第6話 森へ走り込め、オッサン


(多分、昨日のゴロツキの一味だろう。俺がこの時間に神殿から出てくるのを知ってる訳が無いし、おおかた神官が知らせたんだろうな……余計な物を見聞きした俺を、街の外で始末させる気か)

 さっき神官に手渡された小銭を見る。

(小銭は、旅の装備を調えろって意味で渡されたのだろう、神官の予定では、俺が街で買い物をする間にゴロツキ達が街の外で襲撃をする手はずを整えているのだろが、そうはいかない)

 俺は、何時もの手を使うことにした。


「さて、旅をするには、荷物が足らないが、さっさと旅立つか」


 俺は、まっすぐ城門へと歩き出す。

(危ないと思ったら、一直線に逃げるのが肝心だ。いちいち相手になんかしてられるか、馬鹿馬鹿しい)

 城門に着くと衛兵に街を出て行く事を告げて、新調したばかりのマントを翻しながら早足で街を後にした。


(すぐ森の中に入って、奴らをまこう)

 俺は、城門から見えていた森の中へと一直線に駆け込んだ。

 森に入るとすぐに身を隠して、街からの追跡者はいないか確認したら、案の定、いた。

 冒険者の装備をした3人が、俺が入った森を指さして騒いでいた。

 昨日の冒険者ギルドで会った、ゴロツキ3人組だ。

(バカめ、やつら冒険者としては、三流以下だな)


 街の中では威張っているが、森に入ると使い物にならない口だ。

 俺は、ニヤニヤしながら、腰にぶら下げたポーチから中身を取り出す。


 『種毒の壺』


 この種毒の壺は、以前、よその街で、魔女の婆から奪った物だ。

 魔女と言っても、いわゆる邪神と呼ばれる外神の巫女の類いだが、俺のような基本ステータスの低い人間にありがたいアイテムを所持していた。

 種毒の壺は、魔物を倒したときに手に入れる魔石を放り込んで置くと、魔素を溶かして、便利な毒に変換される優れものアイテムだった。

 昨日の朝、森で狩りをしようとこの壺で毒を調合していた最中、ホーンラビットに襲われて、逆襲されてしまったが、今回は、ほぼ必要としている毒は作ってある。

 一晩、寝る前から魔石をつけ込んでいるので、残りの調合は簡単だ。幻覚の毒をつくって、森に入ってきたゴロツキ達を迷わせる事ができる。


 魔物用の強力な毒もあるが、あの程度のゴロツキには必要ない。

 俺は急いで最終の調合を済ませ、木のヘラで森の木々へと塗っていった。

 幸い俺の場合、元の持ち主の魔女のように解毒剤を作る必要がないので、作業も早い。


 後ろの方から、大声で叫んでいる声が聞こえる。

(大声で叫んでたら、魔物を呼び寄せてしまうのにバカな奴らだな)

 俺は、種毒の壺をしまい、以前作っていた魔物避けの毒を身体に塗って、森の中を移動した。


 森の中では、ゆっくりだが確実に歩く。

 歩き方にも工夫はしている。いくら魔物除けの毒を塗っていても、音を消して見つからないように歩くぐらいの工夫は必要だ。

 慎重に木々の間を進むと、時々小動物の気配がする。大きな魔物の類いににも幸い出会わなかったので、魔物除けの毒効果は上手に働いてくれたようだ。

 森の木漏れ日から、太陽がだいぶ登るのが見えた、時刻が、お昼前頃になったのを確認する。

 方角も一応合ってるはず、もう少し歩けば街道に出られる。

 俺の身体能力は低いが、森での行動技術には自信がある。昨日の朝のような失敗の方が珍しいぐらいだ。

(まあ、たまに失敗するんだが)


