第22話 剣の道 05
◆
夜道。
暗くなった森の中を、イサムは一人歩いていた。
アラベスの町を抜け、隣町に向かっている最中であったが、それには理由がある。
一つは隣町の警邏隊の様子をいち早く見たかったから。
もう一つはこの夜道に湧く『魔物』を撃退する為だ。
魔物は黒い姿をしているが故、夜道に紛れて人を襲うことが多い。
だからこそ囮も兼ねて、彼は歩いているのだ。
――外の明るさなど関係ない目を持っている彼が。
そんな彼は上機嫌であった。
理由は単純だ。
久方ぶりに昔の仲間に会って、楽しい会話を繰り広げたからだ。
彼自身、警邏隊の長になった為に同等扱いしてくれる人間は数少ない。そんな中で何の気兼ねもなく会話をしてくれる二人の存在は彼にとって尊かった。
だから夜道も鼻歌を刻みながら歩く程であった。
しかし、そんな時こそ邪魔は入る。
「がううううううううう!」
背部から雄叫びと共に、一匹の黒い獣が彼に牙を剥く。
完全な死角。
だが、彼には――死角などなかった。
スパン、と。
獣の姿が二分割になる。
何の動きもなく突然の切断で誰が何をしたのか、きっと第三者がいたら全く見えなかったであろう。
しかしそれは間違いなく、彼の所業であった。
「さて」
何事も無かったかのように彼はそのまま足を止めずに進む。
魔物は決して弱くない。
この男もまた、剣では上位に位置する使い手だという証拠であった。
「やはり多くなってきているのですね。こうもあっさりと人の前に姿を現すとは」
魔物は人を襲うが、その姿を見せることは滅多になかった。少なくとも『剣戟収攬の戦い』の後には。
しかしながら夜の森を少し歩いただけで魔物に襲われるのは、明らかに以前とは変化している。
その思いつく要因はただ一つ。
――ムサシと同じように死んだと見せかけて潜伏している彼が何かをしている。
「正解だ」
その声は上から降ってきた。
男性のような女性のような、中性的な声。
唐突ではあったのだが、しかしイサムは決して動揺はしていなかった。
知っていたからだ。
すぐ近くの木の上に――人がいることを。
「お久しぶりですね」
イサムは目を閉じたまま顔を上げる。
そこにいたのは一人の男性。
世の闇でも鮮やかさが分かる金髪碧眼の男性。その顔は声と同様に中性的な整った顔。身体をすっぽりと覆う黒いマントが妙に似合うその人物は、意外そうな声を出す。
「何だ。驚かないのか」
「何となく当たりは付けていましたからね。貴方の存在は」
「そうか。足跡は消して動いてきたのだがな。なかなか上手くはいかないようだ」
「――にゃはは! 足跡消してとか嘘ついているね!」
そこで金髪の男性の横に、褐色の女性が飛んで姿を見せた。少し幼いイメージを与えるその少女は、しかしながら身のこなしはとても軽い。身体能力の高さがうかがえる。細身の身体からどのようにあれだけの跳躍量を得られるのか、不思議でならない。
「最近の魔物を表立たせるのがばれたんじゃないのかにゃ? だったらばっちり残しているじゃにゃいの」
「そういえばそうだったな、リュラン」
金髪碧眼の男は素直に首肯する。その様子に満足した様子のリュランと呼ばれた褐色の女性は嬉しそうに満面の笑みを見せる。
「なんにゃなんにゃ? 二人は知り合いなのかなにゃ?」
「知り合いですよね。文字通り」
文字通り、という所を強調した彼の言い方に、相手も首肯する。
「ああ。お互いよく知っている。以前の戦場で剣を交えたからな」
「結果は私の勝ちでしたけれどね」
「それこそ嘘だ。君の負けであっただろう」
バチバチ、と軽く火花が飛び欠く。
そんな中――
「おいおいおい。中途半端な行動は止めるべきだと、僕の高貴な血が騒ぐんだ」
二人の間に割り込んでくる一つの影。
星形の眼鏡を掛けたその人物は、ちっちっちと指を振る。、
「というか二人の剣も決着ついていないじゃないか。もう、捏造は止めてほしいよ。物語の歌い手として現実的を謳っていながら非現実的なことを記載することは許さないよ!」
