第5話 ウルバの巫女様ではない、ミイヒャと呼べ、オッサン


 馬車に乗り込んだ俺は、中の豪勢な装飾をぐるりと見渡す。

 内張の刺繍布の装飾は、腕の良い職人の手で作られているし、所々に見える彫刻も贅を凝らしてていた。

(まいったぞ、予想していたよりも地位が高い人間の乗る馬車だ。って事は、この少女が受けている待遇もその地位の人間からの援助で行われてる、下手に関わると危ない)

 俺が今、自分の置かれた状況を整理している間も、尻の下から車輪の揺れを伝え続けて、馬車はどこかへ走って行く。

 ……

 お互いにしばしの無言。

 目隠し布をした少女から黙ったまま観察されている状況に、どうしたものかと考えていた。

 しばらく通りを進んだ馬車の中で、無言の圧力に耐えかねた俺が訪ねた。


「えーっと、あのウルバの巫女様、これはいっ……」

「よい」


 俺の言葉は、途中で遮られた。

 薄暗い馬車の中で、目隠しをした少女の視線を痛いほど感じる。


「ホーンズと申したな、妾の名はミイヒャじゃ、ミイヒャと呼べ」


(困った、高位貴族待遇の相手に名前で呼べるわけが無いだろ。それより俺が聴きたいのは、何でここに乗せられたかだ)

 勇気を出してもう一度、聞き直した。


「あ、あの、どうして俺なんでしょうか? 俺は、よその街から来た流れ者の冒険者ですぜ」

「ふむ、ホーンズよ、おぬし、自分でも分かっておろう。余計な謙遜はするな」

「え、いや、そんな分けございませんです」


(まいったな、この少女は、裸眼で俺のことを見ている分けじゃ無さそうだ。ギルドに置いてある鑑定石のように、鑑定ができる人間がいるとは聞いた事があるが、その類いのスキルを持っているのだろうか? ギルドでごまかした時と同じやり方で否定してみるかな)


「あ、あの、あっしは、昔からレベルの鑑定で間違った表示がされる体質でして、常に鑑定石で表示されるHPやMPは、本当にけちな能力値しか出ない最底辺のおっさんでございやす」

「ふんっ」


 目の前にいる可憐な少女が、俺の言い訳を鼻で笑う。


たわけた事を申しよって。妾の塞目はもう常人の光は見えぬ、じゃが、この塞目には、巨大な神柱が2本も見えておるぞ……ふむ、ホーンズよ、おぬし月の女神セラムと、水の女神シェリシュの2柱より加護を受けておるな」


 !

 俺は、観念した。

(この少女の塞目とやらは、本物だ。俺の加護の正体を見事に言い当てやがった……しかし、まいったな、実際その加護は加護と呼ぶより呪いのようなモンだし、貰った時の理由も最低だったしなあ……)


「あ、あの、俺、いや私は、その……」


 俺が言いよどんでいると、目の前の巫女は微笑みながら首を振り、俺の言葉を遮った。


「ふふふ、まあよい、自らの特別な加護を、他人には知られたくないのじゃろ。無理に言わずともよいぞ」

「……申し訳ございませぬ、ご配慮ありがとう存じます」


 俺は、これ以上、この少女に関わる危険を避けたかった。

 神々に関わってしまうと、得られる恩恵よりも、害になる事の方が多い。

 加護と言っても俺のアレは、俺のような個人に呪いと呼ぶしか無い危険な物だった。

 俺は、自分に降りかかってきた呪いを相手に、短い手足で足掻くのが精一杯なのに、この少女の呪いとまで付き合う義理は無い。

 困った顔をしていた俺に、少女が笑いかける。


「ふふ、ホーンズよ、妾もおぬしと同じ、世俗のことわりからはみ出た者じゃ、そう堅くならずに妾と仲良うせい」

「そ、そう申されましても、わたくし、一介の冒険者です。龍神の巫女様と言えば、神格の高さから大貴族以上の位を持つと聴いています。ウルバの巫女様と同列に喋るのは、恐れ多いことです」

「……ふうっ」


 俺が礼を言うと、目の前の巫女が大きなため息を付き、寂しそうな顔になった。


「ホーンズおぬしも、妾の事をその呼び方をするのか……先ほども申したが、妾には、母様が付けてくれたミイヒャと言う名があるのじゃがのお……これも何かの縁じゃ、妾の事をミイヒャと呼べ」

「え、私のような者が、そのような恐れ多い呼び方など、とてもとても」

「よいよい、今日まで100年も神殿の鍛錬の場に籠もっておったのじゃ、妾の名を呼んでくれる者はもう誰もおらん。神域の魔素溜まりでの特別な修行のお陰で、この身は、全く成長を知らず、世間のことも知らず、ただ、ただ、魔力を高めておっただけじゃ。誰も妾を昔と同じ名で呼んでくれなんだ。今日ぐらいはな……」


