第5話 ダンディーなお兄様

「サルくん、泣いてたな……」

 私の前では無理して笑ってたけど、本当はすごく傷ついているんだ。

 サルくんにあんな顔させたくなかった。私はサルくんが好きだった。愛羅人君に対する思いとは違うけど、確かにサルくんが大好きだった。

「どうすれば良かったんだろ……」

 そんな事を考えながら歩いていると、ふらふらしている青年が目に入った。

「あの、大丈夫ですか……?」

「水が欲しい……」

 乞われて、公園の入り口付近の自動販売機で天然水を買う。

「どうぞ」

 相当喉が渇いていたのか、ペットボトルの水は一気に半分ほどなくなった。

 水を渡す際に触れた手がすごく熱く、男性が熱を持っているのに気付く。

 私は男性の体を支えながら木陰に連れて行くと、水道水でハンカチを濡らし、彼の額に載せる。

「すまないね、お嬢さん……」

「いいえ、気にしないでください」

 少し楽になったのか、だるそうに木に寄りかかりながらも礼を云ってくる。

「中学生かい?」

「高校生です……」

「そ、それはすまないね……」

「いえ……」

 互いに気まずくなり、沈黙に包まれる。私はそっと男性の顔を窺った。

 モデルさんのように小さな顔。パーツがミリ単位まで綺麗に並べられている。震わせる長い睫毛、上気した頬、熱で潤んだ眸が大人の色気を醸し出している。着ている物も、ジャケットとスーツだけど、いかにも高級なのがよく分かる。時計もちらっと見えたけど、あれはどう見てもフラン○・ミュ○ーだわっっ。 

 いかにも育ちの良さそうなこの人を見ていると……急に緊張してきた。

「お嬢さん……」

「は、ハイーっ」

 過剰に反応した私に男性は目を丸くしていたけど、気を取り直して尋ねてきた。

「名前をお聞かせ願えないかな?」

「碧城紫音です。碧海(あおみ)の碧に亀丸城(かめまるじょう)の城に紫香楽(しがらき)の紫に音威子府(おといねっぷ)の音と書きます。葡萄が大好きな十六歳です!」

「元気な挨拶をありがとう……。助けてもらったお礼がしたいのだが……」

「お礼なんてそんな! いいですよ。お礼が欲しくて助けたわけではないので……」

「それでは私の気が治まらないよ」

「大丈夫です!」

 このような攻防を繰り返して約二時間。

「私が持っている会社の一つに葡萄を育てているところがあるんだ。是非食べに来てもらいたいね」

「……分かりました。御馳走になります」

 私はとうとう音をあげて、お礼されることにした。

「良かった! では今度……」

 彼は薔薇のような、それはそれは美しい笑みを浮かべると、家に迎えに来るよう電話を始める。

 こんなダンディーなお兄様に微笑まれて嬉しくないはずがない。私は、足取りも軽く、帰路に着いた。

「そういえば、名前を聞き忘れていたわ。……でも誰かに似ているような……」


 そして日曜日、私はダンディーなお兄様のお家に招待された。

「た、た、た、た、大変よお―。紫音、家の前に黒い車がっっっ!」

「ママ、落ち着いてよ。あら、ソ○ラじゃない。私この車好きなのよね」

 今やレク○スと化してしまったソア○。パンフレットで見たときから一度乗ってみたかったのよね。

「碧城紫音さまですね。お迎えにあがりました」

 現れた運転手さんは超美形。洗練された立ち振る舞いがステキだ。

「じゃあ、行ってくるね!」

 今日の私はバイオレット色のワンピース。運転手さんが自らドアを開けてくれ、まるでお姫様になった気分。

 乗り心地抜群の○アラに揺られ、私はお兄様のお家へと目指した。」

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