第11話
お父さんは最強なんだ。お母さんだって、そうよ…。
目を開けながら寝ていた。思い出すのは、小花だらけのおひざの上。
彼の永遠の寝顔を見て、柔軟剤の匂いを感じた。仰向けになって、怖かったけど目を瞑った。
宇宙だ。
どんでもなくリアルな宇宙に、昭和なブラウン管テレビが置いてある。ここは月かしら。なんじゃこりゃ。
ザーと大きな音を立てて、テレビがついた。
「久しぶり」
何故か学ランを着た母と、セーラー服を着た父がビデオレターみたいに手を振っていた。
「頭血だらけじゃーーん!!気持ちわるぅーい!!(笑)」
「そらちゃん、元気かい」
「はじめて見る~そんな人~!!頭だけ血だらけの人~!しーかーもっ!無傷~~あなた面白い~~(笑)」
「そらちゃん、元気ないのか」
「あなたの格好が気持ち悪いんだよって言ってやんな~そら!あははは♪」
「ドッキリだよ」
「あんま期待させちゃダメよ」
母が急にまじめなトーンになり、父を見た。
「そらちゃん、また明日ね」
急に目が覚めた。
息が切れていた。本当に宇宙に居たみたいだ。部屋の中は真っ暗で、もう夜中だった。私は起き上がり、立ち上がる。髪の毛から、血が垂れた。べたべたとした。彼の顔を見た。起きない。彼は。
彼のほっぺたを触った。まだ、暖かい。
台所で水をくんで一気に飲み干した。台所にある照明だけがオレンジに部屋を照らしてなんだか懐かしかった。何故か私ののどはカラカラで、からだ全体に水が染み渡る。私はもう一度、彼の体に耳をあてた。何も聞こえない。私は息を止めているのに。頭が、まだ熱い。なんだか怖くなった。おもいっきり殴ったり、パンツを脱いでかぶせたり、顔に落書きしたり、髪の毛を七三わけにしたりしてみた。彼は何も言わない。また、彼の隣にぴったりとくっついて寝転ぶ。涙が押し寄せてきた。止まらないや。
宇宙より、遠いところ?
眠くも無いのに、目を瞑る。おなかもすかない。生きてるのかもよくわからない。私、生きてる?
これは彼の心臓の音じゃなくて?
「ストン」
お母さん。
部屋には時計の音が中途半端に鳴り響く。
ふいに私は彼の鞄を勝手にあさってみた。
財布を見ると、免許証らしきものを発見して息を飲んだ。私は、勇気を出して涙だらけの顔で免許書の名前のところを出して
「キャーーーーーーーーー!!!」
本気で悲鳴を上げた。
そこには
【山田太郎】
と書いてあった。
頭が、真っ白だ。
私たちは、何も起きちゃいなかった。
呼吸が荒くて息が苦しかった。私は焦ったように彼の鞄を漁り狂った。何か、何かあるかも。一通の手紙が出てきた。急いでその手紙を開けて、中身を見た。中には、グラフィカルなデザインの絵はがきと、それのもっと大きなヤツと、長めの手紙と、指輪。彼は、私に、プロポー・・・
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
気がついたら、病院でした。
「久しぶり~」
どこかで見たことがあるような光景。シチュエーションは違えど、燃え尽きた私の死んだ魚のような目に写ったのは紛れも無く、昔より健康な肌の色をした母だった。母は、夢で見るくらいに明るく、回復しているようだった。なんだか脳みそがぐちゃぐちゃになって、家族に会いたくなってしまった。私は、何も喋らずにいた。病院のパジャマを着た母はなんだか眠そうで、私たちは病院にあるカフェみたいな空間に迎え合わせで座っていた。なんとなく朝は早かった。私は泣いたうえに寝ていなかったので顔がパンパンでまるで母に平手打ちされ続けたあの日にそっくりだった。
母は化粧はしておらず、スッピンで髪の毛も根元は黒かった。黒い根元をぼんやり見つめていると、恥ずかしそうに「行く暇無いのよ」と言った。
「元気そうで」
私は不機嫌そうに言うと
「まあーねえ。もうすこしよ。きっと」
「よかった」
「帰ったら一緒に飲みに行っちゃいましょうよ。もう成人したでしょ」
「…そうね」
なんとなく視線をはずして足元を見ると、母の足にイカ焼き風のあの傷跡が見えた。
「よかったーこうやってまたお話が出来て」
「…私も。顔見に来ただけ」
「…」
「じゃあ、元気で」
少しの間のあと、立ち上がると母は私の腕を掴んだ。
「忙しいのね」
「…」
私がそこから、母の目を見ることは無かった。