(さっきの疑問はこれで晴れた、神格の高い龍神との交信でも大丈夫な巫女を作るために、特殊な鍛錬を100年の長さを掛けて作り上げてきたのだ。見た目の幼さとは全くの別物が目の前にいる、どうりで俺の正体を容易く見破るわけだ)


 目の前の少女は、目隠し布の下でどんな目をしているのか分からないが、100年と言う時を見ながら言葉を句切った。

「ふっ」少女が小さく吐息をはく。

 軽い吐息と一緒に、少女の頬が緩んだ気がした。


「100年……100年の間、あの場に来た者は皆、ちゃんと自分の役割を果たした……私も……今日だけは特別に好きにして良いと言われておる、ミイヒャの名で呼んでくれ。街から街へ渡り歩く者になら良かろう……おおそうじゃ、外の街より来た者なら、外のことを知っておろう、よその街の話なぞ聞かせてくれ」


 目の前の目隠しをした少女は、さっきの寂しそうな顔から、突然好奇心を持った少女の顔に戻った。

(地方の神殿によって、巫女の運営方法は色々だ。ここの神殿でも何かと複雑な事情があるんだろうな)

 俺は、ミイヒャに請われるまま、外の街の話しや、吟遊詩人から聞いた勇者の冒険譚を話した。

 俺が面白おかしく話しを聞かせるたびに、手を叩き身体を使って喜んでいる。目隠し布の下で一生懸命笑っている。

 けしてこの少女に情を移した訳では無いが、なぜか俺は饒舌になって、目の前の少女を喜ばそうと必死になっていた。


 気がつくと、馬車は神殿の中に到着をしていた。


「巫女様、到着いたしました」


 馬車の扉が開き、御者が少女を下に下ろすと、神官達が並んでいる。

 俺は、ここで解放されるのかと思って、今夜の宿をどうするか考えていたら、服の裾を捕まれた。


「これ、どこへ行く、今宵の夕食を付き合え」

「えっ?」


 俺は、思わず御者をしていた男と神官達の目を見た。

 『断れ』はっきりとそう言っているのが一目見て分かる。

 整列した神官服から飛んでくる圧が尋常では無い。


「あの、わたくしこの後、今夜の宿を探さないといけませんので、この辺りでおいとまを致したく存じます」

「妾が、誘っておるのじゃ、今宵の宿ぐらい神殿で取らせる。神官よこやつの寝台と食事も用意せよ」


 ウルバの巫女の少女に命令された神官は、俺を一睨みして少女の命令に従った。

(俺、悪くないよな……)

 一抹の理不尽さに戸惑いつつ、俺の服の裾を引っ張る少女の後を着いて、神殿の中へと入る。


 途中、龍を象った像がいくつも並んだ回廊を通って、最奥にある巨大な扉の前に立つ。

 ムワッ!

 圧!

 扉の前に立った時点で、おかしな空気の抵抗を浴びる。

 俺も何度か経験をした事のある場所だ。霊圧が高いと言えば良いのか? ねっとりと濃厚な魔素が集まっている。

 立ち止まっていると、服の裾を引っ張っていた少女が俺に振り返る。


「ふふ、楽しかろ、ここはまだ、後ろの神官達でも入れる場所じゃ、害は無いから入れ」


 巨大な扉が、大勢の神官達によって開かれた。

 扉の向こうには、巨大な扉以上に巨大な空間が広がっていた。

 光が届かないほど暗く高い空と、地平線。

 中央には、巨大な石柱が両側に建ち並び、奥へと通路が続いてる。

 通路の暗闇の向こう側から、強力な魔素の圧力が流れてくる。

(……何だろう、神域であるのは間違いないのだけど、何か違和感が……存在感と言うか、何かが足らない気がする)

 頭を振る。

(よせ、それ以上詮索すれば、余計な事に首を突っ込む事になる)

 俺は、厄介な事を考えるのを辞めて、ウルバの巫女に促されるまま、中へと入る。


 入り口の扉付近には、人工で整えられた空間が設えられており、そこだけが周りから浮いていた。

 小さいけれども、白く汚れのない磨き込まれた石畳の床。

 中央には、子供用の机と二つの椅子。

 石畳と整地されてない地面との際には、貴重な本が入った書棚が置かれている。

(この少女のための本か? 盲目なのに変だな?)

