第5話 レーサー・イン・ザ・ダーク③

 ミサイルという手軽で最も破壊力のある攻撃手段を失ったことで、到達は只管にホワイト・ヘリアンタスの攻撃を躱すしか無くなってしまった。幸い洞窟エリアでは彼女のアーチェリーが後ろから迫る他のマシンに向いたため、蛇のように縦横無尽にうねるコースに集中することができた。だが一歩洞窟から出てアリーナ前の開けた場所を走りだせば、そこは完全に射手の狩場だ。追われる獲物となったブラック・ソニックは、できる限りジグザグに動いて照準が狂うことを期待するしかない。


 しかし狩人の眼に狂いはなかった。ホワイト・ヘリアンタスが放った矢は見事に一発目から側車の背面装甲に突き刺さり、爆破した。


「うわあああ!!」


 機体が大きく揺れる。リコリスは“糸”から力を送り、到が決してマシンから振り落とされないように踏ん張らせる。アマビエはアンを強く抱きかかえた。だが、体勢が整うのを待たずホワイト・ヘリアンタスの矢が再び放たれ、ブラック・ソニックの本体と側車を繋ぐ部分に命中し、分断する。


「ああっ!! たるたるっ!!」


 リコリス達が乗っている側車がどんどん離れていく。推進装置と半重力装置こそ備えているがエネルギーは本体から供給する仕組みで、単体では当然到に追いつけるはずもない。しかも、リコリスの“糸”は距離が離れすぎれば切れてしまい、到を操作できなくなってしまう。到一人ではマシンの操縦などできるはずもない。リコリスさえ諦めかけた。だが到は、叫んだ。


「リコさん!! 切って!!」


「!!」


 “糸”を通して伝わる到の声――――リコリスは躊躇せず能力を解除し、到の体に自由を取り戻させた。遠ざかっていく到の姿を見据え、彼の判断に全てを委ねる“覚悟”が、諦めない気持ちを呼び起こさせる。希望の“糸”は途切れていない。


「うおおおおッ!!!!」


 到は左腕を伸ばし、ワイヤーを側車に向けて放った。狙いなどまともに定めていない、直感だけの一発勝負。だが、リコリスの“糸”が経験させてくれたミサイルの射撃が、到自身でも信じられないほどの強大な自信に変わったのだ。ワイヤーのフックが接続部に見事に引っかかり、到は全霊の力を腕に込めて引っ張った。しかし狩人はこの隙を見逃さない。今度は到に向けて狙いを定める――――つもりだった。


「なん……だと……!?」


 到のとった迎撃手段に彼女は狼狽するのを隠せなかった。彼は側車をハンマー投げのように振り回し、グレート・ホワイトにぶつけようとしていたのだ。そんなことをすればいくら装甲が分厚くてもリコリス達まで死んでしまう。彼女のエージェントとしての嗅覚がすぐさまその先に企みがあると察知する。だからこそ彼女は加速性能の低いグレート・ホワイトを大きく減速させ、攻撃を躱すことに徹した。


 当然、到もリコリス達を殺すつもりなどあるはずがない。ハンマー投げはただの思い付きで、エージェントをビビらせることができたなら勝ちだと踏んでいた。狙いは的中し、グレート・ホワイトは遥か遠くの景色の“点”へと変わっていった。図らずもエージェントの駆るマシンの弱点を的確に突いていたとは誰も知らない。今度こそ側車を引き寄せ、スペアの接続ユニットを取り寄せて本体と結合する。その間にリコリスも能力を再度発動し、到と操縦を交代した。


「良い判断だったぞ、イタル!」


「リコさんが教えてくれたんですよ! さあ、二週目を一気に攻略してやりましょう!」


「ああ!!」


 互いに力強く頷き合い、ブラック・ソニックは歓声を浴びながらスタートラインを再び跨いだ。


「目が回るぅ~」


「回る目がない」





 ホワイト・ヘリアンタスの攻撃は二周目に入った途端から鳴りを潜めていた。僅かに生き残っているパイロット達が時折追い上げてくるが、難なくやり過ごしている。遂に三周目突入目前になり、到はもうこのまま勝ちはもらったも同然だと考えていた。


