第3話 グルメだよ、オッサン


 冒険者ギルドを出た後、まっすぐ魔道具屋へと向かう。

 途中街のあちらこちらに飾り付けをしていて、祭りでも近いのかと眺めながら歩いた。

 魔道具屋に着くと、さっきギルドで出したのと同じぐらいの魔石を数個換金して、店の中で俺のサイズにあう一番安いボロ服を買い取って着替える。

 旅装用のマントは、少し奮発して良い物を買うことにした。

 マントは、野宿するときに寝袋代わりになるし、身体を濡らす雨から体温を守ってくれるので、旅をするのなら、ここをケチる訳にはいかない。

 ボロボロの革鎧は、すぐ隣にあった装備店で修理に出そうとしたら、新品を買った方が安いと言われ、泣く泣く新しい革鎧を買った。

 他の装備は、明日そろえる事にする。

 通りに出て、今日の宿を探そうと辺りを探していると、鼻をくすぐる臭いが漂ってきた。


「ん?」


 良い臭いだ、ジャンガ肉の焼けた香ばしい臭い。

 通りの向こう側を見ると、飾り付けをした屋台街が見えた。


「何か食うか」


 腹は減らない・・・・が、一仕事終えた後は、生きてる実感を得るために何か口に入れたくなる。

 これは、趣味の問題だ。

 色んな屋台を冷やかしながら歩くと、屋台が建ち並ぶ区域には、城内の住人が夕飯を買いに集まっていた。

 人混みを歩くと、ボコボコにされた俺の顔面を見て、俺を避けるように人が割れている。

 中には、『キモいんだよ、おっさん』と、あからさまなヘイトを向けてくる奴もいるが、慣れっこだ。

 トラブルにならないよう、頭を下げて、新しいマントのフードで隠して歩く。


(まあ、しょうがねえな、どこでも似たような扱いだ。それに、ボコボコにされた顔じゃあなあ)

 人から疎まれるのは何時ものことと諦めてるので、なるべく小さくなって歩く。

 中央の広場を見ると、大勢の町衆が集まり、大きな舞台が設えられ、飾り付けをしている。

(とりあえず、最初に香ってきたジャンガ肉を食うことにするか)

 適当に屋台を選んで、店主に声を掛けた。


「おやじさん、そこのジャンガ肉の串焼き2本と、バンズをくれ」

「あいよ、っと、あんた、その顔大丈夫かい? 怪我の治療ならそっちの通りを超えた所に治療院があるから、行ってみな、あそこの術士せんせいは、腕が良いからな」


 屋台のおやじさんは、親切に俺の顔の怪我を心配してくれて治療院を教えてくれてる間も、せっせと自分の仕事の手を休ませず、俺のジャンガ肉とバンズを用意してくれている。

 珍しく俺を人間扱いしてくれる人がいたので、少し驚く。


「顔のこと心配してくれてありがとうよ、おやじさん」


 素直な気持ちで、口から礼が出る。

 おやじさんの方は、俺が礼を言っている間に、料理の準備ができたようだ。


「っと、できた、全部で46カウパだ」

「お、美味そうだな」


(さっきのクズ野郎の居た冒険者ギルドが嘘みたいだな、それにこの値段安すぎないか)

 感心しながらカウパ硬貨を手渡す。

 前にいた街では、同じ大きさのバンズ一つで30カウパだった。

 この街の食料事情は、かなり良いらしい。


「当然だろ、こいつあ美味えぜ。今夜は、ウルバの大祭の前夜祭だ、美味いもん喰って飲んで騒ぐと良い」

「ありがとうよ」


(良い香りだ、色々な土地を旅してきたが、土地の美味い物を食べるのが俺の楽しみだ。さて、この街のジャンガ肉の串焼きは、俺の肥えた舌を楽しませてくれるかな?)

 礼を言って、おやじさんに手渡されたジャンガ肉の串焼きを、皿から1本、頬張ろうと手に取った。

(それにしてもこの屋台街の賑わい、ウルバの大祭が近かったのか……ウルバと言えば、地龍神ウルバ。街の飾り付けは、地龍神ウルバの祭りの準備だったんだな)

 周りの喧噪を眺めながらの一口目。


「うまっ」


 一口囓る。肉汁とタレが絡み合い、口の中に広がる。思わず声が漏れる。

(むうっ)

 肉をにかかっている茶褐色のタレから、今まで味わったことの無い芳香が口の中に広がり口福こうふくを伝える。

(なんたる口福、なんたる深き味わい。これは、野菜…ニムジム、ガレット、ジャジャムの種……そしてこの甘みは何だ? ……まさか? リムゴと蜂蜜か? これ程の具材をいくつもブレンドして甘辛く煮込んだタレだ……いや、更にその奥がある……その中に何かの香草だろうか、ピリッとした刺激と食欲を思い起こす香りが混ざっている。くっ、田舎料理と思って嘗めていた)

 驚いた俺の顔を見た屋台のおやじさんが、ニコリと笑顔になった。


「やるな、おやじさん」

「ありがとよ」


 おやじさんの腕前の健闘を称える。

 おやじさんの瞳が、にやりと光り、俺の目と絡み合う。互いの実力を認め合った者だけに通じるサイン。好敵手と書いて好敵手トモと読む。


「ふっ、兄さん分かるかい、だろ、そのタレはうちの秘伝のタレだ、だがそのままバンズに挟んで食っても美味いが、この俺の店特製オニオムを試してみな、こいつを乗せるともっと美味いんだぜ」

