闘士の真実

 自分の元居た世界と自分の今居る世界がほんの僅かな違いによって分岐した世界だと知った自分はツクモ・タイジュではない自分の本当の名前を知るために明日香ちゃんの記憶の奥底に潜り込んだ。


「思い出せない記憶なら、きっとここにあるはず」


 自分のことが記されているのであろう記憶という名の本をこれでもない、これでもないと探していると、コツンコツンと足音を立ててカインくんがやって来た。


「タイジュのおっさん、あんたが捜しているのはこの本だ」


 カインくんは真っ白な表紙の本を自分に向かって放り投げた。


「期待だけはしない方が良い」


 その言葉の意味は本を開けばすぐにわかった。


 記憶という名の本は開けばその時の記憶が頭の中に流れ込んでくる。この本も例に漏れず自分の頭の中にあの試合の時の記憶を流し込んできた。


「自分の名前だけが聴こえない」


 雑音によって聞き取れないという訳ではなくて、切り取られてしまっているような雰囲気だった。


「これはあくまで俺の世界の話だが、全く同じ人間が同じ世界に存在することは許されていない。もし、同じ世界に同じ人間が存在した場合、弱い自分の存在は消えてなくなる。タイジュのおっさんの本当の名前が消えたのはそれと似た事が起こったからだと俺は思う」


 自分の存在が自分の存在を消した。信じたくはないがそれがまごうことなき真実なのだろう。

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