第2話


祖父はなぜ、レシピを残さなかったのだろう。

残せない理由があったというのか。

口伝えにさえしていない。

突然死というわけじゃない。

祖父の死は緩やかに訪れた。

伝えることは可能だったはずだ。

痴呆症を患ってたせいで、そこまで気が回らなかったのか。


父の遺品の中に一枚の絵があった。

百号の油絵。

地元の絵描きが描いた絵らしいのだが、この絵だけは守ってくれと、祖父に言われていたと言う。

こんな絵を守るくらいなら、口伝えでも秘伝のレシピを残せたのではないか。

一体誰の絵だろう。

ネットで検索しても名前すら出てこない。

そんな無名な画家の絵をなぜ。

僕は実は作家が違うのではと直感的に思った。

そして額縁の裏をはがしてみた。

するとそこに手紙のようなものが何十枚も並べてあった。

紙には番号が振ってあり、僕は順番通りに並べた。

並べながら、僕の心は期待に膨らんでいた。

これはもしかしたら、レシピではないのかと。

そして数字が羅列されている一枚の紙を見て、きっとこれが幻のレシピだと感じた。

祖父が父に託した秘伝のレシピ。

やっぱり父に伝承していたのだ。

僕はそのレシピを元に料理をしてみた。

しかしできあがった料理は平凡な味のハンバーグだった。

レシピには何の肉かさえ書いてない。

鶏かブタか牛か?

合い挽きならその割合が書いてあるだろうに。

そもそも本当に美味しかったのだろうか。

物のない時代。

ろくなものを食べてない時代。

肉というものが、どれほど貴重であっただろう。

じいじは何者なのか?

そもそもあの当時肉が手に入るなんて、軍関係の仕事でもしてなければ無理なのではないだろうか。

じいじは軍に何かをおろしていたとは考えられないだろうか。

軍から支給される肉で料理を作り、それを軍に配達。

その残りでハンバーグを作っていた…。

しかしそんな話は聞いたことがない。

それに店は大衆食堂だ。

じゃあ、どうやって肉を手に入れたんだ。

酪農家の知り合いもいないはず。

何か裏があるとしか思えないが…。

貴重な肉を他人に振舞うなんて、逆に変ではないのか。

高い金銭を要求してたわけでもない。

そもそも戦時中はお金というものの価値が曖昧になっていただろうし、できれば食材を蓄えたいと考える時期だったはず。


配給で暮らす中、そんな横流し品があれば独り占めにするはずだ。

じいじはただただ善人だったのか。

あの当時の食糧事情からすれば、どんな肉であったとしても、誰もが美味しいと感じたのではないか。

味覚の記憶が錯覚だったとしても不思議じゃない。


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