第9話 走れ、オッサン
★
昨日、狩りの時に見つけた魔素溜まりの近くまで走ってくると、すでに日は傾いて、森に囲まれた道は薄暗い。
もうすぐ、魔素溜まりに向かう分かれ道が見えてくるはずだ。見落とさないよう慎重に走る。
気をつけて進んでいると(あった)俺は急ぎ、分岐点で曲がると、昨日感じたのと同じ魔素の濃さを知覚する。
(よかった、間違ってない)
そのまま、全力疾走に戻ろうとした時、前方にタイマツの光が見えた。
(! あれは?)
赤く揺らめく光がいくつもいる。タイマツの光だ。
俺が進む道の向こうに、タイマツを持った人間が何人も歩いている。
俺は立ち止まった。
タイマツの群れは、こちらへと引き返して来ている。
(まずいな、神官達が引き返してきているのなら、もう全部終わってしまったのかもしれない)
俺は様子を見るため、急いで森の中に飛び込み、前から来る神官達をやり過ごすことにした。
近づいてきた人数は、10人程度。
ガヤガヤと、無駄口を叩いているのが聞こえてくる。
殆どは、今年の街の税収や、付近の作物の豊作具合の話しだ。
だが、中に気になる会話をしていた奴らがいた。
「いやー、さすがは、100年の修行を重ねたウルバの巫女でしたな、毎年使い捨ててる巫女と違って、泣き言一ついわなんだ」
「まったくですな、いつもの年の巫女なら、泣きわめいて大人しくさせるのに苦労しましたしな」
「さて、100年先の為にも新しき巫女を選ばねば」
「いやいや、まだ帰って今宵の地龍神降臨の儀が残っておりますぞ、呼び起こした地龍神が巫女を贄として喰って貰わねば、100年巫女の魔力で眠ってもらえん。地龍神が眠っている間に、龍玉を抜いてしまわねばなりません」
「龍玉か、やれやれ、ここまで戻ってくるのも面倒じゃし、次の巫女に埋め込むのも面倒じゃのお……」
……
(しめた、祭儀で地龍神を呼び出すまでは、ミイヒャはまだ喰われてない……地龍神が呼び出される前に連れ去っちまおう。こいつらが街に戻るまでが、ミイヒャの救出の機会だ)
俺は、簡単な救出作戦案を考えた……ほぼ行き当たりばったりとも言う。
(それと、龍玉って何だ? 分からないが、他の奴ら、次の贄をどうやって決めるのかも話し合っていたが、今年は難しいだろう。子供を浚さらってくる役目のゴロツキ達は、俺がさっき始末した。精々苦労してくればいい)
ザッザッザッザッザッ……
すぐ近くを、最後の神官が通り過ぎていく。
(今から、俺がミイヒャを連れ去っていくので、荒ぶる祟り神となった地龍神が大暴れすれば、あの街もただでは済まないはず)
奴らがやってきたことを精算するのに良い機会だ。
神官達をやり過ごすと、魔素の吹き出している奥へと急いだ。
★
しばらく登りになった道を進むと、魔素溜まり特有の魔力の濃い場所に出た。昨日俺が罠を仕掛けようとした所もこの近くだ。
先に進むと、どんどん魔素の圧力が増してくる。昨日訪れた神域に近い感触だけど、こっちは、奥に鎮座する存在感が半端じゃない。
魔素の発生源方向へと走ると、突然森が切れ、広場になっていた。
正面には、切り立った岩肌の崖があり、大きな洞窟が口を開けている。
広場の中央に、俺が求めていた物が見える
岩でできた小さな祠の天板が、まるで石棺のようになっていて、その上に、少女が縄で繋がれているのが見えている。
「ミイヒャ」
名前を呼ぶ。
少女は、目隠しを外されて素顔をさらしていた。
服装は、昨日見た白い神官服のままで何かされた様子は無い。
ただし、両手両足が縄で縛られ、石棺に結わえ付けられていた。
急いで、俺は駆け寄った。
「おい、お前……」
絶句する俺。
そこにいた少女は、ようやく俺へ反応を示して、両目を閉じたまま顔を向けている。
人形のように、生命感を薄くした少女の口が開いた。
「何じゃ、おぬしか、確かホーンズと申したな……何の用じゃ? これから妾は、大事な役目を果たすのじゃ、街の者達の為にこの身をを捧げるのが、妾の仕事じゃ、邪魔をするでない」
全てを受け入れ、悟っているように喋る少女がそこにいる。
