第7話

それから家ではリボンをつけた。

外ではさすがに付けられない。だが私はこれを機に、家に帰りたくない病が治りつつあった。リボンをつけているいつもと違う自分にまんざらでもない気持ちでいた。

学校ではよくお母さんのことを聞かれた。「すごく元気で部屋中飛び回ってますよ。嘘ですけど。」と常に明るい声で答えるばかりだった。

たまに

理由も無しに人をぶん殴りたいという気持ちの波が押し寄せて来る。

だいたいのとんがってるやつは弱そうなやつをいじめる傾向にあるが、私は衝動に身を任せて生きていたので目の前にいる誰彼かまわず引っ叩いていた。どんな状況でもそんな気持ちの波が私を煽ると衝動に身を任せてしまう。スリッパでも持ち歩いてしまおうかと思った。エスカレーターの前に立ってるお姉さん。すれ違う自転車に乗った子供。前の席のブスのクズ。たまに激怒されると、喧嘩になるのはめんどくさいのですぐに土下座していた。土下座の体制になるまで1秒もかからなかった。

土下座するたび、すざきマーケットに居たアトムが脳みそを高速で通過した。

耳元で鳴る「がたんごとん」に「ストン」が混じって、いつでも高速で耳鳴りのようだった。白い空間にあるカエルの山積みのおもちゃが全部赤だが、何も怖くなかった。

私は、怖いのと疲れるのと辛いのと痛いのと出来ないということが嫌いだった。

つまりは普通の人間のお話です。なんて素直でしょう。

カズキという彼氏が存在するにも関わらず、クラブのど真ん中で一人で突っ立っている時に話しかけてきた清潔感があるやつとはキスをした。

もちろん、そんな気分じゃない時はしなかった。

夜、仕事中は常に引っ叩きたい気分だったので我慢した。

だって私はお金が欲しかった。人間だもの。

なんて素直でしょう。

兎にも角にもね、衝動!!衝動!!

「あのさ」

女の子が待機する狭くて狭くて狭い部屋で、あの嘘くさい女が話しかけてきた。

「はい」

「最近、仕事中ぼーっとしてる?」

ヤンキー口調がとてもわざとらしくて喉がイガイガした。

「お前のためを思って言ってるんだよ。こんな言い方しかできねーけどさぁ。」

「周りの空気を読んで生活するなんてこと生きててあんまなかったでしょう。わかるよ?難しいよな。はぁ」

ため息をついた後、こっちを見た。

「あたしと一緒だよ。」

一緒かーい。

「私でいいなら頼ってよ。私なんて間違って長く続いちゃったようなものなのに、今となっては、お客様が入ってきた瞬間声のトーンが勝手に変わっちゃう。自分でもびっくりだわ。わざとじゃないんだけどプロになっちゃったんだなーって。ここだけの話、昔とんがってたからさ。いろんな経験してんのよ」

違和感というのはきっと「自称」から生まれる。「私はこうだ」と自分で説明をされるとよくわからない違和感が生まれる。昔からそうだ。私は自分のことが一番わからない。これから一生わかるはずもない。普通、そうではないのか?「自称」と「願望」は口に出すことによって紙一重になり、麻痺するものなんだろう。それは理想のモノマネだ。私はそんな薄っぺらい仮面を被るのはごめんだし、そういう人は理解できなかった。

「ルミさんは本当苦労してきてしっかりしてるよ、生き方を尊敬するの」

もう一人の女が、マスカラをしながらそう優しい声で言った。ルミさんとは、この嘘くさい女の名前だと思う。名前も初めて知った。

「かっこいいのよ、ルミさんは。ずっと。いう事も全部」

「やめろって。苦労なんかしてないよ」

茶番とはまさにこのことでした。将来子供に「茶番ってどうゆう意味?」と聞かれたら私は今の会話を黒板に書いて「はい!!これです!!今日の授業終わり!!」

「そう思わない?」

女が、私の方を見る。眉間にシワがよった。

「…特に」

しばらく言い訳を考えたが、めんどくさくなった。嘘はつけない。気味が悪い、嫌いだ。少しだけ、鼻で笑ってしまったのが癇に障ったらしく。しばらく時が止まったあと、「ばかにしてんだろ」と始まった。

