第7話 湖畔のほとりで

ふと気が付くと、湖畔のほとりに座っていた。

というより、釣りあげられる前と変わっていなかった。髪はぬれているし、息もゼハゼハ苦しい。


おぼれ死にかけた悪夢かと思いきや、横に、白い剣と白い鎧が転がっていることで、さっきのが実際にあったことだとわかる。

あれ?ついでにというか、乳白色の地面も両手に二つ持ってきちゃってる。食べちゃおうかと思ったけれど、お腹が空くとまずいので、ひとまずは置いておくことにした。


さて、何からするといいんだろう。とりあえず全裸はまずいから鎧か。全裸に鎧って、あちこち擦れちゃいそうだ、とか思って立ち上がる。

あれ?身体が軽い気がする。さっきまでかなり息が切れていたのも、けっこう収まってきている。これが基礎体力が増えたってことなのか?


鎧を手に取ってみると、何とも言えない触り心地だ。革のような、金属のような、どちらでもないような。


幸いなことに、伸縮性が良く、下からスポッと被ることができるタイプだ。肌への当たりもそんなに悪くない。

どんなふうに見えるんだろうと水辺に寄って自分の姿を映してみると・・・。


「・・・ヤバイ。全裸に、鎧に、下からのアングルヤバイ。自分のものですら気分が悪くなるのに、誰かに見つかったらヤバイ。全裸よりむしろヤバイ。全裸ならむしろ『身ぐるみ剥がれたんです』って言い訳できるかもしれないけど、確信犯的にブランとしているのが、そういった嗜好の持ち主みたいで、一層ヤバイ」


こうしちゃおれない。なんか、こう、なんとかしなきゃヤバイ。


そんな最悪の状況で、ガラガラと音が聞こえた。ん?と振り返ると、湖に続く道を、一台の馬車がこちらに向かって近づいてくる。


そうして俺は、開始早々、剣とも魔法とも関係ない所で、絶大なピンチを迎えた。


********


「あははははー、それは大変でしたねー、ムツキさん」

爆笑しているのは、レプラコーン族のお姉さん、リュリュさんという。革鎧に身を包んだ、狩人といういでたちで、弓矢を背負って、ナイフを何本も指している。活発に動きそうなタイプに見える。なかなか凛々しい顔立ちにも見えるが、笑ってるせいかいたずらっ子の眼になっている。

「そんなに笑ってあげたらかわいそうでしょ~?」

くすくす笑いながら、ホビット族のお姉さんフィリスがたしなめた。胸の所にシンボルの入ったチェインメイルに身を包み、とげとげしたヌンチャクのような(フレイルというらしい)武器を持っている。優しげな表情なのに、痛そうな武器だ。

「いやー、かまいませんよ。自分でも間抜けだって思ってますからねー」

ピンチを切り抜けてほっとした俺は、頭を掻きながら照れ笑いした。

もう一人の魔法使いっぽい、フードを被った人だけは、無言で俺の事を見ている。灰色のローブに身を包んで、以下にも魔法の杖をもって、未だ油断無さげにこっちを伺っている。


向かってくる馬車を見て、急いで立てた作戦は、こうだった。

冒険しながら道に迷った俺は、この大きな湖にたどり着き、暑いのもあって服を脱いで泳ぎ始めた。しばらくの間泳いでいて、戻ってきてみるとなんと服も荷物もなくなっている。途方に暮れてとりあえず残された鎧だけでもと思って着ると、あまりの不格好さに自分でうろたえていた。そんなところにあなた方の馬車が来たのです。


どうよ、この言い訳で!と思って、なんとか口八丁乗り切って、何なら同情してもらって服とかもらえないかなーと思いきや、降り立ったのは人間よりも少し小さめの女性たち。


まずは害意がないのを分かってもらおうと、木立の向こうから半身をのぞかせて「おーい」と手を振ったところ、

「‘*#$$%&#?!」

何と言葉が通じない!

そうこうしている内に、リュリュさんは弓に矢をつがえるし、フードのお姉さんはぶつぶつ呪文を唱えだすし。何この一触即発。この状況で身振りで意思疎通出来たら、天才だよ。


向こうは、それぞれが、口々に、訳の分からない言葉で何度か詰問してくるのに対して、両手を上げて、なるべく哀れっぽい声で情けない命乞いとかをする事数分、一応害意のないことが伝わったのか、弓矢が下ろされ、フードのお姉さんが呪文を唱えだした後、

「これで通じる?」

「つ、通じます。よかったー。あなた方を害するつもりはないので、助けてください」

と、ようやく言い訳をする機会を得られて、冒頭に戻ったのだ。


********


「とりあえず、ぶぶっ、女所帯で男性物の服はないけど、一応馬車の敷物とかがあるから、それを使って前だけ隠せば?くくく」

うーん、リュリュさんに全然笑いものにされている。しかし、その好意にすがる他選択の余地はない。

「ありがとうございます。本当に助かります。しかしすごいですね、この魔法。言葉が通じるんですね」

「そーですよ~。ピディーの魔法は本当にこういう時に役に立ちますわー。争いごとは避けられるに越したことないですからね~。」

敷物を取ってきてくれたフィリスさんは、手渡してくれながらまじめに言う。

当のピディーさんは何というか、まだ警戒心が抜けない様子だ。

「お三方は、この湖に、何の用事で来られたんですか?」

「ギルドの依頼で、湖畔に咲いている薬草の材料を取りに来たの。ついでに暑いから水浴びしようかって言ってたんだけど、ぷぷっ、いたずらな動物に服を取られちゃうかもしれないから、今日はそれは止めておくわ」

「ええ、・・・その方がいいかもですね。もし良かったら、その薬草の採集を手伝わせてください。せめてものお礼に」

「あら?手伝ってくださるんですか~?それはありがとうございます~。それじゃあ、お言葉に甘えてお願いしますね~」


とりあえず、全然情報がない。言葉も通じない。下半身は撒いているだけ。こんな状態ではどうにもならない。なんとか、食いついて行かないと。

すると、ずっと黙っていたピディーさんが、はじめて口を開いた。

「そろそろ時間が・・・」

「あら~、そうでした。この意思疎通の魔法は、そんなに長く持たないんですの~。あと10分少々しかありませんわ~。じゃあ、急いで採集について簡単に説明しますね~」


しばらく歩き回って、オギリ草という、低位の回復ポーションの材料になる草を見つけると、その採集法についてレクチャーを受けたところで、言葉が通じなくなった。


ピディーさんの方を向いて何か言うと、いったん考え込んでから、首を横に振ってオギリ草を指さした。

まあ、そうだよな。そんなに長持ちする魔法じゃなかったし、とりあえずやることやれってか。


それからしばらくの時間は、黙々とオギリ草を採り続けた。何でもレクチャーによると、採りつくしてしまわないように、見つけたうちの二つに一つは残したり、密集しているところを間引く感じで採ったりと、気を遣うものらしい。

しかも、植物を生かしたまま持って帰るために、周りの土ごと持ってかえらなくてはならないらしい。そのために馬車の上にでっかい棚のようなものまでつけてある。

その間も三人は仲良さげにあれこれと会話しているが、全然分からん。何このボッチ感。

でも仕方がない。今は作業に集中するかと取り組んでいると、いつの間にか結構時間が経っていたらしい。フィリスさんが呼びに来てくれた。

身振り手振りから察するに、休憩にしてお昼を食べましょうという事らしい。


最初の小道の湖畔まで戻ったころには、日は中天に指しかかっていた






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