(ああ、確かに、街の住人を思うのならその大義は正しいだろう、正しいが……しかし)
「うるせえ、怖くて泣いてるガキを放っておけるかよ、強がってるんじゃねえよ」
少女は泣いていた。震えていた。
(馬鹿野郎、強がっているけど、涙ボロボロ出てるじゃねーか)
「う、うるさい、妾は、全てを受け入れておるのじゃ、覚悟をしておるのじゃ」
「馬鹿野郎、泣いて震えてる癖に何言ってるんだ。全然覚悟してねーじゃないか」
「何だと、妾の覚悟を愚弄する気かっ」
「ふんっ、違うな、そいつは覚悟なんかじゃない、そいつの正体は、諦めているって言うんだ」
(昨日、街で出会った、屋台のおやじさん、あんな良い人間もいる街だ、栄えて欲しい気持ちもある……だけどな)
「街が豊かだったのは、地龍神のおかげかどうかは、知らねえが、ガキ1人に全部の重荷を背負わせるのは許せねえんだよ」
「だって、巫女の皆役目を果たしたのじゃぞ、妾だけが逃げるわけには、ウッ、グスッ」
「だってじゃねえ、お前の命だ、その命は、他の誰のためにじゃねえよ、お前のためのもんだ」
「ウッウワアアンウウワアアアアアア……」
100年の時を経て、見た目以上に成長してるのかと思ってみれば、どうも調子が違ったようだ、見た目と同じ、中身はガキのままだった。
激しく泣き出した少女の戒めを、小剣で切っていく。
ザリュッ、ザリュッ
縄は、見た目以上に堅くて、なかなか切れてくれない。少女の肌は柔らかく、俺のように回復の加護が有るわけじゃなさそうなので、どうしても慎重にやらざるを得ない。
(ちっ、堅すぎるじゃねーかよ)
俺が、縄を切り取るのに手間取っていると、ミイヒャはいつの間にか泣き止んでいた。
ブツッ
ようやく右腕の縄が切れた。
「よし、1本切れた……おい、ちょっとは落ち着いたか、もうちょっとの辛抱だぞ、縄を切るとき引っ張るが我慢してくれ」
「ふん、妾はどうということない、じゃが、おぬし、このような真似をしてただで済むと思っておるのか?」
「うるせえな、ただで済むとは思っちゃねーが、お前、俺の加護が見えていたんだろ、あれが有ればなんとかなるのさ」
「地龍神は、上位神じゃぞ」
「ちっ……分かってるよ、だから急いでるんだろ」
まともにやり合ったら、それこそ太陽神ホルスと夜女神ヒルダの恋煩いじゃないが、永久運動のごとくウルバが与える死と俺の再生を繰り返して、いつまでそれが続くかわからん。
(さっさと、こいつを連れて逃げるつもりが、まいったな)
ブッブツッ
ようやく2本目、左腕の縄を切れた。残りは両足の縄。
(くそお、これは時間がかかりすぎるな、そろそろ神官達も街に着いた頃だろうし、早くしないと)
俺の焦りとは別に、少女は、上半身を起こして、周りをキョロキョロしながら、鼻をスンスンと嗅ぎ出す。
「ミイヒャ、どうかしたのか?」
「うむ、臭いじゃ、ウルバの地龍神様が起きようとしておる」
「なんだと、急がねえと」
(おいおい、早すぎるだろ、もしかしたら俺が遅すぎるのか?)
急いで、足首に巻き付いた部分を残して、石棺から自由になれるよう、縄を切る事にした。
ガッガッガッ
叩くように、切りつけると、ようやく、右足の縄が切れた。
残るは左足。もう1本。俺の安物の小刀は、とっくに切れ味を落としてるのでなかなか縄が切れてくれない。
(うおお、急げ急げ)
心はあせるけど、どうにもならない物はならない。
叩き付け、縄の繊維に小刀を差し入れてこじり開け、引きちぎる。
少しずつだが、縄が切れていく。
(もうちょっと、あと少し)
「おい」
「黙って我慢しろ、あと少しだ」
「おいって」
「何だよ、あと少しなんだよ」
「もう来てる」
「え?」
「ほれ、あそこ」
冷や汗が背筋を流れる。顔をそーっと上げると、ミイヒャが指を指し示してる。
少女の指が射していたのは、岩肌にぽっかり空いた洞窟。
中から不気味な赤い光が二つ、手触りできそうな程濃厚な圧力を伴い、こちらを睨んでいた。
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