第3話 たかが、されど、3センチ
俺の名前は近藤睦月。栄えある近藤家の次男。
近藤家は、ほんの少しだけ、特徴的な家だ。
由緒正しい神社であるという事や、今時珍しいぐらい家父長制が強いという事ではない。
少しだけ、他の人にはできないことができる。それが近藤家の特徴だ。
全員に出る特徴ではない。力の大小や、使い易さはまるで違っている。
例えば、妹の弥生は、虫と心を通わせることができる。いい藪蚊よけにもなるし、土を効率的に耕すように命じることもできる。
例えば、祖父の弥惣治は、言動に相手を従わせることができる。ただでさえ威圧的なのに、それを使われると誰にも逆らえない。
逆に、父や姉にはそういった能力がない。しかし、あの二人は恐ろしく優秀だ。能力がない方が優秀だとこれまで親族の間では言われていた。
そんな設定をものともしないように、兄の彦一は、能力もちでありながら、異様に優秀だった。成績もトップレベルなら、スポーツ万能。能力も近藤家歴代の中でもなかなか無いぐらいに便利で汎用性の高い、未来予測だ。
もう一つ、能力と関係して、近藤家には特徴がある。
それが、俺の置かれている立場、通称「婿養子」と言われているものだ。
しかも、普通の婿養子ではない。誰かに実際婿入りするわけでもない。
魔術的要素をその血に取り込むために、異世界に旅立つのだ。
そんな俺の能力は、通称「3センチ」。物事を3センチだけ動かすことができる。
たったそれだけだ。
境内裏の林にある、お気に入りの岩も、能力を使って地味にならして平らにした。
でもそれだけだ。
遅く帰ってきたときは、鍵がかかっていてもかんぬきを外して入ることができる。
でもそれだけだ。
どうやら能力のもととなる魔力自体は、結構あるみたいだ。どれだけ3センチ動かしても、魔力が尽きることはない。兄貴の未来予測は燃費が悪く、せいぜいが週に1回、調子が悪いと丸々一か月使えないという事もある。
でもおれ、未来予測の方が良かったな。大体あいつ、自分が婿入りしないって、知ってたっぽいもんな。
そんなことを考えている内に、母さんが禁裏の方からミニチュアの鳥居のついた箱庭のようなものを持ってきた。
母さんから弥生に、弥生から祖父に、祖父から春人叔父さんに手渡されていくたびに、込められた魔力が増大していくのが分かる。
あの分だと、兄貴の分ももう入ってるじゃねえか。さてはこないだ帰省した時に入れやがったな。くそっ!完全に出来レースじゃないか。
鳥居を手にした春人叔父さんがニコニコしながら近づいてきた。春人叔父さんの能力は「移動」。ほんの少し自分を移動させることができる。割と俺と近い能力だという事もあって、結構ウマが合ったのに。
「いやー、睦月君。婿入りの時は、動かす系の能力が相性いいってことだから、僭越ながら私が勤めさせてもらうよ。向こうに行って楽しく暮らすもよし。初代様や24代目様のように、何とか戻ってくるも良し。君には自由と冒険が待っている。いやー、羨ましいなー。僕ももう少し若かったらって思うよ」
春人叔父さんはあくまで笑顔で、恐ろしいことに本当にそう思っているんだろう。
ジャンクフードとスマホゲームをこよなく愛する高校生には、異世界は遠いんだよ。ふざけんな。
抵抗しようにも、全く体に力が入らない。
「さてと、体が不自由なようだから、さっそくだけど、失礼するよ。昔からかわいい子には旅をさせろって言うけれど、僕の場合は可愛い甥っ子だけどね」
そう言いながら、箱庭を近づけてくる。
や、ヤメロ。
全力を振り絞っても指一本動かせない中、額に押し当てられようと近づいてくる鳥居を前に、
俺は
全力でその能力を解放した。
バチバチ!バチバチ!
そして、意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます