第2話 エンジニア・オブ・ザ・デッド①


 アイアンヒル――――


 セーフハウスにあった車いすをアマビエに押され、到ははじめて異世界の空気を味わった。しかし、冒険の始まり意を予感させる爽やかさは微塵も感じられなかった。


 ドアを潜った瞬間、メッキ工場が近くにあるのかツンとする酸っぱい臭いに鼻を刺され、到は思わず眉間にしわを寄せた。そして景色を見渡せば……


(なるほど、これは今にも滅びちゃいそうだ)


 幾つも連なるガラクタの丘と、寂れた工場の煙突はいずれも煙を吐き出していないことから、誰一人そこで働いていないのだと察することができた。遠方に見えるハイウェイも、乗り物が行き交っているようには思えなかった。


「この街も昔はせわしい工業地帯だった。どこもかしこも人がすし詰めでな。だが、みんな結社を目指してアイアンヒルを離れ、ゴールドランドに行ってしまった。残っているのは金のない連中だけだ」


「こんな状態でもお金が機能してるんですね」


「ああ、結社が発行した『共通クレジット』というのがな。安心しろ、私にもエージェントだった頃のたくわえがある。とりあえず道中で食うのに困ることは無いさ」


 全身黒ずくめのブラック・リコリスがズボンのポケットからこれまた真っ黒なカードを取り出し、ヒラヒラと動かした。地球で言うところのクレジットカードのようなものだろうと到は想像する。


「それより、これから会う協力者ってどんな人なの?」


「アン博士。私のような結社に反抗する勢力の一人だ。例の宇宙船……“箱舟”に同席を許すのと引き換えに“乗り物”を貰う」


「乗り物?」


 と、アマビエ。同時に到が首を傾げた。


「街を出るのにもタダとはいかない。ここを支配してる女に莫大なカネを積まなきゃならない。そのために『ダムネーション・イヴ』でひと勝負する」


 疑問符に疑問符が重なる。リコリスはどこから説明したものかと顎に手を当て、それから順を追って説明した。


――――この世界の人間が住む領域は、大きく分けて四つの街だけだ。即ちここ『アイアンヒル』と『スティールタウン』『シルバーシティ』そして希望の結社の本拠地『ゴールドランド』だ。その全ては事実上、結社の人間によって支配され、検問を設けて勝手に行き来できないようにしている。


 何故滅びかけの星で一々人の往来を管理するのか。それは連中が『生きる気力のある人間』を選別するためだ。多くの人は既に明日を諦め、その日を適当に生きているだけだが、“箱舟”の噂を聞いて希望を抱いた人は少なくない。結社の長、カインの真の狙いはその“希望”だ。明日を諦めない人は、未来を信じて生きるために。そう、自分が切り捨てられるコマに過ぎないと知らずに。


 そんな形骸だけの希望に焚きつけられた人々の選別手段として、連中はカネを選んだ。生きる気力と能力がある『使えるコマ』ならば、どんな手を使ってでもカネを用意する。各所のエージェントがその回収役だ。このアイアンヒルでは『レッド・クローバー』という女がその役を務めている。ただし、奴は曲者だ。カインの信用を得てはいるが、実際のところ奴は私と同じで、あわよくば結社を裏切るつもりでもいる。私が有利なら私に付くだろうし、場合によっては私を売るだろう。或いは第三の勢力かもしれない。信用はできないが、こいつを通さなければアイアンヒルを抜けるのは不可能だ。いずれにせよレッド・クローバーとの勝負は避けられないだろう。


 そこでとった手段がこの街の唯一の娯楽にして、最大の“金策”、『ダムネーション・イヴ・パーティ』だ。『ラピードマシン』という乗り物でレースをする。これに勝てば街を出るだけのカネが用意できる。アン博士に私のラピードマシンを用意させた。今後の移動手段としても使う――――


「ちょっと待ってください。そのお金ってぼくやエビちゃんがいる分高くなるんじゃないですか? それにアン博士って人もついてくるなら……」


「いや、平気だ。策がある」


 言葉にはしなかったが『協力してもらうぞ』と二人に向けて言っているのがよく分かり、到とアマビエはしかめっ面を見合わせた。






 ガラクタの丘の麓を抜け、犬小屋のような形の廃工場がコピー&ペーストで連なる地域にたどり着いた到たち。到とアマビエにはどれがどれだかわからないが、リコリスはまるで区別ができているかのように、迷うことなく歩いていく。


 ……ように最初は見えた。


「あっちだ」


 リコリスが顎をくいっと動かす。一瞬だったので到はそれを見逃してしまう。


「どっちですか?」


「……やっぱりあっちだ」


 立ち止まったリコリスがまた違う方向を指し示した。


(ホントにわかってんのかな?)