「アリーナが見えてきた!!このまま一気にぶっちぎってやりましょう!!」


 高らかに声をあげた直後、到は正面のアリーナより手前に不自然に立ちはだかる影に気づいた。そしてその正体にも感づいてしまった。


「ああ……マズい……」


 戦慄したのは到だけではなかった。何故、、アンでさえ後悔の念に駆られた。眼前で弓を引く白い絶望は、まさしくホワイト・ヘリアンタスだった。マシンから降り、大地に立って矢を射る瞬間を待ちわびている。


「あいつ……レースを捨てたんだ!!」


 あくまで彼女の目的はレースに勝つことではなく、リコリスを殺すことだ。レースでは殺せない。ならばより確実で手慣れた方法を選ぶのは当然のことだ。既に照準はリコリスに合わせられている。彼女がジグザグに走行したところで、もう間に合わない。


「クソッ……!!」


「リコさん!!」


 まだだ。ショックブラスターを矢に撃てば――――僅かな勝ち筋に手を伸ばそうと叫ぶ到。だが“糸”のために体を動かすことができない。この闘いで最も信じられた力のせいで、彼は救える命を救えない。お終いだ――――


「あたしのこと忘れんなあああああッ!!!!」


 赤い影が視界を遮った。アマビエが立ち上がり、水で満たされた一本のペットボトルを投げつけたのだ。矢はボトルを射抜き、そのままリコリスの脳天さえ貫くかとおもわれたが――――


「アマビエのおおおおお何も思いつかない!!!!」


 水の魔法が矢の動きを止めた。矢は空中で静止したまま、何も射止めることがなかったのだ。


「すごいよエビちゃん!!」と、到は素直な賞賛を贈るつもりだったのだが――――


 ピッピッピッ……瞬間的にスローになった感覚。その中で到は微かに電子音を聞いた。そして視界の端へと動いていく矢がその音を鳴らしていることを知り、再び戦慄した。「危ない」そう叫ぼうとした途端に、やじりにヒビが入り、真っ赤な閃光が漏れ出す。直後に彼の感覚が正しい速度を取り戻し――――爆ぜる。


「うおおおおおおッ!!!!」


 小さな鏃から発生した爆発の熱量と衝撃は凄まじく、アマビエの水の魔法だけでは防ぎきれなかった。マシンが大きく揺さぶられ、スピンしそうになる――――制御を完全に失っているかのように滅茶苦茶な動き方をしていた。


「何で……!?」


 到は本能的に両手両足に力を込め、マシンを正しい方向へと向けようともがいた。辛くも考えた通りに体勢を整えられたが、体の感覚がさっきまでとは比べ物にならないほど軽い――――正確には、。アマビエの叫び声がその解答となった。


「ちょっと!! リコちゃん気絶してる!!」


 ぐったりとしたまま、アマビエがどう揺すっても反応しないリコリス。“糸”が完全に途切れ、全ては到の手に委ねられてしまった。状況を理解した時から、到は揺れるマシンの上でも自分の手が震えていることをハッキリと感じていた。


「冗談だろ……!?」





  ブラック・ソニックの姿が遠のいていく。怪物のようなエンジンの音が歪になっていき、後から過ぎ去るマシンの音にかき消される。


 ホワイト・ヘリアンタスは矢が命中していないことに気づいていた。爆発の衝撃は水の魔法に吸収され、十分な効果を発揮しなかっただろうと予測し、事実それは概ね的中していた。ただ、彼女は到の存在を“ただの少年”と認識するには情報が不足していた。


(パイロットはリコリスじゃなかった。腕を怪我しているようだが……あの代理人の男の子は……ただものじゃない)


 アーチェリーを折りたたみ、コックピットの脇に置いた。コンソールを操作してホロ・スクリーンを起動し、レースの状況を確認する。リコリスは依然トップだ。だが若干――――いや、著しくスピードが落ちている。


(さっきの爆発ごときであのマシンにそれほどのダメージを与えられるはずがない。だとすると……あの男の子はパイロットとしては素人なのか?リコリスが今、魔核能力を使えないのなら……)


 最早自ら手を下すまでもなく、彼らはクラッシュする。そう確信した彼女は再び待ち伏せることにした。仮にここまでたどり着いたとしても、次は対応させないと、先の攻めの甘さを反省しつつ、その時を待った――――

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