第6話
「それで?」
私は両手で頬杖をついて上目遣いでそちらを見つめた。元気くんはキラキラした目で私のことを私の目の前で嬉しそうに話した。早めのステージ終わりに焼き鳥屋さんに来ていた。どこか懐かしい雰囲気の小汚い場所で、狭い店内に唯一あるテーブル席に座ってお酒を飲んでいた。デートに来るような場所では決して無いが、どこか二人とも落ち着いてしまったようだった。
「マリンさんはすごいっす、人間が丸出しで。全開で。」
「私のことそんな風に言う物好きな人、きみぐらいだよ」
「そんなこと絶対にない!」
「あるんだなーそれが」
元気くんのきらきらした目で褒め称えられると、自分が黒くて心が汚いのを隠してしまいたくなった。それかこの場ですっごく悪いことをしてやろうか。元気くんはどんな顔をするんだろうか。とは言え、私は珍しくベロベロに酔っ払っていた。必死に隠そうと得意の冷静を装っていたが、お会計の際立ち上がった瞬間ものすごい立ちくらみに襲われて元気くんに支えられた。外に出てからはぐわんぐわんと辺り一面揺れていた。急に走り回ったり、具合が悪いとうつむいたり落ち着かないのを元気くんが介抱してくれていた。真夜中で、私の嫌いな0時だった。今日が、終わって始まった。しばらく立ち止って腕時計を見つめていると、なんだか陽気な気分になってきた。元気くんは少し戸惑い疲れていた。駅まで歩けばギリギリ終電はあるが、なんとなく、近くのホテルに泊まることにした。なんとなく。18歳の子にホテル代を出させるのもなんとなく酷なので、私が出した。私が居るので冷静を装ってはいるがなんだかんだ元気くんも酔っ払っていた。
ホテルに着くと、意外にも元気くんは心の中の何かが爆発したように、すぐにそういう雰囲気になった。部屋に入って鞄を置くと、急にベッドに押し倒してきた。箱型のベッドがやわらかく弾んだ。まるでスローモーション。
「俺、マリンさんになりたいよ。マリンさんみたいになりたい」
そう言いながら、私の胸に顔をうずめた。子供みたいだった。シャンプーの匂いがして、お母さんに買ってもらったのかな、と考えてしまった。私は丁寧に、おでこや顔にキスだけして眠りにつこうと思った。酔っ払ってるフリをして、寝てしまおうと思った。子供過ぎる元気くんには、抱かれたくなかった。私はベッドで元気くんを抱きしめたまま、目をつぶった。懐かしく感じる、彼の顔が思い浮かんで泣いてしまいそうになった。二人で、西部劇ごっこをして歌を歌っていた。
朝起きると、かわいらしい寝顔が隣にあった。可愛らしすぎて笑ってしまいそうになった。小動物を見つけたときのような感覚のときめきがした。シャワーに入り、化粧をして元気くんを起こした。寝ぼけた様子で、ぴょんぴょん飛んだ髪の毛を片手でわしゃわしゃとして、でっかい口を開けてアクビをしていた。私はそれを見て、にっこりと笑った。部屋の中は冷房が効いていたが、ホテルから出た瞬間蒸し暑さがどっと体にまとわりついた。元気くんは寝ぼけて昨日より口数が減っていた。朝、風呂に入ったからか髪の毛がぺたんこだ。朝ごはんを買いに、コンビニに立ち寄り私はトイレへと向かった。用を足して、鏡で笑顔の練習をした。トイレから出ると、すぐに元気くんが居たのでびっくりして後退りしそうになった。
「なにか買ったの?」
「いや、俺、やっぱりいいやと思って。」
「あ、そう。ほんと?」
「二日酔いで」
少し目が泳いでるのは、私を一瞬でも押し倒したことへの罪悪感なのだろうか。その理由はわからなかった。私だけコーヒーを買って、元気くんと別れた。外は蒸し蒸しとしていた。レストランの仕事が入っていたが二日酔いで気分は最悪だった。なんで昨日、あんなに飲んでしまったのだろうか。色んな男の人とデートすることで正直自分が最高にいい女だと勘違いしていた。みんながみんな私のことが好きなんだよって彼に自慢してやりたかった。そして、目の前で笑ってやりたかった。大声で。指差して笑ってやる。そして彼も焦って私を欲しがるでしょう。取られたくない、とようやく自分のものにしてくれるでしょう。頭の中のいつもよりもっともっと派手なステージで、私は大熱唱してきらきらと輝いていた。観客は、カズキ、アキさん、元気くん、真ん中に、彼。さぁ、名前を言いなさい。言え。
私は私史上、最強にうぬぼれていた。頭がぐるぐるぐるぐるして、変な汗が出た。彼から、メールが来てた。
『あつくて頭いてぇ』
『ほんと、頭痛い』
『なに、死んでんの。暑さごときで』
『うるさい、あんたもでしょ』
『俺は暑さとの戦い方心得てるから』
『いや、そこ負けない』
『アイス買って』
『いや』
そのまま、仕事に行った。
「おはよ」
アキさんが居た。私は真っ青な顔で「おはようございます」と言った。
「どうしたの?」
「いえ、二日酔いです」
「あぁ。そうなの。ばかだね」
優しく、アキさんは笑った。その日は、自分の運ぶ全ての料理がまずそうに見え。こんなことってあるのね。夕方も過ぎると体調も回復してきていた。キッチンに入るたびにいちいち深呼吸をしていたので、たまにアキさんに笑われた。営業終わりに、アキさんとまかないを食べていた。二日酔いの最後のほうと言うのは食欲が増量してカロリーのオバケを愛して愛して欲して仕方なかった。もう外は夜だった。彼とそのうち、花火をしようとメールを送り、ご飯も食べて用もないはずなのにアキさんの家に泊まりに行った。つまりは、寂しくなった。ずっと人といたのに今更一人なんてムリよ。そう思っていた。アキさんは冷蔵庫から発泡酒の缶を取り出し私に手渡した。暑い部屋には背の低い扇風機が上向きに回っていた。
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