年で五十だよ」

 い、いそじー? ど、どう見ても三十歳前半にしか見えない。

 目を白黒させていると、お兄様、いや、おじ様が云った。

「君は、本当に若い頃の妻に似ている」

 愛おしそうに私の髪を撫で始めた。白く、細く、長い指が私の髪を梳く。

「柔らか、かつ、芯の強い、墨を流したように美しい髪。生き生きとした表情を見せるつぶらな眸。葡萄の香りで誘う、つい食べてしまいたくなる唇。ああ、お日様に晒さない白い首筋もいい」

 おじ様の指が私の唇から首筋にかけ滑っていく。

「お、おじ様?」

「小鳥が鳴くような可愛らしい声も素敵だね」

 何が起こっているのか分からずにいる私の腰に腕を回し、お姫様抱っこをすると、寝室らしき部屋に運び、ダブルベッドの上にそっと置く。

「あ、あの……?」

「紫音さん、私の女にならないか……?」

 その瞬間、男性特有の香りが匂い立った。

「奥さんがこんなこと許すわけ……」

「妻は十年前に死んだよ」

「息子さんだって……」

「息子だってもう十六だ。そろそろ自立すべきだ。私の自由に口を出さないでもらいたい」

 取り付く島もなかった。

「どうしてもというのなら、高校卒業まで待ってもいい。君のお母さんの生活も保障しよう。君だって一人で育ててくれたお母さんに親孝行したいだろう?」

 どうやって調べたのか分からないけど、確かにおじ様の云うとおりだ。

 唇を噛みしめて俯くと、おじ様は勝ち誇ったように笑みを浮かべて、私を押し倒す。

 ギシッとベッドが軋み、彼の重みを感じる。恐怖で体が震える。

「震えている君も可愛いな。眸をうるうるさせて此方を見る姿はゾクゾクしてくるよ。……本当に『優』の事を思い出す」

「え……?」

『優』って確か……。

「私の事しか考えられないようにしてあげるよ」

 私に影が覆いかぶさり、唇のファーストキスが今にも奪われる、と思ったその時、

 バン! ドーン!

 寝室の扉が開き、同時に急に重みが消える。

 気付くと、おじ様がベッドの向こう側に飛んでいた。

「勝手にオレの紫音に手を出すな!」

 こ、この声は……。

「愛羅人君!」

 思わず名前呼びをしてハッとする。そうだ、私たちは別れたんだった。

「愛羅人、父親にこんな真似をしていいと思っているのか?」

 おじ様―武人さんが起き上がって加藤君を見る。整えられていた髪は乱れてしまったものの、大人の余裕があるのが態度から分かる。

「はっ、女子高生に手を出している助平にだけは云われたくない。親父の人生は親父のものだ。オレが口出しする事じゃない。けど、コイツだけは、紫音だけはあんたに渡さない。何があっても!」

 加藤君はそう云うと「紫音、行くぞ」と私の肩を抱いて加藤家を出る。

 寝室を出る際に振り向くと、武人さんは途方に暮れた顔をして加藤君を見ていた。

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