第二十羽 羽を貫く剣撃

 二人のいる部屋。 偽姫アリス部屋ルーム

フロックスがやってきた。

静かに不敵な笑みを浮かべた老人。

痩せこけていて、 押せば倒れそうな程細身な身体は

余計な肉をそぎ落としたかの如く異常だった


「私の話をしていたような気がしましたが。 はて気のせいですかね。 」

「カムラさん! 一旦ここから離れます! 私に掴まって! 【瞬間移動テレポート】」


 一早く危険を察知したアリエスタはミーシャのいる広間へと移動し

カムラとアリエスタは瞬時にその場からいなくなった。


「やれやれ、 せっかちな人達だ。 まぁこれも狩りの醍醐味。 仕方ない来た道を戻るとしますか。 とその前にこの部屋はもう必要ありませんよね。 【炎蛇アルバーン】」



 フロックスの炎蛇が辺りを飲み込む。

それは轟々と炎を上げ激しい熱が周囲を包み込む。

二人が先ほどまでいた部屋は、瞬く間に炎に喰われていった。

フロックスは、 その様子を楽しそうに見つめた後、

静かにきた道を引き返していった。


「・・・ここは 」

「多分二人がさっきまでいた広間だと思う。私の瞬間移動は移動制限に加えて行った場所までしか使えない。しかも今の私の力だとここまでが限界だから」

「ごめん、 助かった 」

「気にしないで。 それにしてもこの場所かなり崩壊してる。 所々岩肌がえぐれてたり、どれだけ激しい戦闘をおこなったらこうなるの 」

「確かに・・・!? ミーシャ!! 」


 カムラの視線の先、 胸を貫かれたミーシャの姿が無残にも転がっていた。

急ぎ彼女の元へ駆け寄るも既に意識は無く、 肌がひんやりと冷たく、

言葉が出なかった。


 —― つい先ほどまで一緒に行動していた仲間が、

こうもあっさり目の前からいなくなるなんて。

目の前で人が死んでいくのは最初の襲撃以来だ。

でもまさか次に目にするのがミーシャなんて、こんな現実

あまりにも残酷すぎる。


「おやおや。 また早く追いついてしまった。 それともあまり遠くへは逃げられないのかな 」

「フロックス――。 カムラさん私が時間を稼ぎます。 その子を連れて逃げてください! 」


 —―逃げる? また誰かに任せるのか??

その選択をしたから死んだんじゃないか。

誰が彼女を殺した? 目のまえにいるアイツか?

いや間違った選択をして置いてきた俺だ。

俺がミーシャを殺したのならするべきことは一つだ。


「カムラさん! 早く逃げ—― 」

「悪いな、 アリエスタ。 アイツは俺が貰う 」

「なっ!? 無理です! アイツの強さを分かっていない!

このままじゃ全員死んでしまう! 」

「だから私が残って時間を稼ぐと? 冗談じゃない。 あんたがここから逃げろ! 」

「本当に死んじゃいますよ!? 」

「だからどうした。 悪いけど死ぬつもりもないし俺はアイツを殺す 」

「だったら私も―― 」

「いいから早くここから離れろよ!! 」


 カムラは声を荒げながらアリエスタにそう告げる。

その声に気圧けおされアリエスタは息の絶えたミーシャを連れ

瞬間移動でこの場を後にした。


「お話は終わりましたかな? 」

「あぁ。 思う存分殺してやるよ 」

「おぉ怖い。 ただ気合だけで殺せるほど私は弱くないですがね。 」


 言葉と同時、 フロックスは炎蛇を仕掛けるうねりを見せながらカムラへと

襲い掛かかった。

瞬時、 カムラは腰に掛けていた剣を抜き炎を振り払う。


「へぇ。 正直驚きましたよ、 ただの人間が私の炎を振り払うとは。 それも剣で一振り、 言うだけはありますね。 ではこちらはどうですかな! 二頭の大炎蛇ツイントゥルバーン

「――失せろ 」


 カムラは更に剣を一振り。

襲い掛かってくる炎を一蹴する。


「冗談でしょう。 炎蛇だけならともかく二頭の大炎蛇までが、

ただの人間に破られるなんて。 貴方本当に人間ですか? 」

「そんなことどうだっていい。 俺はあんたを殺すだけだ 」

「ほう。それは怖いですねぇ。 無剣撃フルーク


 フロックスは回避不能の見えざる技、無剣撃を放つ。

カムラの背後を剣撃が襲う。

しかし直後カムラは振り返り、そして—―


 


「馬鹿な! 今のが見えたとでもいうんですか!? いや、そんなはずはない! 【十連無剣撃ツェーンフルーク】」

 「遅い! 【反射剣撃ストゥールアルム】」


 数で押し切ろうとするフロックスの剣技に対し

またしてもカムラは剣を一振り。

しかし、 その一振りは違った。

周りが熱を帯び振り払うと炎の斬撃が敵の技を払いのける。

もはやカムラの剣技の前に、 無剣撃は意味をなさなかった。


「全く私の大技をも破るとは、君を人間だと考えて戦うのはやめましょう。

あなたは我々と同じ幹部クラス級。 同じ化け物として葬ってあげましょう 」

「あんたらと一緒にするな 」


 カムラは駆けた。

最短で真っ直ぐに。 敵のふところ目掛めがけて。

最速で駆け抜けたカムラの姿は一瞬でも見失えば、 目が追いつかなくなるだろう。フロックスでさえ懐への侵入を許してしまったのだ。

懐まで来たカムラは一気に敵へと斬りかかった。

だがカムラはここで自身の身体の異変に気付く。


 自身の身体の元へと侵入を許したフロックスだったがこれも計算尽くだった。

流石は幾多の死線を潜り抜けてきたであろう強者の笑み。

フロックスにはまだ余裕があった。

まだカムラにもミーシャにも見せていない技。

 

