第3話
カズキに会うのは、二年ぶりくらいだった。
昔みたいにすごくお洒落をして家を出た。ピンクのワンピースに、最近買った大き目のネックレス。香水も忘れなかった、つけすぎず、ほのかに香るように。カズキとは言え、久しぶりに人に会うというのはドキドキした。いつもみたいに自転車をぶっ飛ばすわけでもなく駅までゆっくりと歩いていった。どっちにしろメイクを直しても直しても、夕方とはいえ真夏の気温なので汗ばっかりかいてしまう。少しまだ空は明るくて蝉の音がかすかに聞こえた。
何故かカズキのもとに向かう電車に揺られてると思い出す。お父さんが借金をして、私の目をまったく見ずに毎日ひ汗で顔を曇らせてたあの頃を。すっごく悲しい思い出だった。見逃してあげるから、こっちを見ておくれ。あなたの可愛がっていた、空だよ。見える?どんなに幸せな家族だって、そんな一面はあってしょうがないんだ。むしむしと、電車を降りた瞬間の蒸し暑さがなんとなく懐かしい気になった。
カズキに電話をかけた。コールの音を聞いても、緊張はそこまでなかった。
『もしもし』
懐かしい声。
「もしもし、ついた、久しぶり」
わざと少しだけ高い声で話した。改札を出ると、ロータリーの近くできょろきょろ周りを見渡すカズキが居た。髪の毛が真っ黒で、短くなっていた。あんなにガリガリだったのに少しだけ太って人並みの体系になっていた。なんだか、懐かしい匂いがするような。カズキは、たくさんきょろきょろしてる割には私を見つけられてないようだった。相変わらずバカだな。
「おいっ」
トンっと肩を押すと、びっくりした顔をしてこちらを見た。私は微笑んだ。カズキは照れて目をいったんそらしてから
「久しぶり」
となんだか気まずそうだった。私は、照れることもなくずっとニコニコ微笑んでいた。一瞬だけあの頃の『空のこと、大好きなのに』と言う素朴に切ない表情のカズキがフラッシュバックしたが、気のせいだと自分に言い聞かせた。
来たときよりだいぶ外は暗くなっていた。安いチェーン店の居酒屋に入り、どうせ割り勘なんだろうよ、とか考えていじけたような気持ちになった。そうよ。本当のバカは私です。
しばらくお酒を飲んで昔のことや、今のことを話した。私はビールだったが、彼はカシスソーダばっかり飲んでいた。つまりは、変わってねえなってやつね。
カズキは、今美容師の勉強をしているらしかった。何故美容師の勉強をしていて太るのか全く理解不能だったが、学生ということで飲みすぎたんだな、と思った。なんだか、楽しそうで羨ましかった。学校の話をしているカズキの目は、きらきらしていた。前までの私なら、微笑みながらも「なんでお前ばっか楽しいんだよ、むかつく」とか思ってたかもしれないが、夢を見つけたカズキになんだか嬉しくなった。素敵だな、と素直に思ってしまった。
しばらくたって私はほろ酔いだったが、カズキは何故かベロベロに酔っ払っていた。しだいに「めんどくさい、どう言って家に帰ろうか」と考えながらカズキの話を全く聞いていない時間が訪れた。その中の選択肢に、今この男をぶん殴って気絶させるか、ベロベロにぶっ潰して寝かせるのもありだな、とやっぱり私は欠落していた。
「先輩がちょーむかつくんだぁ、そら、どうする、そら。」
うっせーなぁ。
「頑張ってるのね」
「そらーーーっ!どうする!」
「こら静かにしなさい」
「そらさぁ
…なんで俺を振るんだよ」
なんでと聞かれても、わかりませんか?
「俺は今日、決めてきたんだ」
うつろな目で、カズキがこっちの目を見つめた。
「何を?」
「俺、」
「うん」
「もう、終電無いぜ」
「…」
「…」
「すいませーん。タクシー呼べますか?」
カズキが、うちに来ました。
私はといえば昔ほどカズキを面倒臭がる訳でもなく、先輩に囲まれて常に気を張って疲れてるのかもなぁと本当に親みたいな気持ちで居た。よーく考えてみると、もしこれが彼にバレて別れを切り出されるのもバカバカしい話だが。
「お母さん居ないんだ」
明らかにラッキーという顔をするカズキに若干イラッとはしたが、それも一瞬だった。二年くらいもの時を経て、他のいい女が居ないもんなのか、こいつは。お母さんやお父さんの悲しい話を打ち明けるのもなんだかすごく面倒なので、とにかくさっさとコイツを寝かせよう。
「風呂入ってくるね。寝てていいよ」
しばらく考えた末、私がそう言うと何故か寂しそうにカズキは私を見つめた。人と長く見つめ合うのはあまり好きでは無いので、目をそらしそうになるとカズキはこっちに歩いて来て私を抱きしめた。
「一緒に入ってもいい?」
面倒くっっっさ!!!!!!!!!!
