第十五羽 弱き羽は語らない
辛くもフラウレスという強者を倒した三人だったが、
誰一人として笑顔になるものはいなかった。
それもそのはずだった。 一人は頭から血を流し、
一人は利き手である右腕を折られ
そして一人はフラウレスの突きによって体の至る神経がボロボロだった。
それでも先へ進まなければいけない。
もしこの先にフラウレスと同等もしくはそれ以上の敵がきたら
正直勝てる気がしない。そう思うと体が重くなり前へ進めなかったのだ。
カムラはアリエスタの疲れきってる表情を見て一度引き返すべきかどうか考えた。
しかしその考えはアリエスタには見透かされていて首を横に振りカムラの考えを
否定した。
「戻るという選択肢は私には無いよ。 先に進まなければ私たちを行かせてくれたヴェルに顔を合わせられない」
――ヴェル・・・そうだ。 行かせてくれたアイツのためにも早く終わらせなければならない。戦闘音が聞こえなくなったのは気になるが・・・
「分かった。 なら急ごう、 と言いたいけどアリスだってあれだけ攻撃受けて
動けないんじゃ 」
「問題ない。 これくらいで音を上げる程私は弱くない。 それにカムラのとこの獣人も相当ダメージ負っていたでしょ 」
――そうだミーシャ!
振り返るとミーシャは痛そうに頭を押さえていた。
「何よ。 私のことなら大丈夫よ 」
カムラは驚いた。頭の流血が止まっていたのもそうだが彼女がもう動けるまでに回復していたからだ。いくら獣人の回復力が高いからって、 ここまで回復するものなのか。 それとも堕天使の血が混じっている影響なのか今のカムラには判断できなかったが、 見たところ一番動けるのはミーシャのようだった。
「それよりもカムラの方こそ大丈夫なの? 」
ミーシャに促されるように自分の右手を見る。
と同時に激しい痛みが襲ってきた。
「うぐっ 」
「どうやら一番重症なのはあんたのようね。 右腕を折られたんだから無理もないけど。 見た目折れてるようには見えないけど、 その
カムラは突如として襲ってきた痛みに耐えながら、
二人に問題ないと伝えた。 そして早く城へ行くのだと。
「本当にそれで行けるの? 」
アリスの問いかけにカムラは無言で頷いた。
声を出すことも苦しいが今はそれどころじゃない。
早く城へ行って・・・ そこでカムラは思い出す。
フラウレスのあの言葉を。
――――アリエスタ女王。
本当に目の前にいるのがアリエスタ女王なら城へ行く必要性は無いのでは。
いや、 もしそうなら彼女が城を目指す理由とは、そんなことを思い始めようとした時、その考えはアリスによって遮られる。
「今、 城へ行く必要性があるのかって思ったよね? 」
「アリエスタ女王・・・ 」
「アリスでいいよ、 別に今更呼び方直さなくても。 カムラの考えてることは、
目の前に本物のアリエスタ女王がいるなら城へ行く必要性が
あるのかってことだよね 」
――この人はどこまで俺の考えてることが分かるのだろうか
彼女の問いに素直に肯定すると、 アリエスタは真剣な表情で答えた。
「行く必要性はあるよ。 私は私を助けにあの場所へ行く 」
「待って。 私を助けにってどういうこと 」
「それはついてくれば分かるよ。 君がその怪我で来られるのならね 」
ここまで話してミーシャが会話に入ってきた。
「カムラの腕それほどやばいのか? 」
「あんたはミーシャだったっけ。 やばいよ。 強がってはいるけど、
油断したら気を失うんじゃないかな 」
「大丈・・・ 夫だって 」
――アリエスタの言ったことはほとんど本当のことだ。
気を抜いたらぶっ倒れるかもしれない。
次、敵と当たったら死ぬかもしれない。
それでも俺はこの先に行く義務がある。
俺一人、 足手まといになるわけにはいかない。
「ハァ仕方ないか。 腕だして。 袖を捲ってね 」
溜め息をつきながら、 アリエスタは俺にそう指示してきた。 袖を捲ると折れたと思われる部分とその周辺が生々しくも痛々しく姿を覗かせる。
赤く腫れ過ぎたそれは、 本人でさえあまり直視したくはなかった。
「言っておくけどこれでさっきの貸しは無しだから 」
そう言って彼女は折れたであろう部分に触れてきた。
「うぐぐ・・・」
「少し我慢して。【捧ぐは普遍な
彼女が呪文詠唱を終えると腕の痛みがみるみるひいていくのが自分でもわかった
。それどころか腕が完治したことに彼は驚いていた。
「ハァハァ。 これで貸し借りは無しだから 」
見るとアリエスタは疲れ切った顔でそう答えていた。
—―ミーシャも呪文を使うが、 ここまで疲れるものなのか。
「アリス、 今のは・・・ 」
「はい! 終わり終わり! さっさと先へ急がなきゃ! 」
カムラの問いかけを軽く受け流してアリエスタは
前を歩き始めた。 聞いてはいけなかったことだったのだろうか。
しかしカムラは瞬時に頭を切り替えて今するべきことに集中することにした。