「迷惑かけたわね。ごめんね…反省しているわ…ごめんね、ごめんね」
母が、泣いているようだった。私は「別にいいよ」とそちらも振り返らずに言った。「どうってことないよ」とわざと、優しい声でそっちを見ずに言ってその場を離れた。そんなことが聞きたいんじゃなかった。ただ、演技をして欲しかった。母という人間の演技をして安心させて欲しかっただけだった。ごめんねも、ありがとうもいらなかった。涙なんて、もっといらなかった。私は自分でもびっくりするくらい頭が空っぽだった。レストランから大量の着信が入っていたので携帯をゴミ箱に捨てた。
宇宙より遠いところ。どこよりも厚い壁。
がたんごとん
ごとーん
ごつっ
ごんっ
すとん
ぐちゃっげこっ
タルトに顔を出した。昼間で鍵も開いていた。ゆっくりと重いドアを開けると、タルトさんがメガネをかけて鼻歌を歌いながらお金の計算をしていた。
外より薄暗い店内で、私に気づいて表情も変えなかった。さすがタルトさんだ。
私は初めて、彼をぶっ殺してから笑った。にっこりと、自然に笑った。タルトさんは私に冷たいココアを出してくれた。私がそれを飲むことは無かったが、それもわかっていたらしかった。誰も居ない店内は、逆に狭くも感じた。何も聞かずカウンターでお金の計算をするタルトさんは本当に優しくて涙が出そうだった。何も言わず寂しくスポットライトすらあたらないステージを見つめた。タルトさんと居るときだけ私は、人間に戻れた気になった。
「タルトさん」
しばらくしてようやく私は口を開いた。
「宇宙より遠いとこってどこよ」
何故かそういった途端、頭の中に鉄腕アトムの歌が流れた。陽気なメロディが、少しずつ私を追い詰めた。
「宇宙に居るより、会いたくても会える確率が低いだなんて、どこよ。そこ」
すると、タルトさんは私のほうを見た。
「体内よ」
タルトさん。
「なんにも」
「うん」
「なんにも音がしなかったよ」
目が
「なんにもしないんだよ」
目の奥が、焼ける。
「無重力どころじゃないんだからそうよぅ」
タルトさん、こっちを見ないで。
「タルトさん」
「ん?」
「さよならを、言いに来たんだよ」
タルトさんと話すと、子供の頃に戻ってしまいそうだ。まっすぐ目を見たが、涙が、滝どころでは済まなかった。
ウォータースライダーだぜ、喜べ。
タルトさんはしばらく心配そうに私を見てから、いつものように世界一、宇宙一色っぽく笑った。
「いってらっしゃい」
だ っ て さ
ぶ っ 殺 し ち ゃ っ た の ☆
ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
雨が降っていた。私は雨を浴びながら、歩いていた。よたよたと、足に力も入らなかった。
私の家には、彼が居る。居ないけど居る。
だって、彼からは
なんの音も。
また、涙が止まらない。
気がついたら、踏み切りに居た。
カンカンと、聞き覚えのあるがたんごとんの音がした。
色んな男の顔がぐるぐると、私の頭のなかの竜巻に巻き込まれてた。そのなかに、お父さんも居た。好きよ、お父さん。好きよ、山田太郎。好きよ、お母さん。タルトさん、大好きよ。アトムも。大好き。赤いリボンにドレスのあの女の人も。マリンちゃん。大好き。愛してる。
やまだたろう。ねえ、おきてよやまだたろう。
だんだん音が近づいてくる。頭の中が履歴書だらけだ。
カンカンカンカンカンカンカン
電車が
来る。
しろい
しろいせかいにつれてって
わたしを
わたしのからだのなかの おとうさんと やまだたろうごと
カンカンカンカン
私の体の周りを舞う履歴書は、私の顔に小さな傷を作りそうなほど踊っていた。
私の体を引きちぎって引き裂いてぐっちゃぐちゃのずっさずさに
こころとからだが伴ってないの
カエルになりたい、あんときの
「危ない!」
ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
雨の音が、耳に響く。
電車が、
線路を踏み潰す化け物のように通り過ぎた。踏み潰されたかった。あのときのカエルみたいに原型すら失いたかった。救われてしまった。
べしゃべしゃの私に傘をさす、女の人の顔を見た。
顔でかヒール先輩。
私を殺してください。
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