 分厚い本の他に、帝都で読んだことのある娯楽の写本が入っていた。


 俺がキョロキョロとしていると、少女が中央の椅子に座る。もう一つの小さな椅子を神官が脇にどけて、俺のための大人用の椅子を、部屋の外から持ってきたので、俺は少女の対面に座ることになった。

 準備が整うと、神官達は、大きな扉を閉じて、2人だけがこの空間に残される。

 真っ暗になるのかと思ったら、意外と明るいので、少女と話す分には問題なさそうだ。


「それで、先ほどの話しの続きじゃが」


 馬車の中での話しの続きをせがまれ、食事が運ばれるまでの間、話を続けた。

 途中、巨大な扉が開かれ、食事が運ばれて来たが、他の神官は部屋へとやってこず、俺と少女だけでの食事となった。

 持ってこられた食事は、素材は確かに美味いが、明らかに手抜きをして作られており、さっき屋台街で食べたおやじさんの串焼き肉と比べものにならない代物だった。


(正直、もう食べたく無いんだがなあ)

 俺は、どうした物かと思いつつ、空間の調度品を眺める。

 囲まれた空間に置かれた調度品は、すべてこの10歳程度の小さな少女のための大きさに整えられていた。

 今、俺が座っている椅子だけが、大人の座る椅子だ。他の部屋から持ってきたのだろう。

 さっき、脇に避けられた、小さな椅子が目に入る。

(ここは、彼女専用の部屋だろうが、もう一脚残った小さい椅子は誰のための物なのか?)

 外の街の話しをしていたが、思わず疑問を聞いてしまった。


「なあ、ミイヒャ様は、いつも誰かと食事をしているのか?」

「ん? 100年の間は、毎年入れ替わりで食事と世話をする者がおるぞ。今年は居らぬがの」

「そうなのか」

「おお、そうじゃ、1人での食事は嫌なのじゃ、だからこそおぬしの話しが聞きたいのじゃ」


 上位神の巫女になるには、色々と面倒くさい事もあるのだなと考えつつ、話しの続きをしてやる。

 彼女の話しも聞いてみたかったが、聞いてしまうと後が怖いので訪ねるのは辞めた。

 しばらくすると、神官が1人入ってきて、もう時間だと告げる。


「何じゃ、まだよいではないか、のう」


(妙に懐かれてしまったようだな)

 話しの続きをせがまれたが、神官が間に入って『明日の準備の為です、今宵は早く禊ぎをしてお休みなってください』と言われ、渋々彼女は従うことになった。

 最後に、お暇をしようと挨拶をすると、ミイヒャが、何かをモゴモゴと言っていたので、聞き返す。


「どうかなさいましたか?」

「街の外にも行ってみたかったじゃ……」


 ……

 少女の言葉に戸惑ったが、すぐに笑顔を作る。


「ええ、お役を果たせば神官様達がご褒美をくださるでしょう。他の街の巫女も外を出歩いてましたよ。ご自身の大役を見事果たしてください」

「ああ、そうじゃな、明日は、大役を果たさねばな」


(嘘だ)

 俺は、嘘をついてしまった。街の外を出歩いていたのは、土地神程度の弱い神巫女の話しだ。

 龍神ほどの神格を持つ高位神と交信する巫女なら、1度龍神と交信をしてしまえば、龍神の神威の影響から、神域の結界内から出ることすらできなくなるだろう。

(それでも、この神殿の規模や巫女の扱いを見れば、外を出歩けない代わりに、贅沢な暮らしができるだけマシかもな)


 俺は、本当は思ってもいない言葉を彼女に告げて、この部屋を後にした。

 部屋の外に出ると、神官に案内され、神官達の眠る大部屋のベッドの一つをあてがわれた。


「この部屋だ、そこの寝台が一つ空いているので使え。それと大事な事だが、ここで有った事は誰にも言うな、分かっているだろうな」

「勿論です、誰も信じちゃくれやせんよ」

「ふん、では、ここで寝たら、明けと共に神殿から出て行け」

「かしこまりました」


 個室に泊まれるとは思ってなかったが、まあこんなモンだろうと明日の準備を済ませておく。

 毛布を被って、色々と仕込んでおいた。

(明日になれば、必要な物ができあがってるだろう)

 久しぶりのベッドに横たわり、明日の朝を待つ。


 就寝中何も起きず、明け方になると神官達に呼ばれ、幾ばくかの小銭を渡された後、神殿から追い出された。

 神殿の外に出ると、朝日が城壁の上から登ってきている。

 相変わらず、顔面の腫れは引いてくれてないが、久々に不快な感じが無い。

(藁ベッドはやっぱり寝心地がいいな、この所野宿ばっかりだったので、まともな寝床は助かるよ……)

 肩を回しながら神殿へ振り返って、扉を見つめる。建物の奥で眠る少女の事を考えたが、すぐに頭の中から振り払う。

(俺は俺だ、この街の物語とは、別の場所で生きる物語を俺は生きてるんだ)


「ふわあああ」


 大きな欠伸をして、それとなく、周りの様子を確認した。

(あー、やっぱり居るなあ)


 俺が伸びをしたついでに、視線を後ろに向けたら、建物の陰に引っ込んだ奴がいた。

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