 氷の剣撃――


 カムラが斬りかかると同時、彼の足元を凍り付かせた。


「いやぁ。 危なかった。 君が攻撃に集中していなかったら外されていたかもしれませんねぇ 」

「くそっ。 動けな—― 」

「では、 さよならだ。 炎蛇!!」

「動けな・・・いとでも言うと思ったか? アルム! 」


 カムラは自身の扱う剣が放つ熱で、 自身の足を縛るかせを溶かし

すぐに、 その場所を離れる。

フロックスの炎蛇が、 カムラが居たであろうその場所を熱と衝撃で吹き飛ばす。

 

「全くとんだ化け物だ。 私の技がことごとく破られるとは。

一体あなたは何者ですか 」

「知る必要はない 」

「そうですか。 まぁ私もそろそろ時間がありませんし終わらせないと

いけませんね。 あの人が到着してる頃でしょう 」


 フロックスは炎蛇を更には【氷蛇ニヴルバーン】をカムラへ放つ

二つの蛇は交互に大きく交わりながらカムラの元へと喰らいつく。

烈火のごとく駆け巡るそれは、 激しい轟音とともに

カムラの身体へと確かに直撃した。


「いやはや。 まさか氷蛇までだすことになるとは思いませんでしたよ。

今までで二番目くらいに楽しめましたな。 やはり一番は私の左目を奪った獣人

ヴァーロン、 あの人は強かったなぁ 」

「思い出話はその辺でいいか 」


 バシュという剣音と共に自身の肩が赤く染まる。

背後からの一斬いちげき

肩から滴る血を抑えながら、 フロックスは理解する。

理解はするが納得するまでに脳は追いついていなかった。


 (何故だ、 確かに仕留めたはずだ。

なのにどうしてコイツが私の背後にいる!?

氷守壁シェルを—― 駄目だ間に合わない。)


 フロックスは全身から冷や汗が止まらなかった。

恐怖というものを感じるのはいくぶりだろうか。

これほどまで大きいものは恐らく初めてだろう。

直感した。 恐らく自分はここで死ぬことを。

次の動作が間に合わないことを。

カムラはフロックスの読み通りコンマの隙を与えずに連撃を喰らわす。

その剣撃はさながら槍の様に真っ直ぐに相手の身体を貫き続ける。


「グァァアアアア」


 フロックスは身体から勢いよく赤い液体を散らしながら

微かに薄く笑みを浮かべていた。


「終わりだ。 【槍剣撃トゥルーク終幕エンド】」


カムラは最後に一突き、 フロックスのへと突き刺した。


 終わった。 これでミーシャの仇は討てた。

これで良かったんだよな。


「ゲホッゲホッ。 まさか私がやられるとは 」

「まだ生きてたのか 」

「生きてなどいません。 持ってもう後何分の命でしょう。 それ故に惜しい。 あなたとはもう少し戦ってみたかった。 どうやって私の攻撃から逃れられたのです? 」

「・・・視えたんだよ。 その先の展開ビジョンが。

あんたがこの後どうやって攻撃してくるのか。 はっきりとじゃないが一瞬な 」

「なるほど。戦いの中で咲く能力というのもあるということでしょう。一つ、 最後にあなたのお名前を聞いても?」


 「・・・カムラだ。 アルテーク出身、 カムラ=ネーブル。 元騎士団シュヴァルツ所属、 って言ってももうないがな」

「シュヴァルツ・・・ そういえばあの女もそんなこと言っていましたねぇ」

「あの女? もしかしてマーブルとか言ってなかったか?? 」

「さぁ名前までは知りません。 けど、 そうか貴方がカムラ=ネーブルか 」

「俺を知っているのか!? 」


「貴方が誰かは知りません。 レジェス=クロウド―― この方なら私はよく知っています」


 カムラは名前を聞いた瞬間、鳥肌が立った。

レジェス=クロウド。 その人物は、かつてアルテークでカムラに剣技を教え、

両親のいないカムラの面倒を見た彼にとっては親しみのある人間。

何故こいつがレジェス老師を知っているのか、疑問が幾つも浮かんできていた。


「おい、 何でアンタが—― 」

「はてさて何故でしょうね 。それよりも早くこの場から離れたほうがいいですよ。 あなた方のいた部屋を炎蛇で焼きましたから、 そろそろこの場所も焼き尽くされることでしょう 」

「なっ!? ・・・くそっ! 」


 カムラは確かにすぐそばまで追ってきている炎を肉眼で確認すると

フロックスへの問いかけを断念しすぐにその場所を後にした。



「カムラ=ネーブル。 まさか、あの赤ん坊がここまで成長しているとは。

時の流れは早いですなぁ 」


 カムラの立ち去ったっすぐ後フロックスは誰に聞かれるでもない言葉を

呟いて自身の放った炎に呑み込まれていった。




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