第12話 聖剣の使い『足』 03

 泣いているアカネ。

 その理由は言うまでもなく、先の行動を姉に咎められ、滅茶苦茶怒られたからである。そして腰に差していた刀も取り上げられていた。

 そんな彼女の様子を見ながら、無精ひげの男は小さく苦笑いをする。


「そんなに泣く程のことかねえ?」

「うっく……ひぐ……わ、分かっているわよ……私が悪いから、おね……お姉ちゃんにしんばいがけて……」

「わお。思ったより深く反省しているよ」


 正直に驚いた。

 ユズリハはアカネに対して怒った、とは言ったが、実質は言い聞かせるように『そういうことしたら駄目でしょ。めっ』といった、傍から見たらひどく優しい諭し方であったのだが、彼女はそれをひどく重く受け止め、そして自己の反省へと繋げていた。

 だったらこれ以上、他人が口を挟む必要はないだろう。


「……そういやユズリハはどこに行ったんだろうねえ? ここで待っててくれって言われたけれども」

「……っく。お、お姉ちゃんは……私がお店に忘れた物を取りに出掛けて……」

「忘れ物?」

「お願いされていた買い物のやつ……あの裏路地に入る前に露天商のおじさんに渡していたやつをすっかり忘れてて……」

「あらー、それはうっかりだねえ」

「……うん。うっかり……」


 じわり、と再び少女の目に涙が浮かぶ。またもや自責の念に駆られたのだろう。色々と感情も考えも行動力も振り幅が大きい少女だ。ただ、これくらいの年齢の少女には普通なのかもしれない。


