第三羽 その羽の責任

 戦いは熾烈を極めていた。

主にタイガーとミーシャが戦闘を繰り広げていたのだ。

激しい攻防。 タイガーは硬化の魔法が得意であり、 それは武器のみならず自身の身体にまで作用させることができる。

タイガーが一度、 腕を振り抜けば轟音と共に激しい風が襲いかかる。

ミーシャの魔法による風の防壁でやっと防げてはいるが、 それも時間の問題だった。


「なんて馬鹿力なの! てかあんたも戦ってよ! 」

  

 カムラは未だに現状を受け入れずにいた。

 

「いや戦えって、 こんなの無理だろ! 人がたくさん死んでるんだぞ! 拐われた人 もたくさんいる! こんな状況を受け入れろっておかしすぎるだろ! 」

「...私たちが暮らしてたところは今よりもずっと過酷だった。

人の痛みを分からない奴が勝手なことを言うな! 」


 そう言ってミーシャは再びタイガーへと対峙し戦闘を開始した。

今のカムラにこの状況を受け入れるのは、 容易では無かったが、 ミーシャの放った言葉が何よりも頭に残った。


「ちょっと流石に頑丈すぎやしませんか、 おじさん 」

「ふむ。 私もおじさんという年ではないのだが聞き分けのない子には、 それ相応 のお仕置きが必要だな 」


 タイガーは両の腕を振りかぶり全速力で駆ける。 それに反応するかのように

ミーシャは防御壁を展開するが、 いとも容易く破られてしまった。

 

「このくそ! こんなのただの暴力じゃんか! 」

「この程度の壁で防ごうなんざ甘ぇんじゃねーのかー!? 」

「ちょっと、 何いつまでボーッとしてるの!? いいからあんたも戦いなさいよ! 堕天使を倒すんでしょ!? 」

 

 ――無理だ。 いくら鍛えたところであんな

場面を見せられて普通でいられるわけがない。


 迫り来る吐き気を我慢しながらも、 何とかみ正気を保とうとカムラは必死に堪えていた。が堪えるのが精一杯で、 後一歩踏み出せずにいた。

 

「無駄だ。 そいつはもう使えない。 人間てのは二種類いるんだ。 狂気に飲み込まれ る奴と狂気を飲み込む奴。 あいつは飲み込まれたのさ! 」


 ミーシャはタイガーの言うことを静かに聞いてその後で、 一跳躍し一瞬にしてタイガーの元へと詰め寄る。 そこから風の加護を纏ったミーシャ渾身の突きで

タイガーを多少なりとも後方へと引き下がらせた。

もちろんタイガーは、 ほとんど傷を受けてはいなかったが、彼女が作った時間としては充分だった。

タイガーを突いたのと同時にミーシャ自身も後方へと引き下がり彼の元へと詰め寄った。


 そして一発。

バシィ―――ンと大きな音を立てながら平手をかましてくるかと思われたが、

カムラの予想は大きく外れた。

その代わり柔らかな唇がカムラの唇に触れた。

 

「こんなことするのは今回だけ。 この街を救いたいなら早く立ち上がって! でなけりゃあ貴方もろとも私も死ぬことになる。 貴方が本当にするべきことは何!? ここで立ちすくむことじゃないでしょう! 貴方は言った。 堕天使共を倒すために私を利用すると。 だったら・・・ 」

 

 今度は力強くはっきりと彼に向かって言い放った。


 「だったら、 私を最大限利用してみてよ! カムラ=ネーブル!! 」

その言葉がどこまで聞こえたのか。

いつの間にかカムラの手の震えが止まっていた。


 「・・・ ミーシャ ・・・ 」

 「勘違いはしないでよ。 あくまで緊急だったから仕方なくしただけ。

  私はそもそも人が好きじゃないんだから 」

「・・・ あぁ。 ありがとう。 お陰で震えが無くなった 」


 ――そう。 いつまでもこんなとこで立ち止まってたらいけない。

一歩を踏まなければ救える命が消えていくだけ。

それに・・・それにミーシャだってボロボロになりながら戦ってる。

人が嫌いと言いながら

全力で前を向いて戦ってる。 人に忌み嫌われながらも、 今も必死でこの場所を

守ろうと獣人の女の子が戦ってるんだ。

だったら俺のやるべきことは一つ。

この場所を守るとかじゃなく、 今、 目の前の敵を倒しミーシャを守ることだ。

たとえ相手が元団長であれ、 圧倒的戦力差であれ、 俺は何がなんでも勝たなければいけない。何故なら・・・


「何故なら、 俺はこの場所が好きでミーシャも大切な仲間だから! そのためなら 俺はいかなる身の犠牲を払ってでも貴様を倒す! エスファルト=タイガー! 」

「ふん。 狂気に飲まれたかと思えば克服したか。 だがもう遅い! この場所の住人どもはほぼ全て殺し尽くした。 女子供もあいつらが連れていったのさ! 全くニヤケが止まらねぇよ 」


 タイガーの姿は最早、 彼の知っている“それ” では無かった。 狂気に溺れ、 ただ破壊を繰り返すだけの快楽殺人者。

カムラは深く深呼吸をして一言吐いた。


「貴方の名を伺っておきましょう 」

「あぁ? だからタイガーだと 」

「体の名前ではなく、 その死体を操ってる本体の方の堕天使の名前だ 」

「え?! カムラ!どういうこと!? あいつが堕天使って 」

 


