じれったい劇場開幕
懐かしい。においがする。においがするぜ。夏です。皆さん。
蝉が鳴く。空が青くて、白いティーシャツばっかり干しちゃう。そんな夏です。スイカです。皆さん。今年の夏は、初めて経験したみたいに青い夏だ。いつも私はきっと、ドス黒い夏を経験していたんだ。
自転車にまたがりアイスの袋を開けた。棒アイスは、溶けて手がベタベタになるから本当は嫌いだった。でも、だって、夏よね。
アイスを食べながら駅までチャリをぶっ飛ばして、息がしにくい。緑に囲まれた公園に時々あるベンチに一人だけハーモニカを吹いたオッサンがこっちを見て座っていた。あいつはよくそこに居る。きっと、ホームレスか何かだ。
駅に着くと、駅の近くにあるコンビニにアイスの棒と袋を捨てて、証拠隠滅。近くにある住んだことも無いアパートの駐輪場に、いつも通り勝手に自転車を停めた。駅のトイレに走って手を洗って、いい香りのするコロンを少しつけた。
全部、全部、証拠隠滅。電車の中は効きすぎている冷房が寒かった。渋谷にあるレストランに向かった。おしゃれなレストランだとわかっていたのである程度お洒落をしてきた。これは正解なのでしょうか?
走って息をきらして汗をかきながらも、店の扉を開けた。
「ごめん待ったでしょ、ごめんごめん」
中に彼を発見。
「そんな待ってないよ」
きっと嘘だった。彼のコーヒーが入ったコップは空になっていた。汗をかいたので、顔から髪型から心配だ。店の中はいい具合に涼しかった。
「おはよ」
「あちーなぁ」
「ちょっと、お手洗い」
「はいはい」
彼はメニューに夢中だった。お腹がすいているのかしら。ポーチを持ってトイレの鏡で軽く整え、彼の迎え側に座った。
「何食べるか決まったの」
「お前がおせーからとっくのとーに決めてんだよ」
「ごめんって」
「うそだよ」
彼が何故か大きな声で言った。
「ドリアがいい」
私も負けずに大きな声で言ってみると「うるさい」と食い気味で突っ込まれた。私は笑顔で店員さんを呼びつけ、食べ物を注文した。彼は肩の骨をだるそうにポキポキ鳴らした。
なんだかんだ気づいたら一緒に居て三年もたっていた。
食べ物が運ばれてきて、彼の口に運ばれるオムライスの卵ちゃんをなんだかじっとりと見つめていた。卵ちゃんはとろけすぎて少し彼の口からはみでそうだった。私はそれを横目で見た。何も考えちゃいなかった。別にいやらしいことを考えてた訳でも、ニヤニヤ口元が緩んだわけでも無い。ただただ、それをじっとり、見ていただけ。
久しぶりに遠出することにしたのだ。電車に乗って何もないとわかっていながらも川原を目指した。なんてったっていい天気だから。電車に一歩乗り込むと、冷房が異常なくらいきいていて肌寒かった。それが今は心地よかった、汗もかいていたからすごく寒かったんだけれど。がたんごとんという音なんてまったく聞こえなかった。長くだらだら電車に乗っているこの時間が好きで、窓には色んな緑色の景色や、色んな名前の駅が映りこんでゆく。電車の中が美術館になったみたいだった。窓が一枚一枚絵に見えた。
普通のデートなんて久しぶりだ。たまには、こうゆうのもいいなぁとウトウトしながら考えていた。なんとなく起きていたかった私だが、彼は途中でウトウト期間を通り越して爆睡モードだった。別に電車の中は何を話すわけでも無かったけれど。だから寂しさもなく自分だけの絵画たちをだらだら眺めていた。
電車を降りると、冷房マジックが溶けて空気が固まってしまったようだった。さらさらした空気に水溶き片栗粉をちょっと足したみたいな…それはちょっとブリッコしたわ。
無人駅に近いような寂しい駅に到着した。少し歩いて古臭いコンビニに立ち寄り、缶ビールとお菓子を買った。私は大好物のチーカマも買った。それを見て、彼は不機嫌そうな顔をしたが、私はにっこり笑った。そこからまたしばらく歩いて、川が見えた瞬間全力で走った。川原の水が、きらきらと
「光ってる!!」
「はいはい」
「夏っぽい!焼肉したい!」
