第6話
「「「 おかあさんは
スーパーマーケットのトマトを りょうていっぱいに
いえにもちかえろうと おもったみたい 」」」
家の近くのすざきマーケットというスーパーに着くと店の人に案内され、裏の小さくて埃まみれの部屋に連れてかれた。
すざきマーケットは、地方の田舎にあるような少しぼろぼろのスーパーで、何より東京にしては野菜が新鮮で安く買えるとこの辺じゃ有名だった。
裏の小さな部屋は、ドアが閉まっていて、ドアを開けるとうちのアトムがアトムバージョンそこにいたので私は寒気が止まらなかった。トラウマでおもらしをしそうだ。母と店長みたいなおじさんの間にあるテーブルにはトマトとりんごが大量に積んである。とっさに目をそらす。ハエが飛んでいる。壁際に積まれた段ボールや、書類の山。ゴミ箱からはみ出たお弁当のゴミには、米粒がいくつも目に見えた。吐きそうだ。目が回る。
母はというと、機嫌がものすごく悪そうだ。
「ごめんなさい」
私は、遠慮がちに店長に頭を下げる。
「娘さん?」
「はい」
「…可哀想だと思わないのかね」
店長さんが、母に視線を移して問いかける。その、ため息交じりの台詞に私は更に深く下げた頭をあげられずにいた。
別に私は可哀想なんて自分でも思わなければ、他人が可哀想だとかなんだとか思おうと、さほど何にも影響しなかった。
「財布でも出せば」
私がやっと頭を上げて母にそう言うと、母は怒りの目で私を見た。唇の震えと目の充血によって、母が化け物に見える。
「だってね、家がね、せっかく楽しい毎日だったのに。すっごく綺麗な赤色で、素敵だったのに」
「それとこれとは、別よ」
頭の中の真っ白な空間でわたしはひたすら、狂ったようにゴボウを折っていた。大量のゴボウ。白い服が泥だらけ。ゴボウなんてそんなに好きでもないのに、真っ白な空間には、必死でゴボウを次々折って、ひきちぎって、時には歯で噛んで、砂だらけの口で、
「娘さぁん」
店長さんが、私を影に呼んだ。
「あのねえ」
優しい口調で、白髪混じりの剥げたおじさんが言う。この人は息が臭くて、私はこっそり息を止めた。
「お母さんじゃ、話にならないしきみもきっと言わないのだろう。でも、大変かもしれないけど、おせっかいだが、」
頭をぽりぽりかく店長さん。
「お母さん、病院につれてきなよ」
「なんででしょう」
「お父さんは、居るの?」
「なんですか?」
「ここに娘さんが来るってことは、母子家庭?しかも長女?病院の電話の仕方がわからないなら、代わりにしてあげる。あれじゃあ、あまりにもだもの。ほら、目の黒い部分が開いてるでしょ。昔、強盗が入った時の強盗犯と同じ目だわ。しかも、なに?あの格好。気持ちの悪い」
気がついていた。瞳孔がたまに全開なことくらい。さあ、どう言い訳しようか。私が考えてるのはそんなことだった。腹が立つ訳でもなく、仕方ない。これは、仕方ないこと。だって
うちのかあちゃん気持ち悪いの?
じりじりじりじり
じりじりじりじり
台詞を、台詞を考えた。
「母の何が悪いっていうのよ!」
「母はいたって普通です」
これは私ごと病院にぶち込まれる可能性がある。
「人の母をよくそんな風に言えますね。」
喧嘩になって警察を呼ばれたらたまったものじゃない。
冷静に頭をフル回転させた。店長らしきやつが、私の顔を見つめる。あまりにも口が臭いため、だいたい息を止めた。顔をこっちにむけるなと怒鳴ってやりたかった。店長の目の中の兎が、こっちを
「母は今、治療中なんですよ。」
慎重に言った。
「今日は本当にすみませんでした。」
しばらく笑顔で誤魔化したが、店長はせっかくの心配を無視したのをとても怒ってる様で顔がまっかっかになりそうだった。空気が重い。じりじり。じりじり聞こえる。何の音?何の。沈黙の時間を、破壊した。
心配してなんて頼んだかよ。へんなおとな。
私は土下座をした。屈辱だとは思わなかった。私がお金を払った。
家に着くと、23:45だった。まだ、15分ある。
鼻歌を歌いながら母が冷蔵庫を真っ赤にして行く。「今日はカレーね」と言ってはいるが、その材料でどうやって作るのよ。
なぜか分からないが今日という日に意味もなくこだわってた私は目をつぶって妄想でサーカスでも見ることにした。ピエロたちが全裸でゾウの上に逆立ちしてる。なんだこりゃ。
こんなサーカス見たことない。
さっきゴボウで口が真っ黒になってしまった私が無邪気に拍手をする。
「空」
母の声で目を開けた。ストン、ストン、と音がする。
「トマト、食べる?」
母が振り向いた。目が真っ黒だ。
カズキの名前を呼んだ。誰か抱いてください。どなたか私とセックスしたい方はいませんか。頭の中は著名活動中。選挙カーにでも飛び乗っちゃう。てーかもはや飛び乗ってる。面舵いっぱい!
