第21話 剣の道 04

    ◆



「……相変わらずだねえ、あいつは」


 イサムが退出してから数分後、ムサシは苦笑しながらそう言った。


「真面目すぎて――というよりも見えすぎて、色々と気になっちゃうんだろうねえ。心の中も透かされているような気分だよ」

「ええ。イサムは相変わらずだわ」


 ユズリハの表情も苦笑い。二人は彼の言動に腹を立てているわけではないようだ。

 正に相手を分かっている、といった様相の態度であった。


「世界平和って……あいつ自身の幸せ、考えた発言なのかねえ?」

「イサムはいつも自分のことを後回しにするわね。そこを直さないと、いつか出来るはずの奥さんは大変ね、きっと」

「その性格を直さないと思っているからあいつは独身なんじゃないのかねえ。あいつなら引く手あまただろう。かっこよくて地位もあって、しかも性格も穏やか。女性としては優良物件なんじゃないのか?」

「そうなんでしょうね。私はやっぱり……仲間としか彼を見られないわ」

「ユズリハの理想は高いねえ」

「そうでもないわよ。……そう」


 人差し指を頬に当てながら、ユズリハは目を細くする。


「例えば、どこにでもいるような容姿の人を好きになっているのかもしれないじゃない。カッコいい人じゃなく、親しみやすい人に」


 ――ズキリ。


(……え?)


 アカネは戸惑いを隠せなかった。

 ずっと二人のやり取りをずっと黙って聞いていたが、姉の先の言葉の瞬間、何か胸に小さな棘が刺さったかのような刺激を受けた。

 何故だろう。

 どうしてだろう。

 アカネには何も分からなかった。


「……そういうもんかねえ」

「そういうものなのよ」


 そんなアカネを余所に、二人は微笑みあう。

 まるで意図が完全に通じ合っているかのように。


 ――ズキリ。


 また一つ痛んだ。

 意味が分からない。

 先の騒動の最中、どこか痛めたんだろうか?


「……ん? どうしたんだい、嬢ちゃん?」

「きゃっ!」


 思わず小さく悲鳴を上げてしまった。

 ムサシの顔が、すぐ近くにあったから。

 彼は心配そうにアカネの顔を覗き込んできていた。

 だからよく見えた。

 彼の唇。

 彼の鼻。

 彼の目――


「あ、そういえば」


 目で思い出した。


「イサムさんのあの目なんだけど、青くて綺麗な目だったね。何で隠しているの?」

「ん、ああ、あれか。……まあ、話しちゃっていいかねえ?」


 ムサシはユズリハの方に視線を向けると、彼女は一つ頷く。またズキンと胸が痛んだが、それは気のせいだということにして平然とした顔で耳を傾ける。


「あいつの目は特殊でね、何でも見通せる――『千里眼せんりがん』の持ち主なんだ」


「『千里眼』?」

「色々と透かして見えるんだってさ。剣の太刀筋から相手の思考に至るまでね。だからずっとあいつは目を閉じている。閉じていてもあまり効力は落ちないらしいからな」

「必要が無いから目を閉じているの?」

「それもあるでしょうけど、それよりも他の理由は、あの目を見られたくないからなのよ」


 ユズリハがそこで口を挟んでくる。


「何で? とても綺麗だったのに」

「私達の目の色は黒でしょ? 青い目というのは相当特殊に見られるのよ。アカちゃんみたいに純粋で差別のない人ばかりであればいいのだけど、でも残念ながら世の中はそういう人だけではないのよ」

「……そういうもんなんだよねえ。残念ながら」


 ムサシが天井に視線を向ける。


「この世界はどうして、誰かを悪者にしないと済まないんだろうねえ」

「……」


 その瞳はとても悲しげで、愁いを秘めていた。

 彼はきっと剣士として、その後も広い世界を見てきたのだろう。

 その中で多くの事柄を見てきたのだろう。

 きっとアカネが想像したことが無いくらい、ひどいことだって。


「――はいはい。ちょっと暗くなっちゃったわね」


 手を二つ叩き、ユズリハがアカネを抱き寄せる。

 柔らかい姉の感触に安心する。


「ついでに外も暗くなってきたことだし、夕御飯にしましょう。セイちゃんも手伝って」

「えー? おっちゃん、箸より重い物持てないんだけど」

「だったら女性も抱けないわよねえ?」

「うわー、ユズリハが下品なこと言ったー」

「ち、違うわよ! お姫様抱っこ的な意味で……」


 姉の顔が真っ赤になる。

 しかしながら先の意味はそうとしか聞こえませんでした。


「変態だー。うわー」

「待ちなさい!」


 子供のように無邪気な笑顔と言動をして、ムサシは縁側から外へと逃げて行った。

 それをユズリハも駆けて追い駆けて行く。

 残されたアカネは――


「……」


 ――ズキン。


 楽しそうに駆けて行く二人の背中を見た瞬間に、何故か走った左胸の痛みに戸惑うばかりであった。

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