夏の日の君に
遠山李衣
第1話
僕は夏の日の君に恋をした。
夏の海は最高に綺麗だ、と僕は思う。
「お前、変わってるな。これだけ海が近いのに、綺麗も何もあるかよ」
クラスメートの
海が見たくてうちの学校を受けた、という生徒もいるぐらいだから、それは見事な景色なのだが、三年間も通学していれば飽きる者も出てくるだろう。
「大体、俺たちは生まれた時からこの町に住んでいるじゃないか。俺は海よりも山が見たいぜ」
この町育ちの人間は、必ず山のある町に行きたがる。山育ちは逆に
「夏の海ときたら、一番最悪じゃないか。日差しが強すぎて良いことなんか何もない。夏に海に来たいってのは、山育ちか都会の奴らぐらいだ。なあ、
丈琉は隣で読書に勤しんでいた晶に同意を求めた。
「……夏は暑いから嫌だ」
晶は表情を変えずに云った。ちょうど吹き込んできた風が晶の柔らかな髪をくすぐる。晶は再び本に目を落とした。
「ったく一番涼しそうな顔して腹立つなあ。しかも、こんなに愛想が無いクセにもてやがる。俺なんかこの間女子に『丈琉、暑苦しいから近寄んないで』って云われたんだぜ」
丈琉は首をすくめる。
晶と丈琉は対照的だ。栗色のサラサラした髪に知的な顔立ちの晶に対し、丈琉はクセのある黒髪に筋骨隆々とした一八〇センチの長身が自慢の体育会系だ。
外見だけではない。晶は静かに難しそうな本を読んでいるが、丈琉は休み時間の度に騒いだり、行事では率先して皆を引っ張るリーダー格だ。まさに静と動。月と太陽。
そんな相反する性格の二人がそれでも仲が良いのは、僕が間にいるからだろう。勉強も運動も平均並み。あまりにも普通すぎる僕がクッションになっているから、真っ向からぶつかり合うこともなく平和に学校生活が送れるんだ。
「確かに日差しは強いけど……光が海に反射してキラキラ輝くじゃん。あれを見ると夏の海が一番綺麗だなってしみじみ思うんだよ」
「お前は爺さんかよ」
丈琉に突っ込まれる。僕はそんなに年寄りじみているかなぁ。
「あっ。でもそれ分かる気がする」
急に僕たち以外の声が割って入ってきた。見ると君が僕を真剣な眼差しで見ていた。
「私も夏の海が好き。反射する海も良いけど、最初に足を入れる時の冷たさとか、泳いだ時に上がる水飛沫も好きだな」
君はそう云って笑った。君とは三年になって初めて同じクラスになったからよく知らないし、あまり話したことがない。
だけど、この日見た君は今まで見たことがないどころか、クラスの女子が誰一人見せたことのない表情のようで……
夏の初め。この時僕は既に君に惹かれていたのかもしれない。
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