第3話 デステニー・ストリング②


(反撃しない……!?)


 リコリスはシードの攻撃を弾くこともしない――――否、できない。技の衝撃が全身を襲ったことで、直接受けていない左腕の怪我にも響いたために、リコリスは反撃に出られなかったのだ。いくら実力の差はあってもそんな大きすぎる隙を戦闘員たちが見逃すはずもなく、前方の集団が一斉にリコリスを囲み、次々とブレードを振り下ろす!リコリスは自身のブレードと、左腕を庇って足を用いる格闘で応戦し、ひとりずつ倒していくことはできても、どうしても遅れが出てしまう。ただ傷が痛むからだけではなく、彼女は到とアマビエのところに向かおうとする敵を優先的に排除しようとする故に、的確な攻撃ができずにいるのだ。


「マズイ……!!」


 当然シードたちはその刃を到とアマビエにも振るう。例えそれを見切っていたとしても、到にはそれを防ぐ手立てはない。


「アマビエの水鉄砲!」


 しかし、アマビエにはあった! 両手を合わせて“水鉄砲”を作り、魔法で水を発射し、飛び掛かったシードを押し返した! 腹や頭に強い衝撃を受けた彼女らは瞬時に戦意を失ってしまう。


「今のも魔法!? どこから水が!?」


「手汗じゃないわよ。ちゃーんとお水常備してるの」


 いらないフォローを付け加えつつ、アマビエは古い楕円形の水筒を見せ、揺らしてチャポンという水音を聞かせた。


「リコちゃん! たるたるは任せて!」


「っ……ああ!!」


 既に体制を整えたリーダー格シードが次の手を打とうとしているタイミングで、遂にリコリスが動く。少なくとも到はアマビエに任せて大丈夫だと知り、リコリスは怪我以外のしがらみが取り払われた。動きこそ洗練されているとは言い難いが、本来この雑魚共に遅れを取るような女ではない!


「ぬぐぅ!?」


 リーダー格のシードが再び斬りかかろうと大きく腕を振り上げたとき、リコリスの右手が素早くその腹に突き刺さった。引き抜かれた手には赤黒い“塊”が握られ、を失った体が糸を切られた操り人形のように落下するよりも早く打ち捨てられ、地面の汚れになった。血を見慣れていない到は突発的な吐き気に見舞われていた。


(えッぐい……)


「ごめんリコちゃん! やっぱりこっちも手を貸して!」


 アマビエの水の魔法は吹き飛ばして押し返すのが精いっぱいで、リコリスのようにトドメを刺すのは難しかった。ジリジリと距離を詰められ、魔の手が着々と近づいてくる。危機を知らせる叫びに応えるべく、リコリスは次々とシードたちを雑に斬り捨てるが、それでも追いつかない。


「うびゃあ!? リコちゃんもう限界!」


 魔法を掻い潜って三人のシードが斬りかかってきた!アマビエは対抗策を失い、到は身構える余裕さえない!


「手を貸す」


 到とアマビエの横を掠めるように“何か”が投げつけられ、三人のシードの顔面に同時に突き刺さった。三人は無残に大地に伏し、到とアマビエは涙目になりながらも、とりあえず助かったのだと実感する。ただ、を知って、ため息すら出なくなった。


「手を貸した」


 リコリスが投げつけたのは、シードのブレードを装備した『手』を切り離したものだった。流石のシードたちもこの如何ともしがたい実力の差を知らされ、一斉に走り去ってしまった。


「……返さなくていいわよね?」


「私は返されなくていいものしか貸さないし、借りたものは返さなくていいと思ってるよ」


 転がった死体の中から偶然血で汚れていない部分を剥ぎ、自らのブレードの血をふき取りながら、リコリスが言った。何事もなかったかのように工場へと戻る彼女の背中を、到とアマビエは茫然と見つめるしかできなかった。





