第27話 剣の道 10

    ◆



 アカネが本当に場を離れた直後。


「………………こほん」


 ユズリハは小さく咳払いをする。


「まあ、そういうことで、私は先生としてこれからも続けるわ。何だかんだ言ってみんな強くなることが目的ではあるけれど、そこそこまで行けばいい、っていう感じだからね。そこまでならば私も出来る」

「出来るだろうね。たくさんの剣士をその目で見てきて――その拳で倒してきたユズリハならば、剣の特徴を別の側面で捉えて指導できるだろうね」


 ムサシは認めているのだ。

 ユズリハは決して弱くない。

 剣士じゃないけど、剣士を育てることは出来ないとは言っていない。

 だけど――最上位には育てることが出来ない、ということだ。


「……で、さ。あのさ、ユズリハ」


 彼は少し躊躇した様に口にする。


「敢えて明言をしていなかったんだけど……いや、だから本来触れるべきではないかもしれないけれど……」

「何よ。はっきりと言って」

「俺の領域まで行ってほしい人、いや――行きたいと思っている人、一人だけいるよな?」

「………………」


 ユズリハは大きく息を吸って、そして絞り出すように吐き出した。


「……直接聞いたの?」

「ああ、憧れだ、って言われちゃってね」

「さっきの――昼間にぶつかって色々と試した、っていう話を聞いた時からそうだとは思っていたわ」


 彼女は諦めたように問い掛ける。


「アカちゃんは素質ある?」

「――十二分にある」


 ムサシは力強く頷いた。


「若いのにきちんと適した筋力が付いている。ユズリハと姉妹だからなのか、非常にしなやかな筋肉が。だから少しだけその筋力を剣士向けにするだけで、大分成果が違うと思う」

「……思う?」

「実際やってみないと分からない――というのは非常に曖昧で逃げの言葉だけど、少なくとも精神的なものがどうなのかは、それは本当に実行してみないと何とも言えないというのが本音だよ」

「そうなるわね」

「あの子の場合は……間違っていたらごめんね。ひたすら突っ走るけれど、きちんと思考をする。但し、やってみてから考える節があるね。例えば家の刀を持って行って、路地裏の小悪党に戦いに挑んでみたり」

「……あれは、もう、何と言ってよいのか……」

「やりたいことをやるっていうのと、自分が強いってことに気が付いているから、裏路地の敵ごときは楽勝だって思ったんだろうね」

「……そういうの止めてほしいのに……」

「そういうお年頃なんだよ――さあそれはさておき、彼女の話に戻すけど、こういう豪胆な性格で経験を積むことに恐れは抱いていないようだけど、でも理解もしていないんだよね」


 少し低く。

 彼は告げる。


「戦場にはもう一度はない――っていうことを」


 たまにはあるけどね、と一言付け加えて肩を竦める。


「あとは修練に関して不屈の精神と真面目な心さえあれば、ぐっとその領域に近づくと思うよ」

「アカちゃんが……?」

「うん。経験をどんどん積んでいけば、その分だけ剣士としてかなり上の腕前になれる。それは俺が保証する」

「……あんまり保証してほしくないんだけどね」


 ユズリハが机に突っ伏す。


「……あの子、私のわがままで嫌な思いさせちゃったから、これからはきっちりちゃんとお姉ちゃんしようとしているんだよ。そんな中で戦場にぐっと近づくような選択肢は取ってほしくない、というのが姉であり、家族であるものとしての意見になるのよ」

「だからさっきも敢えて口にしなかったんだ」

「ええ。危ない目に遭ってほしくないの。だけど強くもなって欲しい」


 矛盾しているでしょ? と彼女は自虐的に言う。


「家族としては剣術ではなく料理など戦場で命を落とさない場所で暮らしてほしい。一方で、私よりも素質があるアカネの成長ぶりにもっと経験を積ませてあげたい、という真逆の感情も持ってしまっているの」

「それは……」

「いいの、分かっている。分かっているけど……でも絞れないんだ」


 ユズリハの弱々しい声。


「私、アカちゃんには自由に生きてほしいと思っているの。やりたいことがあればやってしまえ、ってね。でも一方の家族の安全というのも願ってしまうのよ」

「それは姉として当然だと思う」


 ムサシが深く頷く。


「ただ、やはり強くなるためには何かが必要だ。そこに対して時と場合によっては命を賭けなくてはいけない。――そうやって経験して、みんな生きているんだから」

「でも今日の襲撃だって、セイちゃんが何となく教えてくれたけど、私はイサムを呼びに行った……いや、本当は呼び出されたんだけどね……それはともかく、私は経験を積ませるために先に言った後者を選択した」


 安全ではなく。

 不安を携えた戦いの渦へ。


「本当ならばあの場に残ってアカちゃんを守るべきだったのだろうけれど、でもそれだときっと『姉の拳に守ってもらった』だけで『剣士として』の実戦経験にはならないと思ったのよ……」

「だから俺がここにいるこの状況下で経験を積ませるために、わざと『見させた』ってことなんだね。どうやって相手を倒すか、というのを」

「そう。もっとも、セイちゃんなら何とかしてくれる、って信じていたから、アカちゃんに危害が及ぶ可能性なんてない、と判断はしてはいたけれど」

「信頼どうも」


 と、口では軽々しく返すが、実は内心は心臓が早鐘を打っていた。

 ごめんなさい。

 おたくの妹さん、人質になりました。

 危害加えられそうになりました。

 あの程度の剣と剣士であれば、例え人質がいてもいなくてもあまり変わらないからそのままで進めてしまいました。

 なので結果的には期待通りでしたが、それでも内心だけで謝らせてください。

 表面には決して出さないけれど。

 そう決意して一つ頷いた後、


「――ま、いずれにしろ」


 彼は手をパンと叩いて話を終わらせる。


「とにかく妹さんへの指導も、今まで通り――他の頂点を目指していない人に合わせる方でしていく――それがユズリハの今後の方針でもあるんだな?」

「ええ。基本的に危ない目には合わせられないわ、やっぱり。こんなことしておいて都合がいいかもしれないけれど」

「んー、じゃあ、そこに対して、一つだけ提言させてもらいたいんだけど」

「提言?」

「というかお願い、になるかな」

「お願い? この話の流れで話って何があるのよ……」

「非常に言いにくいことではあってだな……うーん、ちょっと戸惑うんだけどさ……」

「何よ。はっきりと言いなさいよ」

「うーん……あい、分かった。――ユズリハ、お願いがある」


 そこで。

 今まで緩んでいた表情引き締めて。

 彼は言った。




「妹さんを――俺にください」

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