第4話 ちょっと顔を貸しな、オッサン
★
振り返ると、さっき冒険者ギルドに居たゴロツキだった。
「お前だよ、さっきもギルド職員を困らせていたが、今度は街の住人まで困らせてるとは見逃せねえな」
「おお、そうだ、こいつぁ懲らしめてやらないと分からないようだぜ、兄貴」
さっきのゴロツキ達3人が、俺を囲んでニヤニヤとしている。
(またこいつらかよ、走って逃げればよかったかな……どうやって刺激しないよう逃げようか)
俺が黙って考えていると、肩を掴んでいたリーダ格らしき男が、汚い顔をすぐ前に近づけてきた。
「おっさん、あんたこの街の掟が分かってないようだから、教えてやんないといけないようだな、ちょっと顔貸してもらおうか」
「え、あ、ちょっとまって」
俺は、腕をつかまれ、路地裏へ引きずり込まれそうになった。
大通りの目立つ所で問題を起こしたくないのは、ゴロツキ達と同意だが、かと言って連れ込まれたら、折角新調したばかりの服と革鎧がまた使い物にならなくなる。
ここは、下手に出て穏便に切り抜けるしか無い。
「すいやせん、街の皆さんを困らせるつもりなどなかったのです。どうかお許しを」
「ああん、てめえ、何言ってるんだ、いいからこい」
「黙れこの野郎」「へへ、さっきのアレはまだ持ってるんだろ」
俺は
ゴロツキ達は、俺の頭を押さえつける形で、路地裏へと無理矢理引きずって行こうとする。
(うう、なんだよちきしょう、俺は無抵抗なんだしそこまでやる必要がないだろ……ってあれか)
と、ここで思い当たる事が有った。
(ここまでしつこいと、金目当てか? さっき冒険者ギルドで、魔石を持っていたのを見られていたのかもしれない。なら金で見逃してもらうしかないか?)
俺は、金だけで許してもらえないか考えていると、大通りを通りかかった馬車が突然こちらへと突っ込んできた。
「邪魔だ! 道をあけよ」
馬を操る御者が、大声で道を開く。
停車したのは、一般の商人が使う荷物も載せられる馬車ではない、乗員のためだけに十分なスペースをとった、人を運ぶための馬車だ。
(こんな馬車を使う人種は、決まっている。貴族かそれに準じる権力者の乗る馬車だ。やっかいな事がさらに起きるのかよ)
殺気立っていた群衆が馬車を確認すると、一斉に馬車の周りから距離を取った。
後に残されたのは、俺とゴロツキ達だけが間抜けな顔で立っていた。
(これ以上厄介なことが増えても困るだけなんだがな……)
俺は、迷惑な予感を持ちつつ、馬車を観察する。
馬車を見ると側面に、どこかの紋章が大きく書かれている。
(この紋章……何だったかな……)
俺は、紋章に書かれている意味を、記憶の中から呼び出す。
(上部にある光輪の文様は、上位神を表す紋章、そして中央の龍は龍神だ。周りの豊かな麦畑や荒野の絵柄は、大地を象徴しているので、
だいたい、神殿の神官にろくな奴はいない。
糞じじいの類いが、俺に言いがかりを付けてくるのかと、身構えた。
カチャッ。
貴族が乗るような細かい装飾を施された、馬車の窓が開く。
薄暗い馬車の中から聞こえてきた声は、予想と反して、鈴のように透き通った声が聞こえてきた。
「ほう、精霊が騒いでおると思って近づいてみれば、なかなかに面白い者がおる。そなた達、そこで何をしておるのじゃ?」
馬車のドアの前に御者が降り立ち、ドアを
中からの声を聞いた周りの群衆が、一斉に
ゴロツキ達も馬車へ振り返り、皆凍り付いたように動きを止めている。
俺も周りの視線を追って、馬車の中を覗くと、予想していた人物像とは、全く違った人物がいた。
馬車の中には、1人の少女が、背筋を凜と伸ばし、座ったままの姿勢でこちらを見ていた。
それを見た俺も、周りと同じように凍り付く。
そこにいたのは、10歳ぐらいだろうか、まだ幼く、可憐な少女が座っている。
