第2話

 天使かと思った。水際の天使。

「へぇ。こんな所あったんだ。よくここに来るの?」

 声を聞いてやっと君だと分かった。

 サマードレスというのだろうか。君はいつもの見慣れた制服ではなく、肩の見える白く薄い生地をまとい、波打ち際に立っていた。白い服と背後に降りる天使のはしごが、君を天使に見せたのだろうか……学校で会う君とはまるで別人だ。

「うん。小学生の時に見つけた僕のお気に入り。満潮の時はここまで波が来るんだ。夏休みはよく波に身を任せて本を読むよ」

 晶ほどじゃないけれど、僕も本は好きだ。ザーッという波の音が良いBGMになる。そのうち眠ってしまうこともあるけれど。

「私もそっち行っていい?」

 君が控えめに聞いてきた。僕は初めてここを見つけた時、誰にも教えたくないと思った。秘密は自分だけのものにしておきたい。君は僕の心理を理解していたのだろう。だから控えめに云ったんだ。

「いいよ」

 だけど僕は何の躊躇いもなくそう答えた。今まで自分以外の人間に踏み込まれたくなかった。そんな思いは頭からすっかり消えていて、するりと言葉が出てきた。僕は少し体をずらした。君にも水際の世界を見せるために……。

「ありがとう」

 それまで驚いたように僕を見ていた君は、嬉しそうに笑みを浮かべると、弾むように近づいて来て隣に座った。僕と同じ、足を伸ばした格好。

 その一瞬間、潮の香りが強くなったような気がした。

「風が優しいね。波がここまで来たら本当に気持ち良いんだろうなぁ」

 太陽でさえも滅多にお目にかかれないであろう君の素肌は、着ているサマードレスと同じくらい白く肌理細やかだった。風に玩ばれた君の髪が僕の頬をくすぐる。こそばゆかったけれど、心地良かった。

 こんなに近くにいたのに、やっぱり君を君だとは思えない。人違いをしてるんじゃないかと錯覚してしまう。

「今度は私もここで読書してもいいかな?」

 僕はまた頷いていた。こんなにもあっさり頷いてしまうなんて、僕が一番びっくりしている。君といると自分が自分じゃないみたいだ。

「じゃ、またね」

 君はにっこり笑って手を振ると、足取りも軽く去っていった。

 君がいなくなった途端、心なしか空気が少し和らいだ気がした。いや、その表現は違う。何と云えば良いのだろう。君がここにいた時には、神々しい雰囲気というか、何かがあった。それがいつもの日常に戻ってた。そんな感じだ。時計を見れば三時間が過ぎていた。ほんの数分のことだと思っていたのに、そんなに経っていたのか……。

 普通の女の子と思っていたけれど、学校では見せないだけで、本当は特別なものを持っているんじゃないだろうか……。

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