第40話 思わぬ来訪者 04
◆町中 ――アカネ
ユズリハがリュランを圧倒して屈服させていた頃。
星形眼鏡と男と対峙していたアカネは、その刃を抜いた。
「おいおい、まだ僕は力づくで行うなんて言っていないんだぞ?」
星形眼鏡の男が肩を竦める。
彼はまだその腰の丸くて細い刀を抜いていない。
しかしながらアカネは抜いた刀を収めない。
「……」
「むう……なかなか納得してもらえないねえ。話すだけでいいのだよ。話すだけで」
「……」
だがアカネは口を閉じたまま、腰を落とした姿勢を維持し続ける。
彼女の狙いはただ一つ。
ムサシが来るまでの時間を稼ぐことだ。
だから彼女は動かない。
動ける体制のまま動かない。
「おいアカネちゃん! 何やっているんだい?」
と、そこで周囲にある店からそんな声が掛かる。その声で和菓子屋の店主だと分かった。顔見知りの店主だが、今はちらと視線を向けることすら出来る余裕もない。
「和菓子屋のおじさん、あまり店から出ない方がいいよ」
「何でだい? その大きなあんちゃんと何かあるのかい?」
「分かっているじゃないの」
「――いや、分かっていないねえ」
「!?」
アカネは彼から目を離していなかった。
ずっと意識は集中させていた。
なのにいつの間に――目の前に星形の眼鏡を掛けた男がいた。
五メートルは先にいたはずなのに、一瞬でそれだけの距離を詰めてきていた。
だから反射的に刀を振っていた。
「おっと」
しかしながらその一振りは、あっさりと背後への足運びによって避けられる。
「危ないねえ。そんなのを振り回して」
「……」
避けられたことに驚きはない。
アカネだって避けられた。
あれは完全に狙った形であった。
そして、これで口実に出来るのだ。
――先に手を出したのはあっちだ、と。
なのでアカネも待機に徹することが出来なくなってしまった。
「ということで君を止めるよ。――手を抜きながらね」
彼は刀を抜かず、再びこちらに向かってきた。
(……! そういうこと……)
一度見て、ようやく分かった。
彼は単純に脚が長いのだ。異国の人間故に、その歩幅が想定よりも大きかったので、予想外の速さに見えたのだ。
ならば、彼の歩幅に合わせた行動をすればよい。
(……ここだ!)
アカネは刀の先を右方に突き出す。
「なっ!?」
初めて、余裕が無い声が相手から聞こえた。
そして続く、鈍い音。
目の前の男が、腰元の刀でアカネの攻撃を防いだ音だった。
「……予想外だよ、これは」
低い声。
先程までのふざけていたかのような態度とは違う声。
更に、それに合わせたかのように抜かれた刀は、今までアカネが見てきていた刀剣類とは全く様相が違った。
丸くて細くて、今にも折れそうな鉄の長い刀。刀の柄の部分まで鈍色に光っている。
きっと斬るのではなく、突くものだろう。
その剣の様相から攻撃方法をそう察した。
だから彼女は即座に行動に移した。
あの細い剣先で受け止めることは出来ない。
ならば――横に薙げばいい。
追撃の為に前に出て、刀を横から力いっぱい振るう。
背部に避けようとしても、それよりアカネの前に出る速度の方が速い。
だから相手は刀で受けられない。
逃げる方法はただ一つ。
――横に振るわれる前に相手を突く。
そうなれば狙う場所は限られている。
攻撃を止めるならば、腕。
攻撃を止めされるならば、顔――というより、眼。
息の根を止めるのであれば、心臓。
咄嗟に出てくる選択肢はこれらだろう。
故にアカネは瞬時に選択した。
彼の目的は案内させること。
万が一にでもそれが出来なくなる、眼と心臓は有り得ない。
だから相手が狙ってくるのは――腕だ。
「はぁっ!」
アカネはいつもより高い位置で刀を横に振るう。
更に、高い位置にするために、彼女は跳ねた。
これならば腕を突こうとしても空を斬るし、そのまま突けば心臓に達してしまう可能性がある。
ある意味、自分の身を捨てた攻撃であったが、彼女は気が付いていなかった。
自分が正しいと思ったことは、ひたすら突き進む。
それが彼女の信念であった。
――しかしながら。
もう一つアカネは気が付いていなかった。
先程の攻撃。
刀の先をアカネが突き出した攻撃を、彼はただ避けたのではない。
鈍い金属音も同時に奏でていた。
つまり――攻撃を防いでいたのだ。
「なっ!?」
アカネの顔が驚愕に染まる。
その理由は簡単だ。
先程彼女が思考した、星形眼鏡の男の次の行動。
その根本から間違っていたからだ。
「――軽いね」
ギンッ、という鈍い音が響く。
先程も響いていた音。
その要因について、アカネは考えていなかった。
受け止めていた。
その細い刀の先を、アカネの刀の先に合わせて。
刀の先と先が合っている。
ただそれだけ――のように見えるのが異様なのだ。
アカネの振った刀は勢いが付いていた。
なのに今は、微動だにしていない。
――微動だに出来ていない。
「この細さだから折れると思った? このSwordはそんなにやわじゃない」
途中で異国語が混じっていたが、恐らくはこの刀の名称だろう――とアカネは察していた。
そしてもう一つ。
攻撃を止められると思っていなかったので、予想外の衝撃の無さに体勢を崩してしまった。
それは即ち、無防備になるということ。
ならば必然的に――攻撃が来る。
「……っ」
文字通り防ぐ術が無かったので、アカネは痛みを覚悟して目を閉じた。
が、その時だった。
「――お前、何をやっているんだ?」
その静かな声と共に、アカネは尻もちをついた。
故に見上げる形になる。
そこにいたのはムサシ――ではなかった。
金髪碧眼の、これまた異国の男性。
知らない人物が、彼女と星形眼鏡の男性の間に、いつの間にか割り込んでいた。
聖剣の使い『足』 狼狽 騒 @urotasawage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。聖剣の使い『足』の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます