第8話
結局のところ夢にうなされ今日は一睡も出来ていない気持ちでいた。
昨日雨にあんだけ打たれたので、本当に体調が良くなかった。つまり、ステーキなんてもの本当は助けて欲しかった。そもそも、体調が悪いのを伝えたのになんでステーキという選択肢になったのよこのバカは。まあまあの値段でおまけに割り勘。味は、覚えていない。
不愉快で不愉快で、本気で別れを考えてぼーっとしていた。帰り道、私があまり喋らずにいると、カズキは
「おいしかったーあそこのステーキ屋いってみたかったんだよ!俺」
私の心には「あっそ」の泉が広がった。
「体調は?」
「だいぶ良くなった」
悪化傾向にあります。
するとカズキは嬉しそうにカバンから何か取り出す。
「はい」
「え」
「誕生日おめでとう」
ピンクの包み紙に、大きなリボン。そうか、今日は私の誕生日か。そう思った瞬間、感動と共に先ほど割り勘だった件とディナーがステーキだった件に無性に苛立ちを覚えた。
とは言え、私は喜んで包み紙を開けた。中身は無駄に高そうなくまのぬいぐるみだった。地面に叩きつける夢を見たが、私は「ありがとう」と微笑んだ。
小学校の時、私が「好きで好きでたまらない」と言って毎日モノマネしてたキャラクターのグッツを、飽きた頃にお父さんが「ちょっと目瞑ってて、まだだよ、まだ、いいよ」とか言って無邪気に全種類買い揃えてきたのを思い出した。
グッツを全種類。つまりぬいぐるみから絆創膏からハウスキットみたいな大きなやつまで。私の学習机に綺麗に並べて「そら、これで毎日どれで遊んでもいいんだよ。楽しいね」って。もう飽きたっつーのなんて全く思わなかった。嬉しくて嬉しくて、お父さん大好き!って思った。
それが私の人生で至上最強に極上の誕生日よ。
第一、誕生日にお金払うなんて初めてだこのフニャチン小僧。
お父さんの優しさを思い返し泣きそうになったのをぐっと堪え、帰りに自分にケーキを買うと決意した。
誕生日に「こんなものしかお金なくて買えないけど」と言って「気持ちだけで十分だよ」と言う人が居てその会話の意味もすごくわかるし素晴らしいと思うが、今回に関しては気持ちだけで十分とか言っちゃいられなかった。
欲しいもん買ってくれ。
とんがってる時期ってーのは常に「なめんなよ」って思ってるものよね。
何を期待してか私は、あのラーメン屋さんに行った。お腹もすいちゃいないし体調も悪いのに何をしていらっしゃるのかよくわからない。ぼーっとしていた。「いらっしゃい」と言われたので割と大きめの声で「こんにちは」と言ってみたが、笑顔も無くスルーでした。はい。ありがとうございます。
帰りに、ケーキを一瞬買った。食べたくもないのに。明日の朝食べようかな。いや、冷蔵庫はトマト地獄だった。完全に胃がもたれている。即座にケーキを返品。何をやっているのでしょう。
お父さんの極上の誕生日によって私は小さい頃から自分の誕生日を粗末にされるのが一番嫌いだった。それで泣いたことだってある。
「ただいま」
「ヒャーーーーー!!!!!」
帰った瞬間大号泣されてしまった。この大きな赤ちゃんに。クソババア赤ちゃん。ネーミングセンス30点。ステーキにラーメンに胃の中がすごいのよ、自殺なんですけど。
「なんで。なんで。なんで。」
「なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。」私の目をじっとり見つめる母の声。途中から一緒に私も「なんで」と口ずさんでいた。
のっとられたみたい。だね。
頭に何者かに穴を開けられて、空気が抜けた気分だ。リボンをした。わかったってば。お母さんは泣き止んで、何か楽しそうにはしゃいでいた。たまに母が床に叩きつけるトマトが、片付けてないから最近部屋が臭い。もう常識がどこにあるのかわかんなくなって、目が回った。くさいのだって少し前から気づいていた。それが、普通の人間の私。
