第4話

僕は結局会社勤めを続けることにした。

何も変わらない毎日が続いていた。

それでもあれほど好きだったハンバーグをなぜか避けるようになっていた。

いや、肉そのものを口にすることができなくなっていた。

夢にまで見るのだ。

人間の体を切り刻み、それをこねる姿を。

じいじは悪魔だったのだろうか。

いや、そんなことはない。

それは命令に従っただけだ。

じいじはお国のために人間を切り刻み、それを食していたのだ。

客に肉を振舞っていたのではない。

人間の肉を食って、死んだり、病気になったりしないかを実験していたのだ。

戦場でお国のために働く兵士たちにとって、栄養源である肉料理。

それをより美味しくいただく方法じいじは探していたのだろう。

秘伝のレシピはその後軍隊に送られたのだろうか。

とにかく戦争が終わる日までじいじは肉料理をみんなに振舞ってたと言う。

じいじの口癖があったらしい。

「どうだ、肉は美味しいだろう。お国のために戦う兵隊さんに振舞われる料理だ。

病気になったらいけないからな。お肉を食べて力をつけてくれよ」

「体調を崩した者がいたら、名乗り出てくれ」

「お肉料理をさらに振舞うから」


当時体調を崩した人はいなかったと言う。

ひどい食あたりを起こすものもなかったらしい。

記録にはそうある。

これではまるで国民を使って人体実験をしていたみたいではないか。

しかし度重なる空襲で命を落とすものも多く、はっきりとした追跡調査は行えずにいたはずだ。

とはいえ戦地でじいじのレシピが振舞われたかもしれない。

戦後あの肉を食べた人はどうなったんだろう。

追跡調査はどの程度行われたのか?

追跡調査?

悪影響はなし。そんな書き込みがしてある。

これは戦後狂気から目覚めたじいじが自己弁護のために調査した記録かもしれない。

僕は気になって、聞き込みなどをしたが時間の壁は大きかった。

少なくともじいじ以外に症状の現れた者はいない。

とは言え、口伝えだし、栄養失調で死んだ人の中に紛れてしまったのかもしれない。


戦場で実際に試されたのかどうかは、もう理解の範疇を越えている。

ただ大岡昇平の「野火」にも描かれたように、極限状態に置かれた日本兵が死人の肉を食べたなどという話はまことしやかに語られている。

本当に食べたとすればそれを秘密にするのが普通の人間であろう。

生きて帰ってきたとすれば、あの日あの人間の肉を食べたおかげだと、感謝できるのか。

できはしまい。

一生そのことが苦しみとなり、結局そのことを口にはするまい。

もし人が人の肉を食べていたのだとすれば、それを誰かが目撃し、それを語り継いだからとしか思えない。


「お肉はおいしいかい?」

肉が語りかけてくる。

僕はもう肉を一生口にすることができないであろう。


じいじが…、いや、お国がハンブルグにしたのは、普通に焼くだけだと、獣の肉ではないと気がつくからかもしれない。

しかし戦場では結局ハンブルグを食したという噂はきかない。

それは隠蔽がうまく機能していたからなのか。

そもそも戦場ではそんな手間のかかる料理などできるわけもなく、ただ火で焼いただけかもしれない。

いや、火が通ってればまだマシなくらいだろう。

きっと生肉で食べたりするのではないだろうか。

国は兵士のためを思い、人間の食べ方を研究し、現場の兵士は餓死寸前で、とても料理などする余裕もなかったであろう。

道に生えた草を食い、虫を食い、それでも足りなければ獣をとった。それでも何もなくなると、死んだ者の遺体を食した。

火など起こすこともなく、生きるために人間を食したかもしれない。

じいじのレシピが記録にも残ってないのは、それほど現地は過酷で、紙の上で将棋をさしているような軍部の連中には現地の悲惨さが見えていなかったと言わざる負えない。

この問題はもし当事者を見つけたとしても、そのことを口にするものなどいるはずもなく、表に出てくることもないだろう。


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