あーめんどくさい。もう土下座をするのもめんどくさかった。1秒で出来るのにちくしょう。

世の中は、面白いものでなんか溢れちゃいなかった。

「してないです」

「てかてめールミさんなめてんだろ」

「なめてないです」

そいつは、まるで不良高校ドラマでも見たかのように壁を殴った。飽き飽きとした。

「なめてんだろ。もっとあげろよ、先輩だろ。」

「あげる?どこに?」

「は?ルミさんだぞ?」

彼女がルミさんを指差した。

「へんなの。きちがい」

「おまえ、それはちげーだろ」

すごくかっこつけたキレ方だった。私はけなしてもいいけど後輩をけなされるのは~の後に続く台詞を考えるのも飽き飽きとする。とにかく、吐きそうにぐるぐるとした。

なんてめんどくさい。今までの嫌なことが写真になって頭の中を走る新幹線の窓に次々と張り付いてる。なんだこりゃ。ルミさんという女は、私の胸ぐらを掴んだ。掴み返すことは、疲れたからしなかった。

ポケットに果物ナイフあれば警察に捕まることだって出来るのに。てえかぶっ刺すまでもねえよお前なんか。

ふと一瞬目をつぶると、サーカスのステージだ。

全裸の太ったお姉さんがキリンの首にしがみついて離れない。口が真っ黒な私がはしゃいでいる。小さい頃だ。赤いカエルをキリンにむかってたくさん投げた。

目を開けた。

足元には、つぶれたカエル。かわいいやつ。

「何が違うの」

「ああ?」

弱いくせに、くだらない。私はルミさんの顔にブーッと、子供の頃したようにツバをかけた。ルミさんは顔を真っ赤にして何言ってるかわからないくらい大声で私に怒鳴った。

見た目がヤクザみたいな店長が止めにきて、何故か私だけ外に引っ張り出された。ルミさんは私を見て嬉しそうにしていた。

外に出ると、雨が降っていた。ドレスがすごく寒かった。謝れ。どいつもこいつも。被害者は私だ。こんなに必死で嫌な事を我慢してきたのにどいつもこいつもわかってくれやしなければ邪魔ばっかりしやがって。

頬を一発殴られた後、何言ってるか分からないくらいデカイ声でデコをピッタリくっつけて怒鳴られた。何が起きたのかも何を言われてるのかも全然わからなかった。何故だか、すごく納得がいかなくてすごくムカついた。全員叩きのめしてやりたかった。てめえら、ザコのくせに。私はとんがっているんだ。

頬がじんじん痛かったので、何喋ってるかわからないうちに顔面を殴り返した。私が強いという根拠はどこにもないが完全にキレてしまいそうだった。いつもなら面倒臭い事は避けるが、うんざりというモードだった。とんがっていた。とんがっている若者というのはつまり、何も怖いものなんてないと思い込んでるのが強みで最強で無敵だ。イライラして止まらなかった。生理なのもあります。アイアム生理が二日目です。生理中のとんがってる若者は、最強にとんがっているんだ。

もう一発殴ると、殴り合いになった。私はちっとも折れず、手加減も無しに殴った。しばらくすると思いのほか頬を押さえて何もしゃべらず、店長は静かになった。歯がどうにかなったらしい。このテカテカの髪の毛を後ろに追いやったオールバックのやくざが見た目倒しなこともなんとなくみんな察していた。

なぜ人は人を怖がらせるための言葉や格好をするのかね。

店長を外に放置して小部屋に戻り着替え終えた後、席につく女とルミさんを引っ張り出してドレスをまくって頭にかぶせた。パンツも何もかも丸見え。ドレスの中から泣き声や悲鳴が聞こえた。傷を負わせるなどどうでもいい。傷がいい場所についてしまって逆にカッコつけられても困るので、辱めてやりたかった。

外にいたやくざ店長が走ってきて、涙目でまた私を引きずり回した。テーブルの赤ワインボトルで股間を思いっきり殴った。苦しむ店長の白いズボンに、赤ワインを注いだ。店長の股間は真っ赤に染まり店長にも生理が来ました。

周りから見た私はきっと、キチガイ最上級。

ルミさん指名のお客様たちが怒鳴りまくっていた。なんにも聞こえません。こんな場所に来るってことは許すが、こんな女に引っかかるてめーらは、ザコなんです。お客様達が、私の頭を思いっきり引っ叩いた。髪の毛も引っ張った。一人、精一杯怖そうなお客様に髪の毛を鷲掴みされておでこをピッタリとくっつけられ、ニヤリと笑われる。人生恐怖映像ベスト10には完全に入るほど鳥肌が立ったが、むかつくので私も負けじと微笑んだ。頭の中はおむつパーティー。足がガクガクした。