トマトが床に散らかって腐りかけた室内で大きなリボンをつけた二匹のキチガイが暮らしている。ハエが飛んでいる。あのすざきマーケットの汚い小部屋よりうちの方がずっと汚い。そんなの、気がつかない。普通の人間同士しか。
目なんてそらしてない。見えている。視力も自慢。聴覚だって嗅覚だってそうだ。
「そらちゃん」
ニコニコした母が、何か持ってきた。
「お誕生日おめでとう」
誕生日ケーキだ。真っ赤で、トマトとケチャップで出来ていた。イチゴの部分は、カリカリ梅だった。ケーキかどうかもロウソクが刺さっていないと認識出来なかった。お皿に乗った赤いカタマリが私の目の前にスライディングしてきた瞬間、頭の中で半裸の妖怪顔でかヒールが行進してた。先頭が鍵盤ハーモニカを吹いている。最後尾は旗をふり、旗には「極上バースデー」の文字。その映像を頭の中で何度も、
早送り 巻き戻し 早送り 巻き戻し
キリキリなるビデオテープが、真っ白な部屋で爆発して、また私は真っ白な空間であのまずい赤い毒を吐き出した。やだ。、やだやだ。
足元にはつぶれたカエル。まだ可愛いやつ。
つまりはもうよくわかんなくなっていて、それから外でもリボンをつけた。
私はキチガイの母によってそれが普通になった。私の中ではそれが普通の人間だ。文句があるやつはかかってこい。
洗脳されているという噂が立った。つけ睫毛の金髪爆発頭の化け物が私を恐怖の目で見つめた。お前みたいなクズは、みんなと違うやつをいじめなきゃだめでしょうが。いじめなさいよ。かかってきなさいよ。笑いなさいよ。何怯えてんだよ。クズにさえ、なれないの?
洗脳?
現にされていたのかもしれない。母がおかしい事はよーくわかっているはずなのに。はずだったのに。はずなのに。母の機嫌が良かった。
カズキをカフェに呼び出した。
「最近どうしたのそのリボン」少し笑われたくらいで、カズキはこのリボンをファッションだとでも思っていそうないきおいだった。「そういう気分なのよ」と言った。私も私ですね。偏見がないところは、好きなところだった。バカなところは、嫌い。
「あのね」
「失礼します」
ブラックコーヒーが私の目の前に置かれ、女子力満点ホイップの乗った甘いキャラメルラテはカズキの目の前に置かれた。いらっ。うん。そういうことだ。そう思った。深刻な気持ちが少しだけ楽になった。
「別れたいのよね」
「えぇ?!」
ニコニコ笑顔から一変、カズキがキャラメルラテを私に向かってこぼした。「あぁ、ごめん!」と慌てて挙手して「すいません」とお洒落なカフェでバカみたいに大きな声で店員を呼ぶ。誰も反応せず。
「おしぼりを」
私が手を挙げて冷静にいうと、やっと店員が焦ってたくさんおしぼりを持ってきた。
「…冗談?」
「ちがうよ、ごめんね」
「おかあさんのこと?」
まあそういうことにしておこうか。
「そうね、そうなの。しばらくカズキのことを考える余裕がないわ」
「…すみません、ホイップのキャラメルラテ、無料でもうひとつ」
無料でって。
世間で言えば、私の母はキチガイに値するかもしれないが私にはこいつの方がキチガイに見える。
「俺」
カズキは私の目をじっくりみた。
「空のこと、大好きなのに」
何故か目頭が熱くなり、気が狂いそうだった。なんの妄想も出てこないままカズキの目を見つめて何かと錯覚した。
「なんで。」
なんで。
何かと、錯覚した。
連呼すればするほど、カズキは怯えた。
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