第14話 聖剣の使い『足』 05
◆あおぞら剣術道場
突然、あおぞら剣術道場の扉が破られた。
弾け飛ぶように吹き飛ばされた扉は反対側の壁に当たり、破片となって床に落ちる。幸いだが道場内に無精ひげの男とアカネの二人しかいないこともあり、それらが被害を及ぼすことは無かった。
しかしながら、それだけで終わる訳が無かった。
「――邪魔するぞ」
そう言って入ってきたのは一人の大男と三人の男性。
「いきなり何なのあんた達――」
すぐさま噛みついたアカネであったが、その言葉は彼らの姿がハッキリと見えるなり言葉に詰まった。
黒い詰襟の制服。
彼らが着用しているその服装は、とある象徴だ。
「我々は警邏隊だ」
警邏隊。
各地の治安を守るために組織された隊であり、現代では正義の象徴となっている。
「で、でも何でここに……」
「そうじゃないでしょ、お嬢ちゃん」
無精ひげの男が彼女の肩をポンと叩く。
「警邏隊ってこの町を守っているんでしょう? そんな人達がどうして道場の扉を蹴り飛ばすなんてことをするんですかねえ?」
「非常に凶悪な犯罪者がいるとの通告があった為です。素直に扉を開けるとは限らなかったため、このような強硬手段を取らせていただきました」
「凶悪な犯罪者、ねえ。というよりも理由になっていないよねえ、それ」
「おい、連れて来い」
無精ひげの男の言葉を無視し、大男は部下に対してそう命じる。すると、よろよろと入ってきたのは――
「あ、昼間の……えっ!?」
アカネは現れた男二人に見覚えがあった。
昼間、路地裏で一戦交えた二人の男だ。
但し、それを見て言葉に詰まったのは別の理由だ。
兄貴と呼ばれていた男。
彼の腕が片方無かったのだ。
それを弟分が支える形になっている。
「彼らは君達に怪我をさせられたと言っている。見た目でも分かる通りに重傷だ。ここまで人を傷つけられるなんて、凶悪犯罪者と言わざるを得ない」
「なっ……私達じゃない! 私達はそんな腕を斬ったりなんか……」
「落ち着きなさい、お嬢ちゃん」
おっちゃんが頭を掻きながら前へ進み出す。
「色々と突っ込み所があるんだけどねえ……というか腕を斬られてどうしてここまで来れているのさあ? 普通斬られたら病院送りでここまで来れないよねえ。というかここに来させちゃあ駄目でしょう」
「うる……さい……」
兄貴分の男が脂汗を流しながら言葉を紡ぎ出す。
「根性で来てやったんだよ……お前達の蛮行を暴くために……」
「だーかーらー、道行く誰かに腕を斬られたのにここまで意識を保っていたり血を流していなかったりするのは物理的に有り得ないんだってば。ま、もしあるとしたら……」
おっちゃんは鼻を鳴らす。
「腕のある刀剣の使い手が綺麗に落として、その場で早急な救急処置をすれば有り得るかもねえ」
「……」
ピクリ、と。
大男の眉が動いた。
「おっちゃん、そんなの出来るの?」
「優れた使い手と優れた刀剣であれば、スパッと斬ってもその勢いで傷口を塞いでしまう、っても出来るんだよねえ。ま、理屈じゃないんだけどね、こういうのって。だから不思議現象くらいで捉えてもらっていいよ」
無精ひげの男はさも当然かと如くそう言う。
まるで――自分が実行したことがあるかのように。
「さてさて。そんな剣士がこの場にいるようには見えないけれど? おっちゃんの細腕とお嬢ちゃんのか弱い腕でそんなことが出来ると思う?」
「……それはそっちの理屈であろう」
大男が反論する。
「優れた使い手と優れた刀剣があれば出来る、というのはそちらの弁であって、君達がやっていないという証拠にはならない」
「ねえお嬢ちゃん。お嬢ちゃんはこの町長いんだよね?」
大男の言葉に耳を傾けず、無精ひげの男はアカネに問い掛ける。
「あ、当たり前だよ! 生まれた時からこの町に住んでいるんだから!」
「じゃあ聞くけどさあ」
無精ひげの男は顎で目の前の警邏隊を示す。
「この人達、見覚えある?」
「え……っ?」
彼女はそこでハッと気が付く。
突然に扉を破られて、それをしたのが警邏隊であり、色々と混乱する状況であった。加えてあの制服であれば警邏隊で間違いないと思い込んでいた。
しかし、もう一度男達の顔を凝視する。
そして分かった。
「……ないわ」
少女は確信を持って告げる。
「誰一人としてこの町の警邏隊の人達じゃない!」
「だってさ。じゃああんた達、誰なんだい?」
「……それは当たり前です」
大男はその問いに対する回答を用意していたかのようにすぐ答える。
「私達はこの町の警邏隊ではありません。全国を巡回している特別警邏隊になります」
「特別警邏隊……?」
「そうです」
大男は自信たっぷりにこう言う。
「我々は警邏隊の長である――イサム・ゴドウ総隊長護衛の部隊になります」
「――ぶっはははははははははっ!」
と。
そこで無精ひげの男は大笑いを始めた。
そのあまりの唐突さに周囲の人々は呆気に取られる。
「……いや……すまない、だけど……ひひひ……」
未だに笑いが収まらないのか、腹を抱えながら指を差す。
「あいつの護衛? そんなの絶対にいる訳ないじゃないか。嘘を付くならもっと信じられる嘘を付けよ。あははははは!」
「貴様……ッ」
「――ということで」
――ようやく。
アカネはその双眸で無精ひげの男の動きを見ることが出来た。
彼は大男まで一気に距離を詰めたかと思うと、相手の足を自分の左足で払って体勢を崩れさせる。
そして間髪入れずに右足を腹部に叩きつける。
「ガハ……ッ!」
男は空気を一気に吐き出されて、意識を失う。
次に信じられないというように倒れた大男に目を向けている他の三人の頭上に蹴りを一発ずつお見舞いする。
あっという間に。
その場にいた警邏隊の制服に身を包んだ男達は道場の床に転がっていた。
「実は少しだけ本物の警邏隊の可能性もあったから大人しくしていたけど、でもこれで偽の警邏隊だって分かったから心置きなく出来るわあ。というかやっちゃったけどねえ」
アカネはそこで理解した。
あれだけの細腕ではあるが、それでも相手を撃破できた理由。
無精ひげの男の武器は――足だ。
あのゆったりとした服装は、その筋力を隠すためのものであったと。
「で、どうするよ?」
無精ひげの男は腰を抜かして座り込んでいる警邏隊以外の男――兄貴と呼ばれた男と弟分に対して、見下すような視線を向ける。
「復讐は失敗だねえ。片腕を失って他人を頼ってまで俺達をどうにかしたかったみたいだけど、それは愚策だった――」
「きゃあ!」
響く悲鳴。
背部からであった。
無精ひげの男は慌てて振り向く。
「やあやあ。下手な動きはしないでくれるかなあ」
いつの間にか、そこに新たな男が一人いた。
黒髪で整った容姿、キリリと引き締まった眉。
その手にある剣は――アカネの首元に添えられていた。
「え……え……?」
いきなり剣を向けられて悲鳴を上げたが、それ以上に今は戸惑いが彼女の顔に浮かんでいた。
剣を突きつけている相手。
会ったことは無い。
だが――その相手に見覚えがあった。
「剣聖……ムサシ様……」
彼女が大切にしていた似顔絵の紙。
そこに描かれていた人物と瓜二つの青年が、目の前にいた。
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