 太陽が一番高い所に登った頃、ようやく森の切れ目が見えてきた。

 森を両断するように切り開かれた街道だ、真っ直ぐにさえ進めば確実に出られる自信はあった。無事街道へ出られたので、後は余所の街まで移動すればいい。

 街道に出ると、さっきまでの緊張がほぐれて思わず声が出る。


「ふああ、ここまで来りゃ大丈夫だろ」

「甘いな」

「なっ?」


 声がした方向を振り返ると、上から縄が落ちてきて身体に巻き付く。


 瞬く間に俺の全身は、身動きが取れなくなった。

 道の反対側の木陰から例のゴロツキ達が、笑いながら出てくる。


(? どう言う事だ? 森の入り口で振り切ったはずのゴロツキ達がなぜここに?)

 俺が縄から逃げだそうとしている暇も無く、囲まれてしまった。


「おいおい、不思議そうな顔をしてるようだが、こう見えても、俺様は、探査の加護持ちよ」

「へへへ、アニキを甘く見たのが失敗だな、俺たちも小さいが加護を持ってるんだ、ウルバの巫女様々だぜまったく」「お前を捕まえている縄は、俺の操縄の加護だ、どう足掻いても逃げられないぞ」


 俺がもう逃げられないと思ったゴロツキ達が、得意げに自分たちの加護を自慢してくる。

 ゴロツキ達は、息が荒く、興奮状態になっていた。


(あり得ない。神から授かる加護は、神の力に比例して力のある者しか手に入らないはずなのに)

 だが、実際に、最後の下っ端の1人の手から縄が伸び続けて、俺の身体を押さえ込んでいる。

 だからと言って、加護の力を現実に見せつけられていても、自分に起きている事が、にわかには信じられない。

(この街の龍神は、神格の高い神だ、なら尚更、この程度のゴロツキに与えられる力では無いはず。俺自身、特別な加護の力を持っているが、それだって偶然を通り越した奇跡で与えられた物だったのに)

 嬉しそうな顔をしたゴロツキのリーダーが、目を血走らせながら、縄が絡み続けている俺を上から見下ろしてる。

 その様子は、声も上ずって、危険な状態になりつつあるのが見て取れた。


「お、おめえ、神殿に行ってたよな、あそこの神域は、地龍神ウルバの寝床だったんだ、だがな、何00年も前の大神官様が地龍神ウルバを騙して寝床から誘い出したんだ、ノコノコと外に出た隙に、巫女の1人を放り込んで魔素溜まりを乗っ取ったんだとよ」


(神殿で感じた、違和感の正体はこれだったのか。神域に存在感が無かったのは、地龍神ウルバがいなかったせいだ……だがそれでは)


「バカな、元々、土地との契約で住まう神を追い出せば、追い出された神は、荒ぶる祟り神になるぞ」

「あーん? そうだぜ、よく知ってるな。イヒヒヒヒ」


 ゴロツキのリーダーと子分達は、興奮した上に、ゲスな感情を乗せて変な笑い方をしている。

 その目に小さな鬼火が揺らめいている。

(……俺の能力が発動しちまってる。さっきからペラペラと、神殿の秘密を得意げに喋るのは、俺の能力の副作用か?)


「キヒヒヒ、代わりに地龍神ウルバは、毎年、処女の生け贄を貰って大人しく街の神殿に従っているのさ。お陰で街は、豊かになってる、巫女様々だぜ」

「何が巫女様々だ、ふざけるな」

「へっ、俺たちが毎年人身御供になる巫女を浚ってくる役目を仰せつかったお陰で、この加護を手に入れられたんだぜ、感謝するだろ、普通」

「へへへへ、今夜は100年に一度の大祭だ、本物のウルバの巫女になったあのガキも、特別な贄になるため、今頃森の祠へ連れて行かれてるだろうよ」


(何てことだ、ミイヒャは、あの小さなミイヒャは、ウルバの巫女としてではなく、特別な生け贄として100年の間あそこにいたのか? 毎年連れてこられる少女を、繰り返し、祭りの日の度に見送っていく日々を過ごしてきたのか……)

