第1話

風鈴の音、爆音で聴いたことある?

私は今、ある程度安定した日常を送っている。もうホームレスみたいな時期も乗り越えてちゃんと働いていた。昼は、とあるレストランの正社員で、コミュ障も解決。友達みたいなのもある程度居た。みたいなの?

とんがってもいなかった。人には皆欠点があり、私だってそうだということを悟った。つまり前よりだいぶ大人になったのだ。

まあ、そんな事は今のこの状況と全く関係が無い話である。

朝。どこかの古臭いアニメみたいにわかりやすく小鳥のさえずりが聞こえた。

ゆっくり体を起こした。夢だと思いたかった。実際のところよくわからなかった。そういえば、コーンフレークがあまってたから目玉焼きとか簡単に作ってハイクオリティ朝ご飯にしようかなとか、関係ないことも考え始めた。彼が寝返りをうつ。それを、睨むわけでもなくじっとり見つめた。少し寝ぼけていた。彼の寝顔は普段の彼からしたらすごくブサイクだったがそれも可愛く思えた。窓から差し込む光が丁度良くてカーテンは開けなかった。原因不明の頭痛が何回も不定期に襲ってきた。わたしはじっとりと彼を見たまま、話しかけてみる。

「…起きれば」

「…」

寝起きのため声が少しかすれる。返事は無かったが、彼が目を開けた。

「…おはよ」

「…」

私は少しだけ試してみようと思った。

もう一度彼の隣に寝転んだ。

「好き」

小さい声で自信なさげにそう言うと、彼は

「・・・」

SHIKATO

頭の中でごみごみと、何かがいっぱいになってくのがわかって、とんがってた頃の自分が「やっちゃえよ、やっちゃえよ」って煽ってきた。何をだよ。心臓が無駄にバクバクと、あぁ、生きているってことね。

目をそらす様に、目を閉じた。まぁいっか。って思ってるつもりだったが

そのうち気がついたら職場の男の人の家に居た。だって来いって言ったんだもんっ。行くまでに色んなことを考えたが全て無駄なことに間違いなかった。「私はもしかしたらロボットなのかもしれない」だとか「もし明日地球が終わったらどうしよう」だとか「この先生きてて死ぬまで何人の人に何回怒られることがあるんだろう。やだな」だとかだった。気がついたらカズキにも連絡していた。自分を試したい気持ちでいっぱいだった。カズキからはすぐに返事が来た。あぁ、なんてくだらないんだろう。今の彼も例えば何かのはずみでお別れして、久しぶりに連絡をとることになったらちゃんと愛想良く接してくれるのだろうか。

「汚いでしょ」

職場の男の人は、アキと言った。アキさんは先輩で、背が高くてルックスも完璧でなんで彼女が居ないのか全くわからなかった。私のことをよく可愛がってくれていた。ので、家に来てみた。

「掃除してあげましょうか」

「や、いいよ。自分で生活できなくなる、人にしてもらうと」

「その気持ち、わかります」

「そっか。空ちゃんみたいなお子様にもわかるか。そんな気持ちが。」

「言い方悪い」

アキさんは、無邪気に笑って私のほうを見た。彼に対しての罪悪感は、なんだか無かった。アキさんに対してはそこまで猫を被ろうだとか、上目遣いをしようだとかいう気持ちにはならなかった。セックスをしようだなんてことも思ってなかった。ただ、彼に「他の男の人の家に行った」ということを何故かアピールするわけでもなく、そんな嘘をついていたかった。

とは言え、いつも職場が一緒で慣れ親しんだ仲なので、だらだらとしていても話は絶えなかった。職場の上司の悪口で、げらげら大爆笑していた。気がついたらまっ昼間だったのが、夕方になっていた。するとアキさんは時計をチラっと見て

「空ちゃんさ、夜ご飯作ってよ」

と言った。

「冷蔵庫の中身、なんかあるんですか?」

わざと間隔をあけずに返事をした。意識してるだとか思われたくなかった。現に、意識なんて全くしていなかった。

「勝手に見ていいよ。あ、そうゆうので作れるタイプ?」

「物による」

「やるぅ」

「なにそれ」

照れて笑った。なんだこれ。付き合いたてかよ。冷蔵庫を開けると、ほとんど何も入ってなくて噴出すように笑ってしまった。

「何もないじゃないか!」

「え?そう?」

「何食べてるんだよって、思っちゃった」

「俺の生きる源は、まかないかな。」

「ちっとも格好良くないですけど」

「買い物でも行く?」

そこから一緒に近くのスーパーに買い物に行き、お金はアキさんが出してくれた。彼と買い物に行くときはだいたいが当たり前のように割り勘だったので、やっぱり大人に見えた。遠まわしに、自然な流れでアキさんの家に泊まることになっていた。冷やし中華を作って、食べて、私の嫌いな23:45だった。まだ、終電には間に合う。