しばらく何故か朦朧としていると、目の前に真っ赤なカレーが置かれた。これはどうゆうレシピで作ったのでしょうか。
見上げると、真っ黒な目をした母が、「お食べ」と言った。もう一度おもらしをしてしまいそうだ。
食べなきゃだめでしょうか。これ。
つまりは寂しかった。もう23:59だ。
その日から私は、「俺昔とんがってたからさー」と、ダサい台詞を吐くおっさんのセリフにそったようなとんがり方をしていた。
私はそんな過去にとらわれたダサい言い方はしない。
私は今、とんがっています。
バイトを始めた。薄暗いところでお酒を飲んで、おじさんの隣でドレスを着て笑っていた。グラスのフチにふやけたスナック菓子がついてるのを見たとき、吐き気がして目が回った。自分の笑い声にめまいがして、もう聞きたくないと思うようになった。
この世には、勘違い男がとても多かった。
客を待機する小さな部屋はいつもタバコくさくて、女の子はといえば、全員大嫌いだった。
きがつくとクラブのど真ん中で一人で突っ立っていた。店の女の子達の媚びた目が頭を高速で行き来した。私は人に媚びるということが元はと言えば嫌いで、そんなやつを見るのはもっと嫌いで、人を騙すような嘘をついたことも生まれてこの方少ない方だった。だから、長くここにいるやつらや、こんなところで上に上がってるようなやつはくだらないと自分のことを棚にあげて思っていた。棚にあげて。自分が一番、しょうもなくない。
世の中金。
「私ここ長いから、なんでも言いなね。私、みんなの相談役なの。でもね、私みたいなスタンスは、お手本にしない方がいいよ。」
小さくて臭い部屋で嘘くさい女がそう自信満々に私に微笑みかけた。私はなぜか、みんなに慕われてるこの人に一番違和感を感じた。
くさいっ
「ただいま」
ストンストンと音がしない。母は何をしてるのでしょう。部屋に入ると母は、鏡を見て何かご機嫌だった。
「おかえり」
母は私に気がつくと、立ち上がり近づいてきた。後ずさりはしなかった。そして母の頭の上についた大きなリボンの全く同じ物を私に渡してきた。
「見つけたの」
「そりゃよかった」
「つけてみて」
「後でね」
「つけてみなさいよ」
母は私の頭にそのリボンをつけて鏡に誘導した。鏡には、キチガイが二人写っていた。
「かわいい。やっぱり、似合う」
母は嬉しそうだ。
母が女王様で、私がお姫様みたい。そう一瞬でも思ってしまった。なんて気品があるのだろうと。なぜそう思ってしまったのだろう。
それはきっと私が少しだけこのリボンが似合ってしまったからだ。そうに違いない。私はまともなのだからと、ぼんやり自分に言い聞かせながらぼーっとしていた。
私は母の方も見ずに、鏡の中の自分の目の中の兎を見つめていた。
「私はね、」母が私の肩に手をやり、顔の横に顔をつけた。
「毎日、このリボンをつけてようと思ってるのよ。内緒だよ。ばれてると思うけどね、ふふっ!」
昨日会った鉄腕アトムはどこの「私」なんだろうか。
「そうなんだ」
「空も、そうする?可愛いし。」
「いや、私は別にいいや」
「え?」
急に母の声がドス黒くなった。
「するする、つける」
私は鏡から目を離さなかった。鏡の中の私の目ん玉も黒くなる夢をみて、その夢を自分で見逃した。
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