雪男つぶやいて兎がはねた!

青樹加奈

雪男つぶやいて兎がはねた!

 情報商材買う人って、どんな人達なんだろう。やっぱり、人生の逆転狙っているのかな?

 書いてある通りにやって、誰でも成功出来るなら、世の中お金持ちだらけだと思うんだけど、、、。

 情報商材書いたうちの社長に言わせると、成功出来ないのは書いた通りにやってないからだって。でも、それって、詐欺じゃないのかな? みんながみな、実行力があるわけじゃない。

 私は情報商材をツィッターで宣伝する仕事をしている。社長曰く、ツィッターでフォロワーをドーンと増やして宣伝文句をバンバン流せって言うけどそんなにうまくいくわけない。

 でも、これが仕事だ。今のご時勢きれい事を言ってたら、あっというまにホームレスだ。

 私はツィッターの画面を見た。

 社長が「100%フォロー返しする」っていう奴を検索してフォローしろっていうのよね。そういう人達って同業だと思うんですが?


――今日はとってもいい天気! 近くの公園に桜が咲いてましたーー!


 私は桜の写真と一緒に情報商材とは関係のないつぶやきを流した。たまには商品と関係ない話をしないといけない。営業の前振りと同じだ。

 さてと、次の顧客はどうやって見つけよう。桜つながりで探してみようかな。

 私は桜で検索をした。この季節、桜の話題は多い。写真もたくさん上がって来た。その中に一際きれいな写真があった。私はその写真に思わず見入っていた。


――花は咲く、花は散る、満開の 幻浮かぶよ 桜花さくらばな


 ふーん、この男の子、きれいな物が好きなんだ。どうして幻なんだろう。

 自己紹介みたら25歳? 25歳?

 嘘! 少年かと思った。


――コーヒーとミルク。絡まる螺旋。カフェインが白を凌駕する。


――ベ○ツの黒、ト○タの白、ホ○ダの赤、透明な風が染まる瞬間。


――ぎゅうっと酸っぱい黄色。丸善のぎゅうっと酸っぱい本。


 これは短歌? それとも詩?

 ハンドルネームは雪男ゆきおとこ@サガルマータ。

 サガルマータってどんな意味なんだろう。

 私はなんとなく気になってフォローした。


 夕方、仕事を適当に切り上げて家路についた。満員電車に揺られいつもの駅で降りる。信号の向こうのコンビニで夕飯の弁当を買って、店を出た。ふと見ると、ショーウィンドウに自分の姿が映る。コンビニ弁当を下げ安物の服を着てファウンデーションの浮いた荒れた肌の女が映っている。パッと見、四十代にしか見えない。私は急ぎ足でその場を離れた。鬱々として1Kのアパートに帰る。

 離婚して半年。実家に帰ろうかと思ったが、どうにも帰りづらかった。食べていかなければと職を探したら、今の会社が雇ってくれた。三十過ぎの資格を持っていない私のような女をよくもまあ正社員にしてくれたと思う。

 仕事は営業兼倉庫係といった所。注文が来たら、商材を梱包して発送。空いた時間はツィッターにセールスつぶやきを流したり、ダイレクトメールを作ってFaxしたりする。ホームページからダウンロード型の多い情報商材に対して、うちの会社は相手に物を送る。DVDがメインだ。ネットでダウンロードが主流なのに、何故? 

 社長に聞いたら、商品が高額の場合、物を渡さないと人は納得しないのだという。逆に物を渡せば訴えられないのだそうだ。

 原価1セットあたり千円の商品を何十万もの大金で売る。良心の呵責はないのと思ったけど、世の中そんな物かもしれない。


 私はツィッターの画面を眺めた。

 今日フォローした男の子、雪男ゆきおとこ君、フォロワーがほとんどbotだった。友達いないのかな、、、私もだけど。それとも、こういう詩を流してるって知り合いには知られたくないのかもしれない。だって、男同士なら絶対からかうもの。

