第2話
彼と本屋さんに来ていた。
一番厚い『広辞苑』とかいう本を顔面にぶん投げてやりたくてそればっかり考えていた。彼は何事も無く何故か小学校で読むようないろんな図鑑を買っていた。帰り道、すごく重くてクレームたれてやりたかった。
「ねぇ」
「あ?」
「なにするの」
「ひみつ」
「あっそう!」
彼の家に帰った。大きな紙を何枚もつなげて、図鑑のなかから好きなどうぶつや生き物だけピックアップして描いた。
「わかった」
「なにが」
「これ、アートでしょ!」
「…そ!」
私はジャマをするわけではないが、その大きな紙に自分の好きなどうぶつも描いた。おまけに人体模型の絵を超下手糞に描いて、彼に引っ叩かれた。一人でそのことについて大爆笑していた。人体模型には、×が描かれた。可哀相。なんて可哀相。人体模型。
なんだかワクワクした。大きな紙も、すぐに埋まってしまった。彼が描いた方には変な虫やら魚やらものすごかったが、私の描いた方はゾウやら恐竜やら強くてごっついものばかりだった。
人体模型、大きく描き過ぎたわね。
描き終わって夕方になると、彼は突然「疲れた」とか言って後ろから私を抱きしめてきた。ドキッとした。そうだね、これがそうゆうことだよね。と思った。カズキと呑みに行くの、やめようかなあとか必死に考えた。だって絶対につまらないから。100パーセントだ。
私がバカなのか、それとも考えすぎなのか。そのラインはえげつないほどハッキリしなかった。
「セフレ?」
突然顔を見てそう言ってみた。少しだけ、怖かった。
「あ?なにが?」
「…」
「…は?」
「わたしとあなた」
冷静を装ったが、さすがに少しだけ目をそらした。彼は、表情も変えず淡々と言った。
「お前、俺の名前知ってんの?」
「…」
知らない。
「じゃー山田太郎で」
彼は少し機嫌悪そうに私を馬鹿にしたように微笑んだ。ほんのりと憎しみが一気に私の頭まで登ってきて、一気に急降下したので何も言う気にはなれなかった。名前を聞く気も起きず、彼もそのまま「腹減った」だとか言って教えてくれそうに無かった。こいつはきっと
悪者のボスか何かでしょうね。
こんなにも一緒に居て、居心地だけよければよかったなんて。名前も知らなかったなんて。言葉がこんなに大切だったなんて聞いてない。頭の中で、いかやきの看板がスローモーションで近づいてきてうっとうしかった。
聞いてないわよ!!!
なんだか泣き叫んでしまいそうになった。
誰か私に、広辞苑を下さい。
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