 隣でやりとりを聞いていたミーシャが口を開き、その問いにカムラは答えた。

 

 「正体までは分からない。 けど死体を動かすっていうのは禁忌の呪文なんだ。

それは例え天使だろうと悪魔だろうと、 それこそ獣人も人も関係なく、 それを破ることは許されない。 けど 」


 ミーシャに向かって語りかけていたが、

再びタイガーに向かい直しそして言葉を続けた。


「その禁忌すら発動させてしまう者達がいる。 それが堕天使だ 」

「ククク。 アハハハハハ! そうとも、そうですともそうですとも! 私が堕天使!

でも惜しいもう一歩。 私は悪魔にも堕天使にもなれる。

そう! 私の名はヴァッサーゴ 」


 ――ヴァッサーゴだと? ふざけている。 もしその名前が本当だとするならば、 こちらに勝目が無くなる。


「な、 なぁヴァッサーゴって何だ? 」

「全てが謎に包まれた悪魔のこと。 それが本当だとするならば、 勝目がない。 何せ情報が無いんだ。 この都市でもSS級に位置付けられたやつだ 」

「そういうこと。 まぁ!? 話してるのはこの死体なんだけど!?

アハハハハハハハ! 」


 ――狂ってやがる。 しかし二人で勝目があるのかどうか。


「悪いんだけどカムラ君さー? 邪魔だからぁさっさと

死んでくれないかなーー!!? 」


 決して油断をしてるわけじゃなかった。

単純に相手のスピードが速すぎたのだ。

一瞬で懐に潜り込まれ、 致命打を撃たれたと思った。

思ったが当たるはずの攻撃は当たらなかった。

見るとタイガーの背中には細い長剣が二本刺さっていた。


「グァアァアァア。 くそがぁ! 誰だー俺の狩りの邪魔するやつぁーよー!? 」


 ミーシャでは無かった。

彼女もまた反応できずにこちらを見ていただけだった。

じゃあ誰が・・・カムラが思った矢先、一人の女性がやってきた。


「ったくやれやれ。 やっと帰って来れたと思ったら

都市が壊滅してんじゃないのー。 死体があちこちに転がってるし来てみたら

我がチームのエースは殺られそうになってるかと思えば殺そうとしてるの、 うちの団長だし... はぁ面倒い 」


 ――あの面倒そうにしてこちらを見ている奴に見覚えがあった。

確かうちの騎士団。それもナンバーを背負ってた・・・

そうだ、 5番の。

確か跳兎ルーマのマーブル。 マーブル=イグナス

敵の攻撃を交わしながら戦う姿が、

兎が跳んでるようだと誰かが付けたんだっけ。


「カムラ! 大丈夫!? 」


 心配そうにミーシャが駆けてきた。


「あ、 うん。 大丈夫 」

「あの人は... 敵? 」

 

 ミーシャが戦闘体勢に入りそうになるのをカムラが止めて軽く説明した。

 

「違うよ。 彼女はうちの騎士団のナンバー5、 マーブル=イグナス。 騎士団の中でもトップクラスで剣技に長けているんだ 」

「じゃあ仲間なの? 」

「それは... 分からない。 彼女とは交流すら無かったから 」


 二人で話してるのが目に入ったのか、

マーブルは二人に目掛けて言い放った。


「ねぇー。 私一人にこのでかいの押し付けないでくんないかなー。 面倒いんだけど。いや別に手伝って欲しくもないんだけどー、g お話してる余裕あるなら周りの雑魚ども片付けに行ってくれないかなー。 」


 全く覇気のこもってないやる気の無さそうな

感じで二人に話しかける。

それを聞いて二人はタイガーに向かい直した


「ちょ、 いきなり出て来て何言ってるの!?

こいつを1人でなんて本気なの!? 」


 思わずミーシャはそう叫んだ。


「確かにいくら死んでるからと言って元隊長だった人を1人でなんて無茶だ! 」


 続けてカムラも問いかけた。


「あのさぁ。 二人とももうちょっと現実見た方がいいよ? 只でさえ私が来てなかったら二人共負け確だったのに、 その勝てなかった二人が

ここにいて何になるの? 」


 言い返せなかった。 僕たちでさえ一撃与えることすら無理だったのに、 あぁも

あっさりと背後を取ったからだった。


 ――確かにここにいては、 彼女の邪魔になるだけかもしれない。

それならば少しでも戦力を削ったほうがいいか。


「ミーシャ、 ここは彼女に任せて僕たちは他の残党を倒しにいこう 」

「分かったと言いたいけど私にできるのは精々サポートくらい。

攻撃は専門外なんですけど 」

「分かった。 攻撃は僕に任せてミーシャはバックアップを・・・ 」

「はぁ。 だから私は人間が嫌いなんだってば。 って言いたい所だけど乗ってあげる。 私もそろそろやられるだけはゴメンだし 」


 二人はマーブルに背を向け残党処理へと向かっていった。


「はぁ。 仕方ない。 これもあの方のためか 」

 

 そしてマーブルは面倒臭そうに呟いた。



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