 この子の写真、本当にきれいだな。キザな言葉が並んでいるけど、うーん、そうね。悪くない。


――カラス、濡れ場色に虹色がはじける。きれいだ。


 この言葉とカラスのアップの写真。羽根の部分に確かに玉虫色が光る。よく取れたな、カラスって頭いいのに。写真とってる間に逃げそうなのに。きっと、雪男君ってカラスに警戒心を起させない雰囲気の人なんだろうな。

 あれ? 後ろの背景。これ、ゴミ置き場じゃない。ゴミあさってるカラスのどこがきれいなのって笑ってしまった。

 私は楽しくなって、雪男君の写真を順番に見ていった。

 雪の結晶。どこかの庭から伸びている梅の花。雲の形。コンクリートに残った鳩の足跡。桜を写した並木道。カラス。青空。ガラス窓を伝う雨粒。虹。

 うん? なんだろう、この子。この子の写真。変だ。変だ、変だ。これ、見た事がある。この写真。これに写ってる景色。全部、うちの近所だ! 嘘でしょう。もしかして、もしかして、この子、うちの近所! うっそー!

 次の休みの日。私は写真の場所を探して歩いた。

 アパートから駅までの道の途中でほとんど見つかった。特にカラスをとった写真。写真の背景にマンションの名前が映り込んでいた。

 そうか、雪男君はご近所さんだったのか。

 いや、それとも、ご近所に務めているのかな?

 私は日付と場所から、やはり、近所に住んでいるのだろうと推測した。そして、私は会社用のツィッターに新たにリストを作った。リスト名「写真」とした。雪男君にしたいけど……、ちょっとまずい。

 リストに雪男君を追加する。それから会社のアカウントをスマホに登録した。

 私は毎朝、雪男君のつぶやきを見るようになった。


 ……或る日曜日、買い物からの帰り道、日が長くなった夕焼けの空を写している若い男を見かけた。なんとなくピンと来た。彼の写真のくせを私はよく知っていた。何度も何度も見て来たのだ。そうよ、よく知っている。あの夕焼け空。

 きっと雪男君なら取りたいと思う筈。


「あのう……」


 私は衝動的に声をかけていた。彼が振り返った。


「あの、それ、もしかして、ツィッターにアップするの?」


 ぎょっとした顔をした。顔にどうしてと書いてある。

 だけど、これが二十五歳? 童顔。ジーンズにシャツ、短めの薄手のコート。高校生にしか見えない。


「あの、私、あなたの写真見かけて……」


「え? どこを写したかわかったの?」


 雪男君は信じられないという顔をして私を見ている。


「ええ。その……。写真に魅かれたの!」


 雪男君の顔に笑顔が弾けた。


「嬉しいな。あの、フォローしてくれてる人?」


「あ! いえ、その、えーっと、フォローはフォローしてるんだけど。会社のIDで」


「……」


「あの、私、会社でツィッター使ってセールスやってて……」


「ああ……」


「あの、個人IDでフォローするのは、その、ネットって怖くて」


「……、つまりこんな写真取る奴はおかしい奴かもしれないって?」


 雪男君の顔が強張った。


「ち、違う! そうじゃなくて」


「それとも……、何か売りつけたいの?」


「違う、違う! そりゃあ、セールスでツィッターやってるけど。声かけたのは違う。私、夕焼けがきれいだなって思ったの。あの空見て、きっと雪男君なら写真に取りたいって思うだろうって。そしたら、写真取ってたから……。きっと……、あの、雪男君でしょ?」


 彼は困った顔をした。


「……、そうです。あなたは?」


「あの……」


 私は雪男君に会社のIDを言うべきか迷った。


「ごめんなさい!」


 やっぱり、言えない。私は駆け出した。


 はあー、何をやってるんだろう。私はアパートに戻ってため息をついた。つい、声をかけてしまった。私がセールスでって言ったら、がっかりした顔してたな。もう、どうしたらいいんだか。

 私は会社のIDから雪男君のフォローを外す事にした。

 スマホを取り出しツィッターにアクセスする。そしたら、私の最後のつぶやき


――目標を達成したい君、このDVDを聞けば自信がつくよ。いますぐ見よう。利用者の声も続々届いてるよ。


 に返信が入っていた。


――写真、褒めてくれてありがとう。嬉しかったです。


 私は迷ったけど、返信する事にした。


――ごめんなさい。いきなり声をかけてびっくりしたでしょう。


 すぐに返信がきた。


――最初はびっくりしたけど、夕焼けみて僕が写真に取りそうだって思ってくれて、嬉しかったです。写真から僕の事、わかってくれたんだって……。


 いや、あの、その、なんと返していいやら。


――DM送ってもいいですか?


