第2話 エンジニア・オブ・ザ・デッド②


 ブラック・ソニックはレース用ラピード・マシンとしてはかなり珍しい側車付きで、二機の反重力装置で安定した低空飛行に加え、大型のアストラリウム=ライト・エンジンは燃料噴霧器と多重点火装置付きの配給システムにより、大量の燃料を一気に燃焼装置から噴射するため、装甲が厚く重い機体にも関わらず高い推進力を発揮することができる。最高時速は七〇〇キロに到達する。ラピードマシンは平均で時速六〇〇キロ前後が普通とされているため、カタログスペックだけならブラックソニックは他を圧倒する速さを誇る。


 ハンドルはバイクのような見た目とは打って変わって、L字型のトリガーグリップをスライドし、油圧を介して制御するかなり変わった代物だ。通常のバイクと同じなら円の動きで向きを変える。つまり原理は自転車と同じだが、これは左右のグリップを前後に押したり引いたりする動きで操縦することになる。


 給油にも独自のシステムを搭載している。液化アストラリウムという地球で言うところのガソリンに当たる透き通った青い液体をピットで給油するのが普通だが、ブラックソニックの給油口は銃の“リボルバー”のレンコン状に穴の開いた回転式弾倉が搭載されており、燃料を詰めたカートリッジを必要に応じて手動装填する。これにより燃料分の重量を軽減しているのだが、そもそもカートリッジをマシンに載せたら結局はカートリッジ分重くなって本末転倒だ。そこでリコリスは、『召喚魔法』によってこの工場に保管されているという荒業を選択した。


「魔法って、ぼくでも使えるんですか?」到が率直な疑問を口にする。最初にアマビエが彼の前で水を操って見せたこともあって、彼はファンタジーらしい技術を自分でも使ってみたいと思っていたのだ。そしてそのアマビエが明るい声色で答えた。


「魔法にも色々あるし、あたしみたいにいきなり水や炎を直接操るのはちょーっぴり難しいけれど、リコちゃんの言った召喚魔法ならたるたるでもすぐにできるわ!」


「マジで!?」


 その言葉は到にとって正に胸躍る冒険の入り口だった。目を輝かせる到の右手をリコリスが握り、その手のひらにマジックペンで丸と三角を幾つも組み合わせた簡素な魔方陣を描いた。


「指を鳴らしてみろ」


 言われるがまま到が右手の親指と中指の腹をくっつけ、パチンと音を立てる。すると瞬きさえ許さぬ間にその手に金属の筒が現れた。


「おお~!!」


「この魔方陣は、人間の体に存在する魔力の生成器官『魔核コア』から強制的に魔力……Cs’Wコア・スペル・ウェーブを引き出して魔法を行使させる術式だ。Cs’Wシーエスは無尽蔵じゃないから濫用はするなよ。息切れだけじゃ済まないことだってある」


 初めての魔法に夢中で、リコリスの言葉は重要な部分を除いて右から左へと通り過ぎていた。そんな少年を見たリコリスは再びやれやれと両手を広げる。


「ちなみにあたしが使ったのがCs’Wを水や炎に流し込んで操る通称『魔核コア魔法』そのまんまやないかーい! Cs'Wの属性と操り方さえ分かっちゃえばお茶の子なんだけれど、そこにたるたるが至るまでが難しいのよね到だけに?ぶわーっはっは!! けどまあ、魔核魔法は水だったら水、炎だったら炎で出来ないことってのは絶対にできないから、汎用性は高くても応用が利かないのよね。ちくしょー!! どうせあたしは水芸しかできませんよーだ!! あ、お茶淹れる時はあたしに言ってね?こう見えてチャイティーとか凝ったの大得意だから」


 アマビエの身振り手振りを合わせた解説は……気づいていなかった。


「けど、魔法ってこう……難しい"呪文"を唱えるイメージがあったからなんか意外です」


「ああ、呪文を唱える……いわゆる詠唱魔法も無くはない。映画やテレビゲームで"マナ"とか聞いたことあるだろう? あれは実在する。呪文――――即ち、だ。その詠唱言語で『燃えろ』と唱えれば火が起きたりするということだな。ただし詠唱用の古い"言葉"が失われてしまった。そもそも、普通の言葉にマナが反応するならあっちでボヤ騒ぎこっちで水害だ」


 アンの言葉に「そりゃそうだ」と到は力強く頷いた。





 ダムネーション・イヴ・パーティは、到が昔遊んだテレビゲームとほぼ同じ、レースという言葉から得る率直なイメージとほとんど差異のないものだった。十二組のパイロットがコースを三周し、その速さを競うオーソドックスなレース。マシンが特殊な以外では、武器の使用が認められていることも重要だ。レース開始の合図以降は、パイロット同士のあらゆる攻撃が許される。竹槍だろうがロケット砲だろうが、マシンに載せているならいくらでも使って良い。速さで勝てなくても、攻撃によって蹴落とすことで勝つことができるのだ。


「複数人で出場する場合、誰か一人でも死亡したらそれで失格だ。側車のシートは改造する必要があるだろう。それで、お前はその怪我でどうやって運転するつもりだ?」


 アンが指摘したのは、リコリスのギプスをつけた左腕だ。簡単な固定だけなので軽傷なのは間違いないが、精密な運転技術を要求されるハイスピードなレースでは致命的だ。リコリスはすぐには答えず、到の背後に回り、彼の両肩をぽんと置いた。


「この子だ」


「……聞くだけ聞いてやる」


「……あれ?ぼく?」


「到もよく聞いてくれ。私は怪我でコックピットに乗れない。そこで、私の『魔核能力コア・アビリティ』の出番だ」


 言葉を終えると同時に手を放すと、その指先から到の体にかけて“微弱な光を放つ紫色の糸”が繋がっていた。直後、到は体が痺れたような感覚に襲われ、首から下の全身が自分の意志で動かせないことに気づき、ごくりと唾をのむ。


「これは……リコさん!?」


「魔核にはこうした魔法とは違った特殊な力『魔核能力』が宿る。超能力とでも言う方が飲み込みやすいか。私の場合、この『デステニー・ストリング』で繋がった相手の体を、私の意のままに操ることができる力だ。これで到を操り、間接的に私がマシンを操縦するということだ」


 呼吸や指の細やかな動きでさえ支配され、到は体中を走る違和感に目が回りそうになった。足を失ってからずっと感じている“感覚はあるのに動かせない”状態。失くしていないものさえ奪われたような感覚に到は吐き気さえ覚えた。


「リコさんやめてください!!」


 突き放すように叫ぶと、瞬時に糸が外れ、到は車いすから崩れ落ちそうになった。咄嗟にアマビエがその体を受け止める。


「うわっ! たるたるしっかり!」


「……計画は破綻だな」


 リコリスを一瞥して、アンが工場の奥へと立ち去る。リコリスは無言のまま、荒い呼吸をする到の背中を見つめていた。


「リコちゃん、ほかの方法を探そう。その力を使うのはたるたるにはかわいそうだよ」


「……ああ、そうだな。レースまでまだ二日もある。何とかする……」


 語尾に近づくにつれて小さくなるリコリスの声。それを聞いていた到は、苦しみながらも彼女の方に視線を向けようとした。涙で滲む視界の中で、丁度リコリスが工場の外へと出ていく姿が見えた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る