「終電が」

私がわざと時計を気にして言ってみた。アキさんは

「泊まってけばいいじゃん。面倒くさい」

と下心もあんまり無い様子で、眠たそうにアクビをしながらテレビを見ていた。その様子を見て安心した訳では全く無いが、家に帰ってしまうと『俺付き合ってとか言ったっけの件』についてひどく思い悩んで寂しくなってしまいそうだから泊まることにした。

アキさんは私に普通にシャワーを貸してくれて普通にベットに寝かせてくれた。おまけに私に気を使ってアキさんはソファに寝ていた。イビキが聞こえた頃、カズキとメールをした。

近いうちに呑みに行く約束をした。ちょっとだけ、面倒くさいと思ってしまったくらいでなんのときめきも無かった。

なんとなく私は色んな男と遊ぶことで、彼だけが悪くないようにしたかったのかもしれない。アキさんの家のベットの中で、彼の夢を見た。びしゃ濡れのブサイクな私に雑に財布をほうり投げる彼の夢。財布の中身は打ち出の小槌を使ったかのようにお金が増えていて、私の頭は世界のどんな出来事よりきっとパニックになっていた。

夜中に目が覚めた。ふいに、叫んでしまいたくなった。いつかの、心の状態とまるでそっくりな気がしたが昔の私とは違う。

ぼーっと昼間の暑苦しい公園を歩いた。アキさんとは、結局何事も無くだったがなんだか気持ちが楽になった。今とっても嫌な事があって甘えてしまうとすればきっとそれはアキさんだ。

カズキから着信が来た。携帯の画面をじっと見つめてしばらくぼーっとしていた。私は『拒否』のボタンをとっさに押してしまい、携帯を地面にぶん投げそうになった。気持ちが楽になったと口では言っているが、無性にイライラしていた。生理でも来るのかしら。

部屋を掃除してたら夕方になって、街を探索することにした。無駄に電車に乗って、新宿歌舞伎町まで行った。昔、とんがってるときはよく六本木のクラブに突っ立っていたが、新宿を探索したことは無かった。

ナンパされでもしたらついて行こうと思っていたが、何故か話しかけてくるのは外人ばかりで何を言われても全て「イッツアップルパイ」と答えた。

ふらふらとネオンがぼやけて見えてきそうだった。落ち着きそうな居酒屋を発見しても、何か違う。ふと、お父さんのことを思い出した。お母さんが私の目を見つめて泣いていた。

小さい頃のお父さん像は立派そのもので、愛情もたっぷり貰っていたうえに、お父さんって最強で無敵なんだって思っていた。子供にそう思われる父親って言うのはつまりは、極上の父親なのだ。お母さんについて考えるのが嫌なときはお父さんの極上の部分を何回も思い出しては思い出に浸っていた。忘れてたわけではない。お母さんは私が中学校に入ったくらいからたくさんお父さんに泣かされていた。

お父さんは最低なわけではない。お父さんは、弱いのだ。私みたいに、きっとコミュ障で、きっと私より少しだけ人間からずれてしまっているだけ。悪いことじゃないんだ。お母さんは、きっと普通の人間だった。子供に涙をたくさん見せていても、きっと強くてたくさん我慢していた。それが出来てしまっていたから甘えるところが、私しか無かったんだ。

目の黒いお母さんの優しくて切ない笑顔が浮かんだ。

ふいにたどり着いた。

ローマ字で、『TARUTO』とだけ書いてある古びた看板の前で立ち止まる。メニューの提示も無く、階段だけが地下に繋がっていた。明らかに怪しくて、明らかに暗がりだった。下を覗き込むと、少しだけ賑わってそうな声が聞こえたので、私は気がついたら階段を降りていた。少し重たいドアを開けると耳がキーンとなるほど爆音の意味のわからない歌が耳の中を占領した。小さなライブハウスのようなショーパブのようだった。奥にいる黒人のオカマのような派手なピアスの大きな人が、壁にもたれながら私を舐めまわすように見つめていた。

何故か居心地がよかった。私は、しばらくぼーっと彷徨ってから近くにあるワインの瓶を勝手に一気に口に含んだ。そして、我慢できずその黒人にぶっかけてしまった。

気がついたら、ステージで歌を歌っていた。

赤いドレスに、赤いリボン。どこか見たことのある服装で、赤い口紅に、トマト片手にいやらしい照明。それで気がついたら、お金を貰っていた。体のストレスを取っ払うように大きな声で歌った。トマトを壁や地面やそのへんの客に向かって投げてしまいたくなったが、我慢した。

そっか

おとうさんは、おちこぼれだったのか。

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