第12話
家に着くと私によって私の家の中がびしょびしょになって、フローリングの床がとても滑る。
お母さんが居た頃は、狭いと思ってたこの家も今じゃ広い。怖くなるほど広いのだ。私は床が濡れるのも気にせずタオルを引き出しから取り出し、風呂に入った。
風呂はもう赤い水の跡ひとつ無かった。私はあの後ちゃんと冷静に掃除したのだ。腫れた頬で、掃除したのだ。得意の、冷静が無意識に出たらしく私は自分で風呂をあの後掃除した記憶なんて無かった。
風呂の鏡に全裸の私が水浸しでうつっていた。頬の腫れはだいぶひいていた。
全裸の私の股間の毛を見て、可哀相だと思った。何故か泣きそうなくらい可哀相な毛並みをしているように見えた。例えば小学校低学年に弄ばれた習字の授業の墨汁だらけの筆の先でも、こんなみじめな姿無いだろうなって位に思えた。
そんなこと、女の子は考えないの!ってカズキに怒られたような気になった。「うっせーな」と呟いた。
うっさいわ。
私はとんがり終えてないのかもしれない。
髪の毛を無心で乾かしてから、雨の音を聴きつつぼーっとしていた。お腹もいっぱい。なんだか世界がこの部屋の中しか無いんじゃないかと思い始めた。妄想だけど、妄想が前よりも思い浮かばなくて突如お父さんとお母さんの喧嘩を思い出した。
私の頭や、体の中のすっごく遠いところにしまっておいてあった記憶だった。
私は家族の完璧な部分しか、信じてなかったのかもしれない。お別れになる直前だけだ。そうだ。
眠りたい。眠ってしまいたい。金も無い、考えたくも無い。何も。
心病んでいたよりはきっと、私はだらけてるんだ。きっとそうよ。
自分の息をする音が、爆音で聞こえた。嗚呼、
突然、涙が目から脱走し始めた。
連想するのはクラゲ。異常にやわらかいクラゲ。目の中から、異常にやわらかいクラゲが脱走。脱走した後は、水になる。
すごい量の、水だ。きっとあの時の、ぺちゃんこのカエルも、頭の中の小さなカエルのおもちゃも、私の目から出て行く水で泳いでる。
滝みたいでしょ。
ウォータースライダーだぜ、喜べ。
「えぇぇぇええぇっぇっぇぇん!!」
声を上げて泣いていた。父が死んだときの母みたいに。誰か、誰か、助けてください。
悲しくて、悲しくて、寂しくて、寂しくて、助けてください。溺れさせて下さい。私を黙らせてください。
「うぁあぁぁああぁぁん!!」
声が枯れそうだったので、とっさの本能か、水分補給に外に出た。
叫んだ。死ぬほど叫んだ。自分でも訳がわからないほど。遠くに。
のどから血が出そうで余計悲しくなった。もう、腹が立つという感情はゼロだった。悲しかった。綺麗事を言うと、誰か私とセックスしてじゃなくて、誰か私を愛してくれじゃなくて。仲良くしてくれでも、構ってくれでも、無くて。
父さんと母さんの、笑った顔が、見たぁぁああああぁぁい。
見たい、見たい、見たいよう。三人で、居るときじゃなきゃ、だめだよ。ていうか、昔みたいじゃなきゃ、だめだよ。
だめ、だめ、全然だめよ。私、一人じゃ全然だめよ。だめ。やだ。やだ。とにかく、いや!!
唇が震えた。
何故か、誰ともすれ違わなかった。雨が、ぴちょんぴちょん私を叩くじゃないか。
やめて。
暗い。明るいのに。
どれだけ、歩いたんだろう。どれだけ、泣いたんだろう。疲れてふらふらと歩く頃には、昼なんてとっくに過ぎていて。
立ちくらみがして、私はよくわからない場所のよくわからない河川敷に向かって転がり落ちてしまった。
このまま、顔とか虫に食われてメンドクサイことになって人前に出れなくなってまたきっと怖い悲しい言って泣くんだわ。もう、どうでもいい。
もう。
キラキラと、安っぽい宇宙にアトムが飛び交う夢を見た。何も喋らず、音も無い。
そこからは、テレビみたいな画面が出てきて、お父さんとお母さんがビデオレターみたいに私に手を振っていた。
「元気~?」
母が無邪気に手を振る。
「そらちゃん、元気か」
父がニヤニヤとしている。
「今、宇宙でーす。どう?最近、楽しい~?」
「そらちゃん元気ないのか」
父がまじめな顔に戻る。するとそれにつられて、母も悲しそうな顔をした。
「ドッキリだってば。」
「違うだろ」
「あんまり怖がらせないであげなさいよ、ね~?そら」
「そらちゃん、懐かしいだろ。俺の元気な顔」
「やーだー♪ちょっとそれ面白い」
「そらー」
「呼びすぎー!!今しゃべれないんだから。(笑)最近面白~い♪あなた最近面白いよ~~」
「そらちゃん、げんきげんき」
「まあ、、
起きて」
バシャアアアアッ!!!!!!!!!
冷たい顔面に水が突然大量に降ってきて、のどにつまった。ゴホゴホむせて、涙が出た。大量に水を飲んで、具合が悪い。苦しくて立ち上がるが、ふらついてまた倒れた。鼻からも水を飲んでしまい激痛が走った。
「ゴッホ!ゴホゴホ!!おえっ!」
しばらく咳と戦い、誰かが大笑いする声に気づいた。
はっとなると、今が夕方だということに気づいた。雨も、降っていない。もうやんだらしく、もう外は暗かった。
息を整えながら、笑い声のほうを見る。
バケツを持ったいかやき野郎が立っていた。仁王立ちしながら、大笑い。バケツは家から持ってきたらしく大きめで、水をかけられたんだとわかった。
とにかく鼻が痛くて、ずっとむせていた。彼は笑うのをやめた。しばらくして
私の息が整うと、彼が言った。
「ごち」
私の財布を、私に投げた。何故か腹も立たなかった。あぁ、私の金だったのね。コロッケ定食。そのくらい。なんてみじめなんだろう。なんて、屈辱なんだろう。黄土色の上着も、あんたのか。彼の目をずっと見つめていたが、濁ってはいなかった。だんだんといろんな感情がこみ上げてきそうで、無心のうちに黙って帰ろうと思い、財布の中身を確認した。
さ
さんまんよんひゃくごじゅうえん。
「…」
さ
さん
さんまん「ん」
彼がビニール袋を差し出した。中身はコンビニオニギリだったが、食欲をそそった。ぼーっと彼を見つめていると、彼は噴出すように笑った。
「顔が!」
また大爆笑された。虫に食われていた。パンッパンだった。そんなこと、気にせず私は叫んだ。
発狂した。世界に。
絶望した。
自分に絶望。
そこからは、またのどから血が出るくらい泣いて、彼は黙ってその近くでオニギリを食べていた。ずっと「寂しい」だとか「悲しい」だとか叫んでいた。冷静な私が~…だとかどうでもよかった。
笑って欲しかった。
私、笑って欲しかった。
どんな時も。
私は視界にチラッと入った財布をあらためて見てから絶叫と呼べるほど叫んだ。
「図々しいなぁ、死ねよ!!!!!」
のどからチが出ました。
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