 ええええ! そりゃ、ちょっと待て! でも、でも。落ち着け自分。取りあえず、お茶いれて、落ち着こう。そうよ。それから考えるのよ。水にポットを入れてって、ちがーう!


 私はリビングの敷物の上に座った。胸がどきどきしている。ちっとも、収まらない。だって、そうでしょう、彼は美しい光景を切り取って写真にするような感性の鋭い人なのよ。私を見てどう思ったかしら? 肌は荒れ放題。スタイルは悲惨。三十過ぎたバツイチ。この私が恋? 恋! 恋っていうのは綺麗な人がするものよ。私が恋なんて滑稽なだけよ。ああ、でも。止められない。それに、彼はDMを送っていいかってきいてるだけ。

 私は返信した。


――DM、いいですよ。送って下さい。


 すぐに、DMが来た。


――ハンドルネーム、みみパフさんって言うんですね。みみパフさんって呼んでいいですか?


 きゃあ、呼んで呼んで!


――いいですよ。雪男君!^^


 私は個人IDを彼に教えて、私達はメル友になった。そして、そして、次の日曜日に会う約束をした。私は不思議だった。だって、彼は私の姿を見ているのに。それなのに、どうして? ま、いっか。三段腹のおばさんだけど、でも、いいよね。いつか、雪男君は相応しい人を見つけるだろうけど。いいのよ、私はそれまでのつなぎ!

 日曜日、私達は駅前で待ち合わせをした。映画を見て、お茶をした。


「ね、今度のゴールデンウィーク、どこかにいかない?」


「うーん、ごめん。ゴールデンウィークは前から予定があって……」


「そうなんだ。ううん、気にしないで……。どこかに行くの?」


「八ヶ岳。山登りが趣味なんだ」


「そうなんだ。へぇー」


 雪男君はスマホを取り出して、山の写真を見せてくれた。はっとする程きれいな写真が並ぶ。


「このお花、なんていう名前?」


「すかしゆり……、去年の夏、白馬に行った時、ゆり園で」


「たくさん咲いてるのね」


 私は、雪男君と顔をくっつけるようにしてスマホを覗き込んだ。


「あのカップル、親子かしらね?」


 突然聞こえて来た言葉に私は身を固くした。サ店のざわめきが一気に聞こえなくなる。私は下を向いて唇を噛み締める。


「ね、今夜、どうする? 君の部屋に行きたいな」


 雪男君が私を覗き込んだ。


「私、そんな軽い女じゃないわよ!」


 私はキッと、雪男君を睨んだ。


「え! カップルですって!」


 後ろから驚きの声が聞こえる。雪男君が、くすくす笑っている。冗談だとわかった。


「ごめん、ごめん。じゃあ、散歩しない?」


 私は顔が熱くなった。


「いいわよ」


 私はつんとして、伝票を取った。


「ここは、『お母さんが払っておいてあげる』」


 雪男君が吹き出した。後ろのカップルが、「やっぱり親子?」と戸惑っている声が聞こえる。

 壁にはられた鏡にOL風の二人がぎょっとした顔をしているのが映っていた。

 料金を払って外に出る。私達は「あはあは」とお腹を抱えて笑った。

 楽しい。こんなに心から笑ったのは久しぶりだ。私達は歩きながら話した。

 そして、駅前で別れた。お互い、本名は言わない。どこに住んでいるかも言わない。それがルールだった。

 しかし、いい事ばかりが続くわけなかった。


 ゴールデンウィーク。

 私は雪男君を驚かせようと、山登りに出発する時間に駅へ行った。「行ってらっしゃい」と声を掛けたかった。雪男君は山登りツァーの参加者と思しき人達の輪の中にいた。

 そして、若い女性と話していた。

 わかっていたわよ。わかっていたわ。そうよ、彼が若い男性で、素敵な女性といずれ出会うだろうって。はあ……。

 私は鬱々とゴールデンウィークを部屋に籠って過した。


 ゴールデンウィーク明け。

 ああ、また、働かないといけない、雪男君には彼女がいるのに。知らないふりしてツィッターをしないといけない。

 重い足を引きずって出社したら、なかった! 