少女は、銀色に光る艶やかな髪を、神官服の白い衣の上に垂らして、こちらを見ていた。
これだけなら、神官の親類が街にお忍びでやってきたのだろうかと思うが、顔に巻き付けた目隠し布が異様な存在感を放っていた。
目隠し布。
目を隠すように頭に巻かれた布は、馬車の側面に書かれた地龍神ウルバの紋章と同じ文様を、目の代わりにしてこちらを睨んでいる。
周りにいたホナル城塞都市の住人は、中に居る少女を知っているようだ。
少女を見る目は、恐れ多い者を見る目……それは、恐れの感情と、もう一つ別の何かを含んだ感情の為、半分の恐怖と、半分の笑いで引きつっていた。
(住人達のこの表情……どこかで……そうだ、俺を侮蔑してくる奴らの顔に似ている。ただ恐怖が入り交じっている所は、俺への視線と違う所だな)
俺たちが、黙っているのに苛立つそぶりを見せた少女が、もう一度口を開く。
「誰も答えぬのか、ならば、そこの男、貴様だ、こちらへまいれ」
少女の指は、まだ押さえつけられて身動きが自由になっていない俺を指し示している。
(? 目隠しをして見えて居ないはずなのに、どうやって俺が男だと分かった?)
俺の疑問をよそに、さっきまで俺を押さえつけていたゴロツキ達が、俺の肩から手を離した。
ゴロツキ達は、俺の後ろから前に押し出すように、少女の乗る馬車へと突き出す。
「行けよ」「俺たちは何もやっちゃいねえ」「ウルバの巫女様の仰せだ、失礼のないようにしろ」
最後に聞こえた『ウルバの巫女様』の名前。さっき屋台の親父さんが口にした名前だ。
(どう言う事だ? ウルバ神と言えば、地龍神ウルバだよな、龍神と言えば、神格が高い。なんでこんな子供が巫女なんだ?)
通常、神官職の中でも、神との交信を行う巫女は、魔力の才能を持った見習い神官が何十年もかけて修行して、精神力を鍛えることで、ようやく神の意思のほんの一端へ触れる事ができると言う。
以前、他の土地で見た土地神の巫女は、よぼよぼの婆さんだった。
神格の高さに応じて、修行期間は長くなるが、いくら才能が有っても、こんな幼い少女が神格の高い神と交信すれば、一瞬で精神が消し飛んでしまうはずだ。
俺は、疑問を持ちつつ、中を覗き込むと白い磁器のような手がヒラヒラと俺を招いている。
ウルバの巫女様の乗る馬車へと近づく。
中からヒラヒラと俺を手招いた手が動きを止め、人差し指だけを動かして何かの合図をした。
(たぶん、挨拶をしろって事かな? まいったな、こんな事と関わり合いたくない、これは、この街とこの少女の運命であって俺の運命とは関係ない)
それでも、位の高い地位にいる人間の不興を買うわけにはいかないので、失礼にならない程度の挨拶をおこなった。
「初めまして、ホーンズと申します。流れの冒険者をやっておりやす」
俺は、自分の感情を隠して少女へと挨拶をした。
困った顔で立ち尽くす俺を、馬車の上から珍しい虫でも観察するように、目隠ししたままの姿で色々な角度から覗き込んでいた少女は、何かを得心したのか、手を1度ポンッとたたいて、頷いた。
「うむ、やはりおぬし変わっておるな。妾と一緒にまいれ。御者、こやつを乗せろ」
「かしこまりました」
「え、あ、ちょっと」
「ささ、こちらでございます……くれぐれも巫女様にご無礼のないように(小声)」
乗り込む時、御者から小さな声で釘を刺される。
関わり合いになりたくない相手であったが、それなりの権力を持っている相手に逆らえる筈も無く、俺は御者に無理矢理馬車の中へと乗せられた。
誰からも異論を許さない口調で馬車に乗せた少女は、あっけにとられた群衆を残して、大通りから走り去っていった。
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