外から見ても城というよりは城塞のような独特な雰囲気を放っていた。
流石、 軍事要塞都市と言ったところだろう。
城の前まで来てミーシャがおかしな事を口にした。
「ね、 ねぇ二人とも。 さっきから静かすぎない?? 」
ミーシャの言葉にはカムラも疑問を感じていた。 いくら戦闘が止んだからと言ってここまで静かになるものなのだろうか。しかしアリエスタは不思議に思っている様子を見せなかった。
—―片方が全滅…いや片方だけならどちらかがこちらへ来るはず。
だとするなら、 一体。
これから何か最悪な事態になりそうな、
そんな不安を抱えながら三人は城の中へと入っていった。
城というよりは城塞を思わせる独特な雰囲気を放っていた。
流石は城塞都市ということだけはある。
内部は薄暗いが全く見えないというわけではないが、
どこから風が吹いているのか肌に当たる風が冷たく刺さる。
しかし何か変な匂いが鼻につく。
ミーシャは何か感じたのかカムラの腕を強く引っ張った。
彼女の手は小刻みに震えていたが、 すぐにカムラも周囲の異変に気付く。
アリエスタもすぐに異変に気付いた。
この匂いの正体は、 血だ。 違う、 血も混じっているが腐臭も
そこかしこから感じられた。
それらを感じてから三人は初めて認識する。
そこには変わり果てた人の姿だったであろう肉塊らしきものが
少なくとも三十は転がっていた。
「待て。 この死体の数尋常じゃない、それにこの数を認識できなかった。 というより、 たった今ここに現れたようなそんな感じがした 」
「私の周囲知覚でも認識できなかった 」
カムラもミーシャも事態が呑み込めていなかった。
それもそうだ、 二人にとってそれらはたった今そこに現れたかのように錯覚させられていたから、 ただ一人、 アリエスタは至って冷静だった。
「二人とも落ち着いて。 今から私の言うことを聞いて・・・ 」
――――――――――――――――
三人は最上階である三階を目指していた。
三階と行っても町全体を見渡せる高さだ。
薄暗い階段を急ぎで駆けて行く。
そして一つの扉の前に立ち、ゆっくりと開ける。
ここよりも更に数段寒くなったような錯覚さえ感じる。
直後、 下から登ってきたであろう一人の男性が背後から現れた。
「無事だったか。 アリエスタ 」
「・・・あなたなら来ると思っていたわ。ヴェル=アルバーン 」
「当たり前だ。俺があの程度の奴らに敗北何かするか」
「敗北するなんて思ってないさ。それで・・・ ここには何しに来たのかな? 」
「だからあんたを護衛しにきた 」
「それだけの殺気を放ちながら私を守ると? フフッ。 笑わせないでくれる?
悪いけどこの先には何もない。この部屋は私が用意したダミー部屋。
あなたが欲しいものは、ここにはない」
微小なりとも動揺してるヴェルの表情をアリエスタは見逃さなかった。
「おいおい、 何を言ってるのかわからないな。 俺はただ、 お前が心配で。
後ろの二人も何か言ってくれ」
「後ろ? あぁこの二人も私が用意したダミーよ。 わざわざ土人形とおしゃべりでもしに来たの? ご苦労様 」
「・・・全く。 何もかも上手くいってたと思ったんだがな。
いつから気づいてた。 俺が契約者だって 」
「初めから気づいていたわ。 あなたが私の側近になった時からおおよその見当はついていた。 悪いけど人を欺くのはこっちも得意分野なのよ。 反対派団長さん?
心の隙をつく堕天使。 あれは
「そこまで分かってんのかよ。 その通りさ! あれは嘘だ。 俺はあんたが邪魔で邪魔で仕方なかった。 前女王であるアリエスタの名を
「何とでも言え。 私は私の罪を償うと決めている。 こんなところで死ぬわけにはいかない。 それにその化け物の同胞とも呼べる堕天使と組んだあんたも相当化け物っぽいけどな」
「黙れ! 貴様なんか殺して殺して殺しつくしてやる 」
「あなたに私が倒せるとでも? 」
その言葉を聞いた瞬間ヴェルの口元が緩んだ。
「倒すんじゃないさ。 殺すって言ってんだろ??俺にはこれがあるからな。これを飲むのはおススメされていないんだけどな。 理性が吹き飛ぶらしい。そうそう、一つ教えといてやる。 この城塞にはまだ強力な堕天使が潜り込んでるぞ 」
そう言って丸薬に見えるそれをヴェルは呑み込んだ。
徐々に体が黒く変色していき全身を影で覆っているような感じになった。
「・・・ コロス・・・ コロス・・ クロケル・・ コロス・・ 」
「随分な姿になっちゃったじゃん。 今のヴェルはまさしく化け物だね 」
「ダマレ・・ オマエハ・・ オレガ・・ コロス! 」
さてどれだけ時間を稼げるか・・・
後は頼んだよミーシャ、 カムラ。
「悪魔機関八式が一人クロケル行きます―― 」
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