 袖を巻くってギプスを外し、青くなった左腕を差し出され、アンは骨だけの足で床貧乏ゆすりして苛立ちを露にした。作業机の上にリコリスがどっしりと腰を下ろしている。


「お前は……お前の運の悪さはもう……実は頭が悪いとかじゃないんだろうな? それだったら思いっきり殴りつけて直してやろうと思ったんだが……」


 表情はやはり分からないが、声の調子からも怒りは明らかだった。湿布を貼る手つきなど半ば投げやり気味で、誰も見ていなかったらその場でへし折るのではと到は心配でならなかった。


「シードの小娘ごときにこのザマとは……私も腕が落ちたな」


「俺はこの腕を切り落としてやりたいがな。が魔法を使えなかったらどうなってた? 二人も死んでたんだぞ」


「……ん? ちょっと待って、魚介ってあたしか!?」


「あのシードとかいうやつら、何なんです?」


「かつて私が統括していたエージェントの……訓練生と言ったところか。エージェントはそれぞれ『色』と『花』の名前が与えられる。その前段階だから『シード』だ。普通はエージェントの補助を三~四人で行うが……カインめ、私を甘く見ているらし痛っ」


「甘いんだよクソボケ」


 リコリスの腕に乱暴に注射を打ち、吐き捨てるようにアンが言った。


「これは?」


「鎮痛剤だ。夜中に痛い痛いと喚くなよ。俺は到の義足を作るのに忙しいんだ」


 消毒液は自分で塗れと、アンは薬瓶を投げ渡す。リコリスは何故か左手で受け止め、声にこそ出さなかったが露骨に痛がっていた。


「あの……リコさん」


「ん?どうした」


 話しかけておきながら、到は何から話したものかと躊躇ってしまう。リコリスは首を傾げて到が話しだすのをじっと待っている。その奇妙なほど優しい態度に安心した到は、やっと喉の奥で引っかかっていた言葉を発する。


「ぼく、ブラック・ソニックに乗ります」


「……それは……」


「ぼくの意志です。疑いの余地なんてないです。ぼくはぼくの頭で考えて、ぼくの心で思ったことを言っています。デステニー・ストリングでぼくを使ってください」


 今度は逆にリコリスが言葉を見失ってしまい、その間に到が立て続けに語って聞かせた。


「ぼくはリコさんのことよく知らない。この世界のことも知らないし、この後どうなっちゃうのかも。でもね、少なくともぼくは……死にたくないし……だからと言ってリコさんについていく特別な理由なんてないし……それでもなんとなく、リコさんと行きたいって……」


 急に耳の辺りが熱を帯び、到の声が小さくなってしまう。自分の言ったことが恐ろしくキザだと感じてしまったからだ。だが、助け舟はすぐに出された。


「イタル、私から言わせてほしい。私の部屋に君が現れて、私も君をどうしていいのか分からなかった。エージェントの時の私なら、もしかしたら殺してしまったかもしれないし、今の私にしても……そんなつもりはなかったとしても、何かの間違いで君を死なせてしまったら……きっと私は、耐えられない」


 到はリコリスの目(があるだろう場所)を見つめ、静かに頷いた。


「何故こんな気持ちになるのか、自分でもわからないんだ。ただ、さっきの戦いにしても……今もなお、君を失ってはいけないと、私の中の“何か”が警鐘を鳴らしている。理由なんて分からないが、私は……私には君が必要なんだ」


「リコさん……」


「勝手だが私は、君と出会ったことを、君が私の部屋に現れたことを、運命なんだと思っている。偶然そうなったんじゃなく、必然で。頼む到、私に力を貸してほしい」


 その瞬間に、ようやく到の決意が固まった。この世界を生き抜くために、夢と冒険の世界を目指すために、彼女と共に闘うことを。それこそが彼女に拘る特別な理由であり、彼にとっての希望だと気づいたのだ。


 かくして、地球人と異世界人、そして自称人魚とアンデッドとが、この絶望の世界から脱するべく、力を合わせることを誓うのだった。

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