お留守番をしている長女の恋

玄栖佳純

第1話 宿屋の看板娘

 魔王まおうの城に最も近いミスティー村は、魔王討伐とうばつに行く人間のパーティが立ち寄る最後のいこいの場である。ひとたび村の外に出れば、魔王の城まで恐ろしいモンスターが山ほど襲ってくる。


 村の周囲にはほりられ、モンスターが嫌う精霊せいれいいずみの水を流しているので、村の中は安全だった。


 その小さなミスティー村に一軒だけある宿屋。

 丸太を生かして作られた、アットホームな雰囲気。


 気を張り詰めてやってくる冒険者たちが、魔王に挑む前に、最期にくつろげる場所だった。




***




「また、置いて行かれちゃった……」

 宿屋の三姉妹の長女、ミランダは入口から入った正面にある受付でそうつぶやいた。


 ミランダにはなやかさはないが、村の有志が用意してくれたメイド服でさえ上手に着こなせる娘だった。


 素直な直毛でボブにすると手入れも少なくて済むのでその髪型なのだが、清楚せいそな感じが村の若者に評判がいい。


 訪れた者をほのぼのとさせる看板娘。

 そのおっとりとした性格が災いして、いつも冒険に置いていかれる。


 両親は町の会合という名の昼食会に出掛け、妹二人は小さなミシェルとそのお付きのようになってしまっているカイトと冒険に行ってしまった。

 受付には誰かしら居なければいけないのだが、今回もミランダがその役目をしていた。


「大丈夫かしら、怪我してないかしら……」

 持って行こうと用意していた応急セットの中身を見ながらミランダは言う。


 絆創膏ばんそうこうがなかったのでそれを補充ほじゅうしていると、皆はいなくなっていた。

 ぽつんと一人残され、受付に座る。


「カイトがいるから、治癒魔法ちゆまほうで治すんだろうな」

 ミランダはため息をつき、きゅっと応急セットをにぎりしめる。


 けれど、魔法はいくらでも使えるわけではない。ミランダは魔法が使えないので詳しいことはわからないが、たくさん使うと体力を消耗しょうもうしてしまうようだ。


 だから、薬草や絆創膏は冒険に出ると重宝ちょうほうする。

 確かに薬草はあまり使いたくない。この辺りは薬草ですら高い。


「使うのもったいないから、俺が魔法で治すよ」

 カイトはそう言って、無理をして魔物と戦う。


「魔法が使えるって、どういう気分なのかしら……」

 カイトは魔族と人間の混血だったので魔法が使えた。

 人間は魔法が使えない。魔法が使えると魔族と呼ばれてしまう。


 でも、カイトは魔族ではない。

 ミランダたちがこの村に移り住んだ時から居る村人だ。


 ミスティー村は、場所が場所なので、魔族と人間の混血も多かった。

 他にもいろいろな理由で、人間だけの村にいられなくなった者が住んでいる。


 ミランダの一家は、昔は別の村で宿屋をしていたが、綺麗な女の人が置いて行った混血の赤子を引き取ったので、ここまで流れてくることになった。


 その赤子が末の妹のリネットだった。

 両親もミランダも双子の妹のブレンダもブラウンの髪にブラウンの瞳だが、リネットだけは金髪碧眼きんぱつへきがんだった。


 でも、姿かたちなど、どうでもよかった。

 誰が何と言おうと、リネットは大事な家族だ。


「どんな場所だろうと、家族みんなで暮らせればいい」

 そういう両親に育てられ、ミランダも異論いろんはない。


 しかし……、

「お姉ちゃんを置いていくなんて、妹としてどうなの?」

という不満はあった。


「ミシェルちゃんなんて、あんなに小さいのに……」

 今、宿屋に泊っている自称『魔王』の子供だ。

 魔王と言うには魔法が使えない。


 何やらすごそうな呪文じゅもんとなえるのだが、唱えた瞬間に倒れて意識不明になる。それで魔法が発動はつどうされるわけでもない。

 剣さばきも悪くないが、力がないので剣を振り回して自分が飛んでいく。


 カイトが拾って来た子なので、宿代はカイトから請求するつもりでいた。ひとりが怖いと言って、姉妹の部屋で寝ているので、みんなの弟という感が否めない。


 ただ、それとこれは別だ。旅人がいなければ、宿屋の商売あがったりである。

 そのミシェルをきたえるために、近場で体力づくりをしている。


 ラスボスはミシェルの力を奪ったとされている側近そっきんのテレンス。そのテレンスがカイトの父親らしい。

 魔王の城の最上階、魔王の間にいるそうだ。


「そんなところに行けるまで、何年かかることかしら」

 魔王の城は、鍛えに鍛えぬいた勇者パーティでも全滅してしまうようなところだ。

 そんなところへ、小さな小さなミシェルが行こうとしている。


 ミランダは心配でたまらない。


「本当に、ミシェルちゃんが魔王なのかしら」

 そんな疑問ぎもんもあった。


 賢い子でカイトは言いくるめられているが、小さくてか弱くてスライムに刺されても泣き出すような人間の子供である。

 ミシェルが魔王などと思えなかった。


 魔王は魔族の中で、最も強いモノがなる。

 強くて恐ろしくて、人間などあっと言う間に殺されてしまう。


 魔族の王。

 人間の敵。


 ミランダは首を振る。

「宿屋に泊っている人は私たちの家族。ミシェルちゃんも大事な家族」


「ありがとう……」と、照れながら言う愛らしいミシェルの顔を思い出す。


「きっと、何かの間違いよ」

 ミランダは自分に言い聞かせる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る