「…」

逃走。必死で取り押さえられて色々引きちぎれてほぼおっぱいが見えそうです。

早朝だが外は雨で、誰も追いかけて来ないのが逆に恐ろしかった。

家の前で周りに誰も居ないか何度も何度も確認した。べちゃ濡れでやっと家にはいると、すっごく寒く感じた。テレビで首から上がパンでできた奴が「顔が濡れて〜」みたいなことをぬかしてた。液晶にむかってボックスティッシュを思いっきり投げた。

ふざけんじゃねーよ。お前はびしょびしょのビリビリでおっぱい見えそうな格好で走ったことあんのか。そのくらいの経験してからヒーロー名乗れ。愛でも勇気でもどっちでもいいから私に君の友達を紹介してください。

母は寝ていた。

なぜか今日もアトムだった。

部屋の扉を閉める。少しだけ安心した私はバイト先の連絡先を全消ししてから、とにかく疲れたので昼間まで寝ている気だった。もう、十分稼いだでしょ。お疲れ様、自分。自分自身が最大の味方よ。バイトハチャメチャばっくれ記念日おめでとう自分。腰も頭も顔も痛い。鏡に写る私の口から血が出てる。鞄に入っていたお茶でうがいをして、母のところに戻るのもなんだか起きたら面倒なので窓から水を吐いた。もうどうでもいい、なるようになるだろうと思ってた…時にカズキから電話がきた。早朝だぞコラ。

舌打ちとともに、機嫌悪いのを隠し出る。

『おはよ。今日ひま?』

「おはよう、土曜日じゃんか」

『ランチに行こう、この前のとこ』

「具合が悪くて。昼過ぎから会うのじゃだめかな」

寝たい。

『大丈夫?お見舞いいくよ』

なんて面倒くさい。

「大丈夫、ありがと」

『ほんとに大丈夫?なんか食べたいものでも買っていくよ』

「食欲ないの。ありがとう、今日はお母さんもいるから。一回寝る。ごめんね」

夜働いてたことは、カズキに言ってなかった。あーもう、会いたくないのよ。ムラムラしてる訳でもないわ。

『わかった、本当に大丈夫?むりするなよ。強がってない?』

うっせーな。大丈夫じゃないとしたらあんたのせいでイライラしてることぐらいです。と性格の悪さが全開だったが、それも現在とんがってることにより許されてる気になっていた。

「うん、おやすみ」

電話を切った。ため息をつく。やっぱり寝る前に風呂に入ろう。そう一息してそーっと部屋の扉を開くと、すぐ目の前に母が立っていて驚いた。硬直したまま二人、朝から見つめあった。

「おはよ」

「キャーーー!!」

悲鳴をあげられる。黄色い声だ。

「あんた、リボンをしてない!!」

母が奇声をあげた。そこからは母は頭を抱え、黄色い音を出しまくっていた。暴れていた。アトムのカツラを自分の頭からむしり取ってぶん投げていた。網むき出しの頭で暴れていた。それ、放送していいんですか?私は急いでリボンを探した。もし見つけて装着したらこの目覚まし時計が止まると思った。

「なんでーぇえ?せっかくあげたのにぃいー!!!!」

そうゆうあんたも今日はアトム。

「ちょっとまちなよ」

言葉は落ち着いてるが、手は焦っていた。落ち着け。落ち着け。

「ひゃああああー!!」

黄色い声。見つけた!私の視界にりぼんが、見えた瞬間、拾い上げてすぐさま装着し母の方に振り返った。

母が真顔になり、黄色い声の目覚まし時計が止まる。

私は息を飲んだ。

しばらくの沈黙のあと、母が微笑んだ。

「似合う」

母は振り返って、私の部屋のドアを閉めどうやら着替えてるようだった。その日は風呂に入り、目を瞑ると母の目覚まし声の夢にうなされた。黄色い声が止まらず地獄だった。耳がキンキンと壊れそうだ。ああ、私が何をしたって、言うの。

私がさ、何をしたの。

「体調大丈夫か?」

カズキが頭を撫でてきた。癇に障ったが、私は微笑んだ。お父さん以外の男に体調を心配されるのはとても腹が立った。心配したところで医者でもあるまいし何もできない癖にふざけんじゃねえよ。

※父も医者じゃありません。

「どこいくの?」

「空が寝てるからーいつものカフェはやめようと思ってー。」

「ごめんなさいね」

「ステーキ屋さん。予約したんだけどどう?なんか食べたいもんある?」

ステーキかよ。重。予約したのに聞くんじゃないわよ。

「私、パスタがよかったな」

「こら。わがまま言わない」

カズキが私の頭を叩く。私は「えへ」と、照れて微笑む。

頭の中で何度もこいつをマシンガンで乱射した。

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