閉幕

ぞうさん

ぞうさん

おはながながいのね

べしゃべしゃのブサイクな顔の私を見ても、雨は止みそうに無かった。頭の中で、タルトに居た。いつもより派手なステージで踊っていた。歌っていた。真っ赤な衣装を着て、真っ赤なリボンを付けてトマト片手にいつかのキチガイみたいに。タルトさんが、優しく見ていた。天使のクラシックが聞こえてきそうだった。元気くんも、可愛いままでこっちを見て。真ん中には、彼が居た。大笑いして嬉しそうだった。私がここに居るのが。私が歌を歌っているのが。私が、キチガイなのが。嬉しそうだった。楽しそうだった。笑っていた。笑って。彼の鞄から出てきた手紙の内容を思い出した。ついに、胸がいっぱいになりすぎて声を出してしまった。どうして良いのか、全くわからず大声を出しながら全力で走っていた。どんな声を出しているのか自分にだってわからなければきっと誰にも届くことはなかった。時々すれ違う人が私を軽蔑した目で見つめた。どろどろのぐちゃぐちゃになって、疲れた私は公園の暗い洞穴で死んだ。私は死んだ。自称死んだ。自称。「つまんないつまんない」とあの日のようにブツブツと呟いた。彼の顔が浮かんだ。彼の、柔軟剤の匂いを思い出した。きっと一番最初に柔軟剤の香りを嗅いだのは人気も無い虫だらけの路地裏だ。独りぼっちで突っ走って、孤独の歌も歌えなかったあの頃だ。こころが、すっからかんよ。また歩き出す。知らないアパートの一階の物干し竿に一個だけあった針金ハンガーを盗んだ。それを力づくで紐解いて、両手にぐるぐる巻きにした。

捕まえた。

がたんごとん。がたんごとん。

人生で起きた様々な名場面が、すっからかんの頭に流れてった。

目の前の席のブス。

彼が差し出すポッキー。妖怪顔でかヒール。メリーゴーランドの銀色のオッサン。閉じ込められた白い空間。オナニー大好き連発。顔面合成女。いかやきの屋台。あまりおいしくない定食の魚。ラーメン屋のイケメンザコ。何故かポケットに入れたナイフ。カズキにアイコンタクトされた教室。アトムによる万引き。トマトだらけの冷蔵庫。カセットだらけの便器。裸の私を馬鹿みたいに叩くアキさん。元気くんのウィンク。べろチューのカズキ。耳元でささやくアキさん。おもらしカズキ。おもらし私。財布を投げる彼。喧嘩。最後の殴り合いの喧嘩。元気くんの鞄の中。履歴書。鏡に写るキチガイ親子。優しいお父さん。クズっぽいお父さん。泣く母の声。月の上のブラウン管。アトム。指輪。

つぶれたカエル。

おまわりさんは、どこですか。

りんごの唄。

みんな、宇宙より遠いところ?

みんな、

私の体内にいるの?

なみだは、垂れ流し。

でんしゃよ、止まれ。

がたんごとん

がたんごとん

おまわりさん

雨が止んだ。薄暗い夕暮れ。

彼の私を見て笑う顔がリピートされた。掴んでも掴みきれない。3D映画かよ。またかよ…。

「うぅ」

立ち止まった。

「うぅぅ…」

何も見えなかった。

おまわりさん。

【でんしゃのまどから

みえるあかいやねは

ちいさいころぼくが

すんでたあのいえ】

夕日が綺麗。私の顔を照らす。精一杯汚くてみじめな、私の顔を照らす。なんだか、眩しかった。23:59でもないのに、こう思った。

今日が、

【にわにうめた

かきのたね おおきくなったかな

くれよんの らくがきは

まだかべにあるかな】

終わっていく。

オレンジ色の光に照らされて、なんだか少し寂しさと、恐怖が和らいだ。人が、罪を犯したら罰を受けるのは当たり前。普通。私は、キチガイ。今から普通の道を…。きっと歩めない。でも、歩もうとする。するの?私は、キチガイ。

やまだたろうは、私の山田太郎。

私と類。

唯一の類。

一緒のところに行きたかった。

私の体内に。私も行きたかった。

逃げたかった。あなたと一緒に、現実に食べられる前に、もっと前に、宇宙よりこっから遠いところに行きたかった。

私は…

ふと自分で作った手錠に巻かれる泥だらけの手首を見る。あの日家を出て、110番に電話をかけたときのコール音を思い出した。

プルルルルル

プルルルルル

プルルル

そっか。

私は

ベシャアァァァァッ!!!

一瞬で前が見えなくなり息が出来なくなった。頭の上からあり得ない量の水が降ってきた。溺れる。手の塞がった私は、その場に崩れ落ちた。それじゃ終わらず、永遠と穴の無いじょうろで水をかけられた。前が見えない。

「うえっ、おえ、うぷっ…ゴッホゴッホ!!」

鼻の奥に激痛が走り、水を大量に飲んだ。

死ぬ。

私は手の針金を無理矢理必死に解いて、また転んだ。ヒザがきっと血だらけだ。顔に張り付く髪の毛を、懸命にどけてそちらを見る。

そこには、

血だらけの真っ赤な顔した彼が居た。

「…」

「…」

言葉が出ない。

父と母が、ちゃっちいロケットの窓から手を振っている。父の手にはポリ袋に入ったつぶれたカエル。母はいかやきを食べて、そして遠くに飛んでいった。

目を見開く私に、じょうろを持って立ちつくす彼。まっかっか。

「…何で居るの?」

「…なんか」

「…」

「…」

「めっちゃ水飲んだわ」

「うん」

「うんって」

「うん」

「…」

「…」

そのうち彼は、馬鹿にしたように鼻で笑った。

「お前なんかにやられねえよ」

腹を抱えて笑う彼を私はぼーっと何も考えられずに目を見開いて見つめていた。そして気がついたら高揚して、世界一のキチガイのように絶叫した。

「▼※◎kぁ×○!!!!!!!!!!!!!!!」

のどから、血が出ました。

河川敷だ。

周りも見ずに、気がついたら私はあの河川敷に居たんだ。口の中は、血の味。ゆっくりと沈む夕日を無視して、私たちは何故か大笑いしていた。一緒にいるって事は、同類。のどを切らして大笑いしながら、私は大泣きしていた。涙が止まらない。また顔がパンパンになってしばらく外に出られないのかな。

頭の中では、タルトという店でマリンという女の子が派手な衣装を着て笑顔で一生懸命歌っている。

がたんごとん、がたんごとん

がたん

がたんごとん。

すとん

ぐちゃっげこっ飛び散るのは、バーベキューに使う生肉のようで、焼けたホルモンのようで、あのイライラとムラムラと近づいてくる私が女である保証日の二日目に音を立てて逃げ出すカタマリにも似ていて、そこから頭の中で何度も、何度も何度も笑った。何度も、何度もあの時の果物ナイフで彼をめった刺しにした。

なにこれ、楽しい。

なに?これ、楽しいわ。

花吹雪のように白い羽のように。刺せばさすほど楽しいわ。舞い上がる。綺麗。綺麗。舞い上がる履歴書と肉の塊。私は今、白い世界に帰ってきた。

ぐちゃっげこっ

何度も何度も父に踏み潰される私が見えた。

そうよね。あれは私だったのね。

そうよね。そうよ。

ささいなことだ。

どうってことないことだ。

そうよね、そうよ。

どうってことないことだ。

遅くない。

まだ

遅くない

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