聞き覚えのある声と口調であった。
「何で貴方まで………」
イサムは目を見開く。
故に三人の姿を改めて千里眼で「視認」する。
見覚えのある星形眼鏡の男性。
褐色の少女。
そして金髪碧眼の男性。
「………いや、そういうことですか」
彼を「見て」イサムは得心した。
得心したが故に、質問を変えた。
「前と同じことをするつもりですか?」
「するわけがないだろう」
即答。
それを聞いてイサムは微笑んだ。
「であれば、私に何の用でしょうか?」
「いや、ただ単に見かけたから声を掛けただけだ」
「魔物をけしかけて、ですか?」
「そちらは誤解だ。信じるか信じないかは別だがな」
「信じていますよ。貴方、私の目について知っているでしょう?」
それに、とイサムは付け加える。
「貴方だって――私が信じていることを知っているでしょう?」
「……変わらない奴だな」
ふ、と金髪碧眼の男性は口の端を上げる。
そこにリュランが唇を尖らせて問うてくる。
「ねえねえ、男同士の友情じゃ何にも分からないにゃー。もっとそこ阿呆にも分かるように説明してくれいかにゃあ?」
「むむむ? 阿呆とは僕のことかね? そんな語尾を特徴的にしてあざとい様子を見せている人工物君には言われたくないね」
「人工物じゃないにゃ! 天然だにゃ! 語尾も口癖なんだにゃ……なんだ!」
「喧嘩は止めろ、二人共」
木の上で抜剣もした二人に対して、鋭い声で諌める金髪碧眼の男性。
二人の動きが止まり、そしてその場で納刀した。
「仕方ないにゃ。これくらいで勘弁してやるにゃ」
「ああ、中途半端になって気持ち悪い。この気持ちの吐き先は、あの人への想いを歌で綴ることで解消しよう」
「あ、こら無視すんにゃ!」
リュランが頬を膨らませるが、星形眼鏡の男性は見向きもせずに一心不乱に筆を取って何やら文章を書き始めた。
そんな二人の様相を見て、イサムは苦笑する。
「騒がしいお二人ですね」
「ああ、全くだ。俺自身が静かだから余計に、な」
金髪碧眼の男性はイサムの問いに肩を竦めるという回答をする。
「さて、本題に戻ろう。ただの挨拶をしに来ただけだ、俺は」
「私は一応、全国の犯罪者を取り締まる警邏隊の総隊長であるがゆえに、君に対しての扱いに非常に困ってしまいますよ」
「警邏隊の手を煩わせることはしていない。だから見逃せ」
堂々と。
偉そうに彼はそう言った。
「……はあ」
イサムは深く溜め息を吐く。
「こんな現場誰かに見られたら、総隊長追放ですよね」
「心配ない。俺達三人とお前以外はこの周辺にはいない」
「私だってそのことは知っていますよ。さて、どうしましょうか……」
少し考え込む仕草を見せた後、イサムは再度問い掛ける。
「……考えは変わらないのですか?」
「変わらない。何で間違っていないのに変える必要がある。その証拠として――世界が実証もしているだろう?」
「……」
実直ではない回答をしてくる彼。それは考えがあるからなのか、はたまた言葉足らずなだけなのか。
いずれにしろ同じだ――と、イサムは首を一度横に振って決断した。
「……さて、そろそろ日も落ちて危険ですし、宿を探しに行きますか」
彼らとは遭わなかった。
何も知らなかった。
そうしようと決めた。
彼は再び歩みを始めた。
「あ、そういえば最後に言わなくちゃいけないことがあった」
背部からの声。
金髪碧眼の男性の声であるということは分かってはいたものの、誰のモノか知らない
「――警邏隊、仕事しろよ」
貴方がそれを言うのですか!? ――と一瞬だけ反論しそうになったが、すぐにその言葉の意味をきちんと噛み砕く。
(……そういうことですね。悔しいけれど、正にその通りです……)
イサムは顎に手を当てて考え込む仕草をしたまま、その場を離れることとなった。
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