第39話 思わぬ来訪者 03

     ◆



 無精ひげの男がその場から離脱した直後、


「なんなのにゃ……あのおっちゃん……」


 褐色の少女――リュランは、唖然とした。

 彼女は当然、誰一人としてその場から離脱させる気はなかった。

 なのに、彼を素通りさせてしまった。

 身体がすくんでしまったのだ。

 彼が放った、ほんの一瞬の気迫。

 そこで悟ってしまった。

 ――ここで手を出したら殺される。

 格の違いというモノをはっきりと見せつけられてしまった。


(あのおっちゃんは一体……もしかしてあいつらと同じ強さにいる一人なんじゃないのかにゃ……いや、絶対そうに違いないにゃ!)


 ということは知り合いだということ。

 後でそれは問い詰めるとして。

 今は目の前の女だ。


「……」


 目の前で木刀を構えてる女性。

 ゆったりとした道着なのに豊かな胸元が特徴的な女性だ。顔も整っている。

 そんな女性が強いわけがない。

 天は二物も三物も与えないはずだ。

 それに、現に目の前の女性からは先程抜けて行った彼から感じていた気迫を感じない。


「ねえ、あなた。もう一度訊ねるわ」


 女性が口を開く。


「何でこの道場にいきなり来て、いきなり戦闘を仕掛けてきたの?」

「そりゃあれにゃ。挨拶しに行く、って言われたからにゃ。道場に挨拶って、道場破りのことにゃんでしょ?」

「……」


 目の前の女性の目が細くなる。


「……なんなら知っているわよね? 道場破りをする方は、負けたら無休でその道場に尽くさなくちゃいけない、道場主の言うことは何でも聞かなくちゃいけないってことを」

「んにゃ? ……いやいや、そうにゃそうにゃ。その通りにゃ」


 腕を組んで、何度も首肯する。

 正直、リュランは適当に返事をしていた。

 こう考えていたからだ。

 ――どうせこちらが勝てばいいことだ。

 だから彼女は目の前の女性に刃を向ける。


「つーわけで、さっさと勝負するにゃ! どっからでも掛かってこいにゃ!」

「……ええ。存分に分かったわ」


 すると、目の前の女性は薄く笑みを浮かべる。


「貴方に覚悟がないことも――頭も足りないこともね」

「にゃっ……?」


 一瞬で頭に血が上り、思わず激高しそうになって言葉を漏らす。

 だが次の瞬間。


「にゃっ……!?」


 その言葉は、驚愕へと変化した。

 彼女は右方へと転がっていた。

 理由は明白。

 瞬時にその場所に女性が詰め寄ってきたからだ。

 あまりの速さと音の無さに、ど肝を抜かれた。

 だけど――


「んにゃ!」


 すぐさまリュランは反撃に移る。

 転がったまま手を付くと、驚く程に身体を回転方向に捻じ曲げる。

 人間の身体の限界まで、きりきり、と。

 そしてその反動と言わんばかりに開放し、腰元にあった剣を手にして回転攻撃に転じる。

 そう。

 リュランの最大の特徴は、その身体の異様な柔らかさと、体勢の維持。

 先程の男性に対しては身体の柔らかさを利用して相手の想定外の低さから足を払ったのだ。足は実質手で払った、と言えばその低さが理解出来るだろう。そこから一瞬でねじりの反動によって体勢を戻した為に、何が起こったのか分からなかった人が多いだろう。


 しかしながら、リュランは身を持って知る。

 先程の攻撃について、目の前にいた女性は全て理解していたのだと。


「!?」


 リュランは今起きたことが理解出来なかった。

 膂力を持って回転攻撃に移ったのだが、その攻撃が不発に終わったのだ。

 同時に肺から全ての空気が吐き出される。

 声すら出なかった。

 痛みも多少あったが、それよりも起きた出来事に混乱して訳が判らなくなっていた。


(一体にゃにが……っ!?)


 疑問の声が頭に流れるが、何が起きたのかは理解していた。


 真上。

 真上から衝撃が来て、地に腹から叩きつけられたのだ。


 理解出来なかったのは、どうしてそんな衝撃を受けたのか、だった。

 ――目の前の女性以外の誰かに攻撃された?

 一瞬だけその可能性を疑ったが、しかし、次に受けた言葉で、それははっきりと違うことが分かった。



「さて、どうするの?」



 先の攻撃と同じように真上から降ってきた声。

 叫んでいる訳でも、ひどく高い声でもない。

 至って冷静なその声。

 問うているだけのその声。

 むしろ優しささえ感じるその声。


 だが同時に放たれた、は如実に語っていた。



(――!)



 斬られるだけでもなく、叩き折られるわけでもなく、千切られる。

 それは相手の武器が木刀であることから、斬られることはないと分かっていた。

 だけど、次の自分の姿がどうなっているか、頭に浮かんだのは――首から先が無い状態だった。

 故に引き千切られる。



「ま、負けたにゃ!」



 判断は早かった。

 リュランは地面に伏したまま両手にあった双剣を活かすことなく、周囲から呆気なさを感じる程にあっさりと降伏を宣言した。

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