「ま、とりあえずユズリハが戻ってくるまでのんびりとしていますかねえ」


 そう口にして再び稽古している門下生の風景に目を向ける。

 素振りをする。

 腕立て伏せをする。

 そして外に走りに行った。


 いずれも適度な運動量で、確実に力が付く運動の仕方をしている。

 それは傍から見ていても十分に分かった。

 だけど――


「……ねえ、おっちゃん」


 と。

 そこでようやく嗚咽が収まってきたのか、はたまた皆が外に走りに行ったために誰も道場に居なくなったからなのか、ずっと無言でいた彼女がそう声を掛けてきた。


「お姉ちゃんとどういう関係なの?」

「うーん……ただの知り合い、って言ってもお嬢ちゃんは信じないよね?」

「うん。信じない」

「素直だねえ」


 無精ひげの男は苦笑いを浮かべて頬を一掻きする。


「まあ、ユズリハが帰ってからそこは話すことにするよ。あっちが嫌だって言うならばいう訳にはいかないからねえ」

「恋人なの?」

「それはないかなあ。さっきのやり取り見たでしょ?」

「うん。思いっきり恋人っぽくいちゃいちゃしていたわ」

「そう見えるのかあ。うーむ……でもそう言ったら絶対にユズリハは怒るよなあ……」


 垂れ目のままひどく焦ったようにあははとから笑いをすると、彼は再び話を反らすべく別の話題に持っていく。


「あー、そういえばお嬢ちゃんの名前って何だい? アカちゃんって呼ばれていたけど、そのままアカちゃんでいいのかい?」

「……お姉ちゃん以外にはあまり呼ばれたくないのよ、その名前」


 どんよりとした様子の彼女に、彼は手をポンと一つ打つ。


「ああ、赤ん坊みたいな言い方だから――」


「――アカちゃんアカちゃん胸無しアカちゃん!」


 まだ十歳そこそこであろう、丸坊主で鼻を垂らしている男の子がそう言いながら道場に入ってきてアカネを指差した。

 途端に彼女の姿が無精ひげの男の横から消え、あっという間に男の子の頭に拳をぐりぐりと押し付けていた。


「いだだだだだだっ!」

「アカちゃんって呼ぶなって言ったでしょう? ショウタ君は馬鹿なのかなあ?」

「ば、馬鹿はそっちだろう! 馬鹿まな板アカネちゃん!」

「まだ言うか!」


 男の子が折檻で苦しんでいる中、無精ひげの男は「あ、成程」と得心したような顔になる。


「アカネちゃんの『ネ』が無いから――『ネ』で『胸無しアカちゃん』か。上手いことを言うねえ」

「何で気が付くことが出来るのよ!?」

「いや、おっちゃん頭もいいからねえ」


「……本当にそうだから困るわねえ」


 と、アカネの手から逃げた少年と入れ替わりにそう道場の入り口に姿を現したのは、手に荷物を持ったユズリハだった。


「あ、お帰りお姉ちゃん」

「お帰りお姉ちゃん」

「ただいま。……セイちゃんにまでお姉ちゃん言われるの嫌なのだけれど。年上みたいだから」


 露骨に嫌な顔をするユズリハ。一方でセイちゃんと呼ばれた男は口元を緩めながらアカネに


「な、俺とユズリハはこんな関係なのよ。こんな風にお互いに気を遣わずに腹の中も分かっているから言い合える関係」

「まあ、私も世間体を気にせず言い合える男性、っていうことで重宝出来る相手にはなるわね」

「何だ。猫被っているのかい?」

「猫なんか被っていないわよ。私の普通なのよ、この穏やかな性格」

「本当かねえ」

「本当よ。じっくりと証明してあげるために語ってあげる――と言いたいのだけれどね」

「ん、どうした?」

「ちょっと先に出掛けた時に、また別な人に呼び出されてね。こちらも久しぶりなんだけど」

「え? お姉ちゃんまた出掛けるの?」


 アカネの問いに、ユズリハは持っていた荷物をアカネに渡して申し訳なさそうに眉を下げる。


「ごめんね。ちょっとだけ外に出るから、留守番とみんなのお稽古、よろしくね」

「うん。分かった」

「あ、そうだ」


 ユズリハはそこでセイちゃんと呼ばれた男に耳打ちをする。


「……会うのはあのなんだけど、一緒に来る?」

「んー、あいつかあ……」


 と、彼は少し考え込む仕草を見せた後、


「……会いたいならこっちまで来い、って伝えておいて」

「ここ私の家なんだけど? ……まあいいわ。分かったわ」


 それじゃあね、とユズリハは駆け足で退出して行った。

 そこから数分後。

 荷物を何処かの部屋に置いてきたアカネは、再び道場まで戻ってきたのと同時に先の出来事について質問をする。


「そういえばおっちゃん一緒に行かなくてよかったの? 共通の知り合いだったみたいだけれど」

「うーんと、まあ、そうなんだけどねえ。……お嬢ちゃんと一緒に居たくなったのさ」

「えっ……?」


 ポッと頬を赤らめるアカネ。


「あ、いや、その……そんな……」

「あ、嘘。ごめん」

「嘘なんかい! じゃあ私も嘘よ!」

「訳が判らないよう……まあ、一度おいておいて」


 手で何か荷物を移動させるような仕草をした後、


「なんか勘が告げたんだよね。ここは付いていくな、ってね」

「勘? そんなの何の理由にもならないじゃない」

「いやいや、おっちゃんの勘って良く当たるんだよ。びっくりするほどにね」

「はいはい。でも居た方が移動しなくて楽とか、ここでごねれば会いたくない相手と会わずに済む、っていうことじゃないの?」

「や、別に俺はあいつと何にもないし、そういう嫌っていないからね――と」


 スッと。

 そこで彼は寄り掛かっていた壁から離れる。


「え? どうしたの?」

「いやあ、予想よりも早いなあ、ってね」

「え……?」

「言っただろ?」


 おっちゃんはやれやれと首を横に振る。


「おっちゃんの勘は、良く当たるんだ。――、ね」



 ――その言葉と共に。

 道場の入り口の扉が吹き飛んだ。

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