 街で、ミイヒャを見送った街の住人達がしていた表情の訳が分かった。

 後ろめたさと、街に送られる恩恵への欲望とが、醜いほど混ぜ合わさった顔だったんだ。

(奴らは、自分たちのために、少女達を毎年生け贄に捧げてやがったのか)


 ……


(もういい、もう沢山だ、これ以上は見たくねえ)

 俺は、自分の中で押さえていた加護を解き放した。


「フヒッヒイィィイイイイイ」


 バタッ

 俺に操縄の加護を使っていた男が、変なうめき声を出して突然倒れた。


「どうした?」

「ふひっ、ひっひいいいいいい、ぶっ殺す、ぶっ殺す……か、加護が、操縄の加護が止まらねええええええええええ、ぶっ殺してやる」

「何だ、てめえか、てめえがやったのか」


 操縄の加護を使っていた男の手から縄が出続けている。

 ぶっ倒れて、真っ青な顔になっている。魔力切れの症状だ。なのに、加護の力を使い続けて、全く止まる気配は無い。

 残りのゴロツキ達の目には、怒りの鬼火が灯って俺を睨み付けている。

(もう終わりだ、これ以上こいつらに聴く話しも無いだろう。早く終わりにしよう)


 聴くに堪えなかった。俺もさっさと終わりにしたいので、押さえ込んでいた加護を発動させる。

 俺の加護の発動に併せて、ゴロツキ達が一斉に、俺へと襲いかかってきた。


「ふざけるな、やっちまえ」

「ぶっ殺してやる」


 ゴロツキの残り2人が、同時に剣を抜いて俺を刺し貫こうとしていた。

 このままでは、俺は操縄によって縛り付けられたまま、地面から動くことができずに攻撃を受けることになる。

 種毒の壺から毒を取り出して反撃ところか、避けることも、逃げることも出来ない。

(ならば……)


 俺は、そのままゴロツキ達に刺し抜かれる事にした。


 ズッガガガ「ぐっ」 ガスッ「げぐっ」ズブッズズッ「ふわああ ガッガッ「ぎゃんっ」……

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……」

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」


 何度も何度も、ゴロツキ達の剣が、俺の身体を刺し貫き、そのたび激痛が走る。

 元々、俺の基本ステータスが低いので、肉体防御力なんか紙装甲でしかない。

 最初の一撃目から、革鎧の隙間を通って、俺の左肺を貫いている。

 着ていた革鎧は、数回の斬撃によってボロボロになった。

 何度も俺を刺し貫いているのに、ゴロツキ達は辞めようとする気配すら見せず、目に浮かべた鬼火がさっきよりも強く光を発して俺への憎しみを増していく。


 凄まじい憎しみが、炎のような意思を纏って俺へと叩き付けられていた。


 ……


 俺への殺戮が始まって、何度も執拗に攻撃を受けて服も革鎧もボロボロになったのに、まだ俺への攻撃は続いている。


「ひゅっ……がっ、ぉぇっっぃいぃいいっぃっ……」

「…… ‥ ‥ ・   ・」


 最初に俺を、操縄の加護で縛っていた男は、近くで干からびたカエルのようになって虫の息だが、俺を操縄で縛ったままだ。

 攻撃を続けている二人の内、もう1人の子分ももう、ふらふらしている。

(思ってたより、体力あるな、こいつら)

 俺は、攻撃されるたび走る痛みに辟易としながらも、もうすでに飽きていた。

 飽きてしまったものは、しょうがない。


 相手からの攻撃を受けるだけのルーチンワークが終わるまでの間、暇つぶしに、俺は過去の事を思い出してた。

 過去にこの加護を俺に授けた、悪徳女神2柱の事をだ。



 ちなみに、なぜ、俺が退屈をしていたかと言うと……

(……だって、俺、死なないんだもん)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る