第9話 出会い 09
「え……?」
アカネは呆然とした。
無精ひげの男と姉の反応。
名前も呼んでいたし、完全に知り合いの反応だ。
だけど思わず聞きそうになってしまった。
二人は知り合いなの、と。
だが――
「だましたなあああああああああああああああああああ!」
男性の慟哭が響く。
あまりにも悲痛な叫び声。
その矛先はアカネに向かった。
「お嬢ちゃん、絶対許すまじ!」
「な、何でよ!? お姉ちゃん美人でしょ!?」
「美人だけど!」
「巨乳でしょ!?」
「巨乳だけど!」
「優しい性格でしょ!?」
「それは知らない!」
「知ってよ!」
「無茶言うな! それにお嬢ちゃんは本心からそう思っているのかい!?」
「うっ……」
(確かに、たまに戸棚のお菓子を盗み食いした時とか、泥だらけで帰ってきたそのまま胸に飛び込んだ時とか、変な声が出るまでひたすら胸を揉みしだいた時とか、すごい怖かったしなあ……ううん!)
アカネは言葉に詰まりながらも、首を思い切り振っておっちゃんに反論する。
「でもおっちゃんの要求は美人で巨乳で彼氏のいない若い子でしょ!?」
「そうだよ! 美人で巨乳で彼氏のいない若い子だよ!」
「美人でしょ!?」
「ああ、美人だ」
「美人だからいいじゃん!」
「美人でも誰だっていいわけじゃないんだよ!」
「でも美人だからいいでしょ! 更に巨乳でしょ! お姉ちゃんは美人で巨乳なのよ!」
「言葉だけ聞いたら最高だよね! お嬢ちゃんも繰り返してみて! せーの『お姉ちゃんは美人で巨乳!』」
「お姉ちゃんは美人で巨乳!」
「美人!」
「美人!」
「あ、それびーじーん! びーじーん!」
「びーじーん! びーじーん!」
「……もう止めて……」
姉であるユズリハは顔を覆ってその場にうずくまった。
その顔は耳まで真っ赤である。
「昔の仲間にそう言われるのは何より恥ずかしいわ……」
「何で!? お姉ちゃんは美人で巨乳じゃない!」
「その言葉をどうしてセイちゃんが口にしてくるのよ……というか途中から絶対、セイちゃんは分かっていて煽って来たでしょう……?」
むう、と恨めしそうに上目遣いで無精ひげの男を睨むユズリハ。その様相はとても可愛いらしく、世の男を魅了する何かを持っていた。
(こういうのずるいよね……でも)
アカネは視線を無精ひげの男性に移す。
真顔だった。
「……………………」
「何か喋ってよセイちゃん! もう!」
「…………まあ、冗談はここまでとして」
無精ひげの男は柔らかな笑みを浮かべる。
「ここで会うとは思わなかったなあ、ユズリハに」
「それはこっちの台詞よ。すっかりと様子が変わったわね、セイちゃん」
「そのセイちゃんってのは止めてくれないかなあ。何か威厳が無くなるんだよなあ」
「昔からそんなものないじゃない。うふふ」
ユズリハが楽しそうに笑うのと、無精ひげの男性が頭を掻きながら「参ったなあ」と口にしているが、どこかこちらも安心したような険のない表情をしていた。
その様子から二人はただならぬ関係性であることをアカネは理解していた。
ただ、恋愛とかそういうものではなく、どこかもっと違う所で深く繋がっているような――
「ねえねえ、おっちゃんおっちゃん」
「ん? 何だい、お嬢ちゃん?」
「おっちゃんとお姉ちゃんが知り合いだってのは理解したけど、どういう関係なの?」
「んーと……同い年?」
「いやいや、同じ年なだけで知り合いの理由には……って同い年なの!?」
アカネはびっくりして大声で反応してしまった。
「じゃあお姉ちゃんと同じ二十――」
「――アカちゃん?」
ぞわり、と。
アカネは背筋が凍る思いをした。
同時に後ろから両手で口元も封じられた。
彼女のことを『アカちゃん』という呼称をするのは――呼ぶことを許しているのは、ただ一人だけだ。
姉のユズリハだけであった。
「それ以上はいけない。ここは町中なのよ? 分かっている?」
うんうんと微かに首を縦に振る。その度にユズリハの豊満な胸が背中に当たって揺れるが、そのことに嫉妬を覚える前に、今は刃を首元に突き付けられているような錯覚をしてしまう程の強烈な恐怖感に襲われていた。
「そう。いい子ね」
口元を塞いでいた手が、その頭を撫でる方向へと移動する。
その姉妹の様子を見ながら、無精ひげの男は首を捻る。
「そんなに年齢を口にされるのが嫌なものかねえ?」
「嫌なの! 年齢を感じさせたくないお年頃なの!」
「昔はそんなじゃなかったのにねえ。年を取ると変わるもんだねえ」
「しみじみとしないで! というかどうしてアカちゃんにおっちゃんって呼ばれているのよ?」
「いやあ、おっちゃんはおっちゃんだからな。俺はそのままでもいいぞ。むしろしっくりくるくらいだ。……ん? でも俺がおっちゃんだから、お前もおば――」
「――セイちゃん?」
「お、懐かしい殺気だねえ」
にっこりとした笑顔のユズリハ。
対して無精ひげの男も口の端を上げる。
「ようやくお前に再会できた気がするよ。久しぶりだね、ユズリハ」
「……そうね、本当に久しぶりね」
はあ、と深く息を吐いた後、ユズリハは口元を緩めた。
「とりあえず積もる話もあるわね。このまま外で立ち話しというのも何だし、とりあえず私の家に来なさいな」
「ん、せっかくだし、お邪魔させてもらおうか」
「どうぞどうぞ。じゃあ今から家に帰るから付いて――って、アカちゃん、どうしたの?」
「……お姉ちゃんが……」
「え?」
「お姉ちゃんが……男を誘っただって!?」
アカネは信じられないという表情をする。
一方、ユズリハは再び同じように顔を赤くさせた。
「アカちゃん! 言い方!」
「今までお姉ちゃんと付き合うことが目当ての男が来ても笑顔で門前払いをしていたのに! 女の子の方が好きなんじゃないか疑惑が出てくるほどの貞操観念の固さだったのに!?」
「言い方と偏見!」
「なのにおっちゃんは、お姉ちゃんが家に誘える程の知り合いで……」
いくら知り合いだとはいえ、ユズリハが男にここまで心を許している様子は見たことが無かった。
その天岩戸をあっさりと開けてしまった。
(……一体、どういう関係性なのだろう……?)
アカネは興味を持った。
姉と目の前の男の関係を。
「んー、まあ、そこら辺はぼちぼちと、ね」
無精ひげの男は緩く伸びをする。
「ユズリハにも話さなきゃいけないからね。妹さんと――お嬢ちゃんと何で一緒にいたのかってことを。――その手に饅頭がある理由も含めて、ね」
「あっ……」
彼のその言葉によって、アカネは思い出した。
これから彼女は、姉に怒られてしまうだろうということを。
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