 会社が!

 えええええ!!! 

 会社は詐欺まがいの手口で情報商材を売っていたとテレビで大々的に喧伝されていた。

 私は警察に連れて行かれ、刑事から尋問された。


「あんた、正社員じゃなかったよ。社長はね、あんたの雇用保険やら年金やらまったく手続きしてなかった。給料安くする為にゴマかしてたの。……それともさ、あんた、形だけ社員になって、実際は分け前貰ってるんじゃないの? お金を表に出さない為にさ」


「違います! 私、お給料通りしか貰ってません! 私が何をしたっていうんです。社長に言われた通りの事、してただけじゃない」


「あんたね、あんたのツィッター読んで、買った人もいるの。自分が何やってたかわかってる?」


「私、人を騙すつもりなんてなかった。社長が売れって言うから。仕方なくやってた。私みたいな女、正社員にしてくれるっていうから、社長に感謝してたのに。ひどい! 正社員じゃないっていうなら私だって被害者よ! 安い給料でこき使われたんだから」


 私は泣いた。被害者よ、被害者よと泣きながら繰り返す。

 どうして、信じてくれないのだろう!

 ドアが開いて、誰か入ってきた。担当刑事さんに耳打ちする。「え!」と言って刑事さんが立ち上がった。


「あんたね、それならそうと言ってよ。じゃあ、あんたも被害届けだして。こっちの書類に知ってる事、全部書いてくれる」


「はあ?」


 何の事かわからないが、いきなり刑事さんが手のひら返したように、私を丁重に扱い始めた。涙を拭って書類に知っている事を書いた。書きながら、どういう事だろうと思った。はてなが頭の中でぐるぐる回る。

 手続きが終わって、私が警察の外に出ると……。


「みみパフさん! 被害届け、出せましたか?」


 雪男君だ。嘘、どうして?


「ええ、出せたけど……、どうして知ってるの?」


「あの、僕、そのう、警察にいろいろツテがあるんです。それで……」


「……私なんか、ほっといて良かったのに……。私に親切にすると彼女に誤解されるわよ」


 雪男君が不思議そうな顔をする。


「見たわよ! ふふ、隅におけないじゃない。山登りツアー、きれいなお姉さんと駅で話してた」


「???、ああ、あれ!」


 雪男君が笑いだした。


「こんな大変な時に、妬いてるんですか?」


「え? いや、ちがーう!」


 私は慌てて、手をふった。


「焼き餅なんて焼いてないわよ。失礼ね!」


「……妹ですよ。一緒に山に行く約束してたから。くっくっくっく」


「あ! あ、そう。妹さん!」


 雪男君は吹き出した。私もつられて吹き出した。

 笑いが収まると、雪男君はポツポツと話してくれた。

 雪男君は、なんと弁護士で身内に警察のエライさんがいるのだそうだ。で、情報商材詐欺の放送を見て、動いてくれたらしい。なんと私がテレビに映っていたのだそうだ。私の個人IDのつぶやきをプリントアウトして見せて回って私が無実だと証明してくれたのだという。少なくとも、私が社長に命じられて仕方なくやっていた事は証明されたらしい。私はほっとした。


「あの、みみパフさん、今度の日曜日、ここに行きませんか?」


 雪男君がスマホを差し出す。グーグルマップにピンがささっている。

 どこだろう? どっかの住宅街みたいだ。


「ここは?」


「僕の自宅です。その、家族が会いたがってて」


 私は雪男君を見上げた。照れくさそうな顔。え? え? えっと。

 なんて言ったらいいの?


「あの、嫌ですよね。いきなり、家族に合わせるなんて。僕、無理言いました」


「ううん、違うの、驚いただけ。嫌じゃない。お伺いさせて頂きます」


「良かったーー!」


 ほっとした彼と一緒に私は歩きだした。


(了)

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