第2話 久しぶりのお客様

 ミランダは受付の机に顔を付け、いつもと違う景色をぼんやりと眺めていた。

 すると、カランカランという、宿屋の木のドアにつけたベルが鳴る。


 慌てて体を起こす。

 生まれた時から宿屋の娘をしているミランダは、あっという間に営業スマイルを浮かべ、

「いらっしゃいませ」と聞き心地の良い声を放つ。


 密かに村人から絶大な人気を誇るミランダだった。

 そのミランダを、驚いたような顔で見つめる若い男がいた。


 柔らかな癖のある長い金色の髪に、優し気な整った顔。

 まるで精霊のような姿をしている男だった。


(綺麗な人……)

 ミランダはそう思ったが、口にはしなかった。

 いつもと同じ営業スマイルを浮かべる。


「ここは、宿屋さんですよね」

 外見に似合う、細く優しい声だった。


「はい」

 入口の解り易い所に『INN』と書いてある。


「宿泊したいのですが、いいですか?」

 現在宿泊しているのは、小さなミシェルだけ。しかも、家族の部屋で寝ているので、客用の5部屋は全て空いていた。


「何名様ですか?」

 ミランダはお決まりのフレーズを言う。


「ひとりです」

 ミランダは驚いて客の顔を見る。

 物静かで、一人旅ができるような屈強くっきょうな感じはどこにもなかった。


 魔法使いのようなローブ姿。魔法が使えなくても、楽でいいと好んで着る人間がいないわけでもない。防御力はゼロに等しい、隠居いんきょのような老人に好まれる服だ。


 特に手荷物もなく、村内を軽装でフラっと移動しているような感じ。

 魔力を強化するような杖を服装しているわけでもない。


「お連れ様はいらっしゃらないのですか?」

 もしかしたら、あまりにもワイルドな同行者で、野宿でいいと言っているのかもしれない。


 そんな場合もいままでにあったが、ここから先は、まともにベッドで寝られる場所はない。

 ここまでの疲れを癒して、これからの魔王との戦いに備えねばというのが両親の方針で、ミランダもそれがいいと思っていた。

 普通の人間の考え方なら、それ以外にない。


「わたし一人です」

 ほのぼのとにこやかに男は答えた。思わずミランダも『そうですか』と笑顔で答えそうになっていた。


(この人、どうやってここまで来たの?)

 ミランダはしばし固まった。


 魔王の城が近いミスティー村は、魔法使いが一人だけで来られるような場所ではない。村の周囲には強いモンスターがウジャウジャいて、魔法攻撃が効かないモンスターもいる。


「一人だと、泊めていただけないのですか?」

 不安そうに男が言ったので、ミランダもしまったと思った。


「そんなことはありません。この村は魔物が多い場所にあるので、おひとりで訪れる方が少ないのです」

 少ないというよりも、いない。ひとりで行く変わり者はカイトくらいだ。

 それにカイトは村に住んでいて、ミランダもひとりで村に来る人間は見たことがない。


「ここからの旅を考えると、どんなに屈強な方でも、野宿はお勧めできません。お連れ様がいらっしゃるようでしたら、一緒にお泊りいただくように言っています。料金もひとパーティの金額になっているので、何人増えても変わりません」

 内心は驚きでいっぱいだったが、それを表に出さず、落ち着いた声でにこやかに言う。


「ああ、そうだったのですか」

 ホッとしたように男は言った。

 そして、首から下げていたタリズマンを外し、受付の机の上に乗せた。


 虹色に輝くオパールが中央にあり、それを金でかなり芸術的に装飾されている。

 繊細な細工が、男の雰囲気に合っていた。


 オパールも大きく、かなり高価たかそうな代物しろものだった。


「これをつけているので、魔物は寄ってこれないのです」

 ミランダは意味が解らず、首を傾げた。


「魔術全般を研究しているので、魔物が嫌う物を知っています。これは、魔物が最も嫌う物が封じ込められています」

「まあ、そうでしたか」

 ミランダはにっこりと微笑んだ。


「これを、魔物が嫌うのですか?」

 ミランダはタリズマンを手に取る。


「とても素敵なペンダントに見えますわ」

 美しい宝石を手にしたミランダは、嬉しそうに男を見て微笑んだ。

 ミランダの笑顔につられるように、男も笑顔になった。


「それは、あなたが魔物ではないからですよ。魔物はこれを嫌うのです」

 ミランダは、男の笑顔に思わず見惚れてしまった。

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