「寝てなよ」
「…お願「寝ようか」
極端に大きな声が出た。悪い癖だ。私はさっさと風呂に入ったが、落ち着かずに居た。あのバカが突然入ってきたらたまったもんじゃないと考えていた。あぁ、なんて落ち着かない。ていうか、なんて疲れるんだ。とっさに彼の顔を思い浮かべた。彼に一緒に入ろうと言われたら、即効入るのに。
脱衣所で体を拭いて、髪の毛を乾かした。恐る恐る部屋に戻るとカズキは寝ていた。私のベッドで、大の字で。
思い出した。彼が一番最初にうちに来たときは、気を使って彼はソファに座って小さくなって寝てた。私は、ベッドも無視して隣に寝たけれど。
そんなことを考えていると、カズキの目が開いた。「げ」と思ってしまった。
「寝なさいよ」
そっちの気を反らそうと、髪の毛を整えるように鏡の前に座った。髪の毛にくしを通した。私の部屋の赤いオレンジのライトが私の頬を照らす。彼にいつだか買ってもらった、メリーゴーランドみたいな置物が私の頭の中で高速で回っていった。ぶらぶら何故かぶら下がる気味の悪いピエロ崩れみたいな小さな人形にライトが当たって余計不気味だ。
いつかみたいに一生懸命全く違うことを考え始めた。なんだか懐かしくて笑い出しそうだった。鏡越しに、カズキが近づいてくるのが見えた。違うって。違うってば。来ないで。来ないで~~~~~~~~~~~
「そら」
仕方なく、セックスをしたわ。
何度も彼の顔が浮かんでめまいがした。あんたが悪いのよ。あんたが。彼にも同じことを言われてる気になった。メリーゴーランドの、置物に体が銀色の80歳くらいのオッサンが座っていた。まわれ!まわれよ!って叫びながらなんだか楽しそうに笑っていた。オッサンは、しばらくピエロ崩れたちを眺めていたけどそのうち振り返ってカズキに抱かれる私を見た。
彼にそっくりな顔をしていた。
気がついたら、タルトという馬鹿馬鹿しい名前のショーパブでいつも通り歌っていた。ささやくように、騒ぐことも無く。冷たくて、静かな空気が私の目の前を行き来する。ああ、なんて居心地の悪い。この世のどこもかしこも、360度居心地が悪かった。イライラしていたが、私の居場所は彼の隣だけだったのかもしれない。
ガッチャーン!!
「…あっ…すいません。失礼しました」
割れたお皿を眺める暇もなかった。
近くに居たアキさんが笑っていた。いや、笑ってくれていた。他の従業員は睨むようにしてこっちを見ていたが、近くに居たお年寄りのお客さんは微笑んで「大丈夫かい」と言った。困った顔をして頭を下げた。きっと私は無意識にぼーっとしながら深刻な考え事でもしてたに違いない。接客と言う名のポーカーフェイスで誤魔化していたのだ。指からトロリと出た血を見て、母のいかやきみたいな足を一瞬だけ思い出した。落ち着こう。落ち着け落ち着け。深呼吸。
「大丈夫か?そらちゃん」
キッチンに入って指を見つめた。お皿も指も割れた。アキさんが、私を心配そうに見る。
「全然、どうってことないです。ごめんなさい」
指をとっさに隠しながら淡々と言った。
「ぼーっとしてるの?」
「いや、別に、それほどでも。ええ。」
「そう」
深く何も聞いてこないのが、アキさんのいいところだった。アキさんは私の指をちらっとみて大げさに心配もせずに絆創膏を探しているようだったが、それもあまり気にとめず私は忙しい店の中を早歩きで動き回っていた。
なんだか、歌でも歌いたい。今日は帰りに、彼が迎えにきてくれる約束だ。そこで聞いてみたいもんだわ。
お兄さん、罪悪感ってなんでしょう。
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