「え、ああ」


 俺は、おやじさんに指さされたオニオムの実を、少し困った気持ちで眺める。

 オニオムの実は、土の中で育つ野菜だ。臭いがキツいので正直俺は苦手な野菜だった。

 かつて俺は、帝都で居た頃、贅沢三昧をしていた事がある。

 その頃、帝都で評判の店に行っては、美味い物を食いまくったが、こんなドロのような野菜を食うこの街の住人の気が知れない。

 先ほど好敵手トモとなった仲なのに残念だ。

(肉とタレの素材は、美味いが、やはり、しょせんは田舎料理屋であったか……)


「ほれよ、これは、俺からのサービスだ」

「あ、ああ、そうかい、ありがとよ」


 おやじさんが目の前でオニオムを薄切りにして、俺のバンズに乗せてくれた。

 俺は、おやじさんの好意を無碍に断る事もできず、かと言って、このタレと肉を無駄にするのが惜しいと思いつつ、バンズに串肉を乗せ、オニオムと一緒に囓った。


(……美味うまっ!)


 目を見開き、1度囓ったバンズを見直す。

(何だこれは? オニオムの薄切りからしみ出す、苦みと甘み、芳醇な味わいのタレ、そしてジャンガ肉。絶妙のバランス。先ほどのタレと肉だけの味を表すとすれば、トレス草原の王者ライガだ。だが、このオニオムと一緒になれば、ホーン高原に住まうホレスグリフォン……まるで別物、大胆なクラスチェンジ……ぬううう、どれか一つでも欠ければ、この美味さは生まれない。ジャンガ肉を食い終わっても、タレの美味さとオニオムの甘みがバンズの生地に染みこんで、こいつぁあたまらん。恐るべし、城塞都市ホナル)

 俺が驚きながらガシガシと囓ると、あっという間に俺の手の中から、美味い食べ物は無くなる。

 指に付いたタレを嘗めとってしまうと、自分の先入観を恥じて、おやじさんに自分の感動を伝えることにした。


「美味かった」


(俺の負けだ、認めるしか無い)

 万字の言葉より、たった一言で伝わるものもある。

 おやじさんは、俺の言葉が伝わったのか、さらに笑顔になった。


「兄さん、気を落とすこたーねえ、この街の食材が特別なのさ」

「そ、そうなのかい、驚いたよ、本当に美味かった」

「そいつぁ、俺も嬉しいぜ。ウルバの巫女様のお陰だな。明日は、100年に1度のウルバの龍大祭だ、いつもの年より大きな願いが聴き取ってもらえるから待ちきれねえやな、ガハハハハ」

「へえ、その巫女様は、偉い御方なんだな、明日は、そのウルバの巫女様をどうかする祭りなのかい」


 ……


 俺が何気なくウルバの巫女の名を出したら、先ほどまでの屋台のおやじさんの顔が好敵手トモの顔から別の顔に変わった。


「何だ、まさかあんた、よその街の奴だったのか?」

「うん? ああ、今日ここに来た所だが」


 突然、屋台のおやじさんは、周りを気にするようにキョロキョロしながら俺に小声で話しかける。


「あ、ああ、なんだ、ちきしょう。まあそうだったのか、なら忘れてくれ、あんた、よそ者の冒険者だったんだな、この街でくらす訳じゃ無かったら、悪いこたー言わねえ、その名前は聞かなかった事にしてくれ」

「え? 何でだよ? ウルバの巫女様ってそんなにマズい事なのか?」


 ザワッ!


 その時、俺は、気がつかなかったが、さっきまで周りにあった賑やかな屋台街の喧噪が、嘘のように消えていた。

 突如訪れた静寂の中、俺の声が大きく響く。

 俺の声に反応するように、周りにいた群衆が一斉に俺へと振り返っていた。

 気がつくと、さっきまで屋台街にいた住人達の笑顔が全て消えて、俺を睨んでいる。


 ……


(え? 何でだ、周りの奴ら全員が俺を睨んでいるのか? さっきまでの優しかった屋台のおやじさんまで、ばつの悪そうな感情を入り混ぜた顔で俺を睨んでいるだと……まさか知らない内に俺のが発動したわけじゃないよな?)

 俺は、自分の力の方を疑ったが、どうもそうではなさそうだ、さっき俺が口にした名前が問題らしい。

(いやいや、どっちにしてもまずい、こんな所で襲われたら……死んじまう。でもまだ、いきなり襲われる雰囲気ではなさそうだし、こいつらを刺激しないように逃げるのが良いか)

 俺は、さっさと戦略的撤退を選択した。


「へへへ、おやじさん、なんだか迷惑をかけたようだね、俺はこれで」


 周りを刺激しないよう、そうっとそっと、下手&卑屈のポーズを取り、ゆっくりと、背中を屈めて立ち去ろうとした。

(刺激しない、刺激しない。頼むから突然襲ってくるのは無しにしてくれよー、頼むぜ)


 ゆっくり、ゆっくり群衆の人影の少ない場所を選んで移動する。

 群衆の冷たい視線は俺を追いかけてくるが、襲われる訳ではなさそうだ。


「おい」


 ポンっと、俺の肩を、誰かが後ろから握った。

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