「はいはい」
「おい」
「なに」
「はいはいばっかり」
「…ビール飲むか!飲むか、ビール」
「飲みます!!!!!!」
「うるさ」
二人でビールを開けて、ただただきらきら見てた。私は水でだいぶ遊んでた。だいぶ。彼は無事だが、私はべちゃ濡れ。やれやれといった感じだった。彼は突然私を追い掛け回したり、びしょびしょにしたりしようとしたけど、すぐ疲れてきらきら見てた。彼への仕返しに私はチーカマをちぎって投げたり、石を投げたり調子に乗ったので彼は意味不明な傷やアザがたくさん出来ていた。
はしゃぎ疲れて、帰りの電車は寝ていた。彼は夜の絵画たちを見ていたんだろうか。彼の肩で勝手にスヤスヤ寝てた私はどんだけアホな寝顔だったんでしょうか。
人は皆動物だ。甘えたくて、甘えてほしくて当たり前。
帰りは、彼がうちに来た。だらだら、テレビを見ていた。ただ、だらだらしてた。たまに私が何かの衝動で立ち上がって歌いだすぐらいで、それ以外はなんとなくイチャこいていた。ただ、たまに私が何かの衝動で立ち上がって歌いだすくら
「お誕生日おめでとーーーーー!」
どこかで見たことあるように、部屋のどこかに隠していたプレゼントを彼の目の前に滑り込ませた。スライディングシュート。
「…」
彼は、何も言わずプレゼントを見つめてから嬉しそうに少しニヤっとした。
「覚えてんの」
「当たり前じゃないか」
「…」
「…あれ?」
「嬉しいんだけど」
彼はプレゼントを開けて、ときめいた顔を見せた。中身は彼の好きなものばっかりだったはずだ。何気なく「コレがほしい」と言えば私は覚えていた。陰湿な意味じゃなくて。私はサンタさんになりたかった。サンタポジションを完全に狙っていた。なんで?いつのまにボクの欲しい物知ってるの?っていう風に思われたかった。単純に、自分がそれをされたら嬉しいからだ。
彼は珍しくワクワクが全開に表情に出ていてなんだか私は面白かった。笑い出しそうになった。嬉しくて、愉快で、大成功で、照れくさくて。
「ありがとう」
彼の欲しいものと言えば変わった物ばっかりだった。普通の男の人みたいに時計だとかベルトだとか服だとか、まれにある香水だとか買っても喜びそうに無かった。箱の中身は、望遠鏡、虫の置物、生魚のぬいぐるみ、地球の本。
彼の欲しがる物は子供みたいな物ばっかりだった。子供と言ったって、普通の子供じゃなくて、きっとちょっとだけ変わった子供だ。
私だって人のことは言えたもんじゃないけど。
本当は寝てる間に枕元に置いておきたかったんだけどごめんね、我慢出来なかったのよ。
どうもこんにちは、サンタさんです。
「ねえ今日さ」
二人で布団もかけずに天井を見つめた。
「川でさ、くるぶしから血でたの」
「ふーん」
「岩でも蹴ったらしい」
「俺はヒザとヒジから血が出て太ももにアザができたよ」
「ふーん」
「岩が飛んできたらしい」
「面白いねぇ、君って」
「面白くねぇよ」
「…」
「…」
「てかさ」
「あぁ」
「おめでとう」
「しつこいね」
「…私たち」
「うん」
「…付き合って、どんくらいだ」
「…」
「…」
真っ暗な部屋に、開いた窓から風の音が響いた。
何気ない一言だったのに、しばらくなんの音もせず二人とも天井を見つめていた。飾ってないのに、風鈴の音がしそうな夜だった。扇風機の音が、ちょっとだけうるさい。
「俺」
「…」
「…付き合おうとか、言ってない」
「…」
「好きとかも」
「…」
「言ってません」
ちりん
ちりんちりん
サー
サーーーーーー
ちりんちりんちりん
だから飾ってないって。
ちり
ん
「…」
「…」
「…は?」
極端に大きな声が出た。体制はそのままで、イライラという音と共に焦りと変な汗が私の体を襲った。風の音が、小さく聞こえた。自分の心臓の音が変に耳元で聞こえて、私は鼻で笑ってもう一回
「は?」と言った。
彼は、返事をしなかった。
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