 本当は道に迷って滅茶苦茶に歩いているのではないかと疑いはじめたとき、アマビエが突如立ち止まる。到も何があったのかと振り返った。


「ちょっとあんた! やっぱり迷ってたんじゃない!」


 アマビエが頬を膨らませて怒鳴り、リコリスもようやく振り返る。到はなにもわからないままだったが、もう一つの声がその答えとなった。


「遅かったじゃないか」


 リコリスの語った協力者『アン博士』が到たちの後方から現れたのだ。振り返った到は押し黙ったまま酷く狼狽した。博士と呼ばれているのだから、白衣を着た白髪のおじさんを想像していたのだが、そんなアナログな想像はまるで掠りもしなかった。何せそのアンという人物は、全身骸骨――――白衣どころか肉さえ纏っていないのだから。


「ひいいいいっ!? オバケ!?」


 アマビエが涙目になって飛び上がり、到に抱き着く。到も恐怖のあまり、叫びこそしなかったがアマビエを本能的に抱きしめて堪えようとする。対してリコリスはまるで気にも留めていない。


「遅れてすまなかった。だが計画は滞りなく進められる」


「一分後に世界が滅びなきゃな」 皮肉を込めてアンが言った。


 アンはよく見れば、あばら骨の内側に箱型の機械が仕込まれていた。それはスピーカーで、妙な話だがリコリスのそれより遥かに人間らしい男の音声で話している。到はその声と、一八〇センチはあるその身長と広い肩幅の骨格からアンが男性だと推測した。


 アンとリコリスが並んで工場に入っていく。その後を残された二人も、困惑しながら慌てて後を追った。工場の中はまさにもぬけの殻といった雰囲気で、どちらかというと巨大な倉庫だった。リコリスはしばらく辺りを見渡してから、工場の奥にあるブルーシートで覆われた何かに近づいた。


「これが例の?」


 答えを待たずリコリスはブルーシートを大げさに取っ払い、隠されていたものの姿を露にした。到にはそれが、車輪の無い黒いバイクのように見えた。側車らしき二つ目の“席”があり、少なくとも乗り物であり、リコリスが語っていた『ラピード・マシン』とはこれのことだと確信する。


「お前のマシン『ブラック・ソニック』だ。注文通りアストラリウム=ライト・エンジンをリボルビング式燃料装填システムで積み込んだ。面倒だろうから液化アストラリウム燃料はカートリッジ五〇本に詰め込んでおいたぞ。あとはお前の魔法とやらでどうにかしろ。……で、この二人は?」


 眼球の無い視線を向けられ、再び小柄な二人がたじろぐ。


「連れだ。レースに出場させる」


「なに?」アンが声色を尖らせた。


「同じマシンに乗せる。見ての通り二人は小さい。あの側車で十分だ」


「俺に子供を殺せと言うのか?」


 表情の窺えない二人が顔を見合わせる。それも明らかに不和が生じている。リコリスが反論する。


「違う。二人は私の協力者だ。今後二人の力が必要になる。だから連れていく」


「協力? この足の無いジャリと小娘が?」


「置いていけばどうせ死ぬ」


「俺に、殺させるな」


「生かすと言っている」


「ちょっちょっちょっちょ待った待った待った!! ええい二人ともあたしらを置いてけぼりで話してんじゃないわよ!!」


 今にも殺し合いを始めそうな空気に耐えきれず、アマビエが二人を止めに入った。


「お前は……」


「人魚のアマビエ、覚えといてよガイコツさん。で、キチンと説明してもらわないと、たるたるが困っちゃうでしょ」


 仮面と骸骨に同時に見られ、到は体がガチガチに固まってしまう。二人に悪意が無かったとしても、一般人の彼からすれば絵面が完全にホラーだから仕方がない。


「……名乗るのが遅れたな。俺はアンと呼ばれているエンジニア兼科学者だ。名前は忘れた。脳を失くしたからな」


 違う、そうじゃないと到は言いたくて仕方が無かった。アンは到が何を知りたがっているか察知し、手をポンと叩く。


「ああ、スマン。これはいわゆる……“呪い”というやつだ。俺は魔法について専門外だから詳しくは知らないが、生前の俺は誰かの恨みを買い、こうして。で、アンデッドだからアンだ。噛みついたりしないさ」


「よ、ヨロシクオネガイシマス」


 やっと一仕事終えたといった風に大きなため息をつき、アンがリコリスと再び目を合わせる。


「それで……俺にも説明してもらおう」


「この子たちも私のマシンに乗せる。同じマシンに乗っていれば出場者の一人として数えられる。必要なカネはその分増えるが、釣銭だけでも馬鹿にならない額だ。それで次の街での金策には困るまい」


「……解せんが、お前のやり方を一々非難したところで始まらん」


「契約成立だな。約束通りあんたを箱舟に乗せる」


「必ず勝て。俺の作ったマシンで死人は出させん」


 イグニッションキィを投げ渡されたリコリスが「フッ」とニヒルに笑った。

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