第3話 出会い 03
突然の声。
その声に足を止めたり、勢いが削がれたことによりだったり、はたまた駄洒落的な表現で地面に転がったわけではない。
地面に転がされたというのが正しい。
何が起こったのか全く理解出来なかった。
いきなり視点が変わって、固い地面に横たわらされていた。かろうじて刀を握ったままではあったが、すぐに反撃を取れる体制ではない。
一瞬だけ死を悟った。
だから目を瞑ってしまった。そこは経験不足故だっただろう。
やがて、数秒経っても攻撃が来ないことでようやく目を開ける。
目に映ったのは――足を覆い隠す様にぶかぶかの奇妙な下袴であった。
それは地面に近い所に視点があったから目立っただけで、徐々にその視点は上へと向けられていった。
ぼさぼさの長い黒髪。無精ひげを生やした、青年、と言える年なのかはわからないが、アカネよりもかなり年上なのは見た目で分かった。
ならば相手の仲間なのか?
そう思った彼女の疑問は、すぐさま否定された。
「てめえ誰だ!?」
先に起き上ったのは兄貴と呼ばれた男。彼は無精ひげの男性に指を突きつける。
「その女の味方か!? だったら――」
「おっとおっとおっと。だから待ってって言っているじゃないかあ」
のんびりとした口調で無精ひげの彼は、にへらと緩み切った笑みを見せる。見れば目元も緩んでいる。
――怪しい。
「んー、お嬢ちゃんも早く立って。ついでにその物騒な物を俺に向けないでもらえると嬉しいかなあ」
「……」
刀の切っ先を向けた途端に彼は苦笑いでこちらに言葉を向けてきた。
――ますます怪しい。
アカネは立ち上がりながら、彼に対して質問をする。
「私からも聞こう。おっちゃん、何者?」
「お、おっちゃん……」
無精ひげの男はその言葉に一瞬だけ目を丸くした後、額を押さえて哄笑した。
「あっはっは! この俺が『おっちゃん』か。そういう年になったもんだねえ」
「な、何で嬉しそうなのよ、おっちゃん」
「いいよいいよ。おっちゃんはおっちゃんだ」
くくく、と何が面白かったのか未だに笑っている男性は「まあまあまあ……ふう」と息を整えて二人に語り掛ける。
「おっちゃんは通りすがりのおっちゃんだよ。喧嘩しているのを見たから止めに入ったんだよ。だからどっちかの知り合い、ってわけじゃないんだよねえ」
「「……」」
ぽかん、と呆ける二人。
本当になんなんだこのおっちゃん――とアカネは眉間に皺を寄せる。
そんなおっちゃんは「はいはーい」と手を叩いて次の句を告げる。
「じゃあおっちゃんはこれから二人に訊ねます。その結果次第でどちらの味方に付くかは決めます。いいですねえ?」
再び二人が呆ける番であった。
この男性が味方に付く?
(……何の意味があるのだろう……?)
正直、真っ先に思ったのはそれだった。
目の前の無精ひげの男が何をしたのかは分からないが、ぶかぶかの袴が目立つだけで他には何もない。何も持っていない。
剣も刀も持っていない。
かといって上半身も筋力があるように見えない。
そんな彼が味方になったからといって、何があるのだろうか?
――そう思った彼女とは対照的に。
兄貴と呼ばれた男性は倒れているもう一人の人相の悪い男性を指差して告げる。
「そんなのこいつが悪いに決まってんだろ! 何もしていないのに俺もこいつも襲われたんだから!」
「なっ!」
目の前の男性が味方になるかどうかとは別として、その言い分には反論しかない。
「何を言っているのよ! あんた達が気弱そうな人を路地裏に引きずり込んでお金を脅し取ろうとしたんじゃないの! そこを私が咎めたんじゃない!」
「俺達は何も盗ってねえよ! そんな中でお前が俺の弟分を気絶させたのは事実じゃねえか!」
「それは……」
――……そういえばそうだ。
彼女は気が付いた。
彼らが何か悪さをする前にアカネは入った。結果、被害を未然に防止できた。
しかしながら、それは当事者同士での言い分なのである。
傍から見た状況では、確かに彼の言う通りだ。
彼らは結果として何も奪っていない。
一方で彼女は一人、鞘で殴り倒している。
事実はそれだけだ。
(……え? これって私、不利なんじゃ……?)
血の気がさーっと引く感触に襲われる。
仮とはいえあの無精ひげの男も含めて二人掛かりに襲われるとなれば彼女として無事では済まないと考えている。
その理由は二つ。
一つは兄貴と呼ばれた男性がそこまで弱くないこと。手の甲に付けた金属の武器は機動性も良くて応用性もありそうだ。
もう一つは、目の前の無精ひげの男の素性があらゆる意味で不明であることだ。何より彼が割り込んできた直後に転倒させられたことは未だに説明が付かない。
そんな二人を相手にした想定など、今までしたことが無い。
今咄嗟にしようとしても解が見つからない。
正に絶体絶命――
「――何を言っているのさ、二人共?」
そんな内心で絶望している彼女をさておき、無精ひげの男は間延びした声を放ってくる。
――予想外の言葉を。
「俺がいつ――正しい方に味方するって言ったんだい?」
「「……え?」」
「どちらが悪くてどちらが正しいなんか途中から来た俺に判別出来る訳ないじゃない。お互いがお互いに相手が悪いって言うんだからさあ。だったらそんな不明な条件よりも、味方をしたいって思える方に味方するってのがいいわけじゃないか。で、俺が味方をする条件はねえ――」
彼はにっこりと笑って、とんでもないことを口にしてきた。
「――美人の女性を紹介してくれる方に味方をするよーん」
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